旅は道連れ、連れは盗人
「はぁ……はぁ……クソォまてぇ」
道なりの景色は草原、草原、大草原。
時おりゴロゴロした石があり、地層を重ねたような丘などが点在する。
平面が多く、隆起した坂がある以外はだだっ広いだけの草原。
だから大人の俺の脚力には敵うまい、相手はただの小僧だし。
ついさっきまで、そう思っていた。
だが、どんどんその背中が遠くなっていき、胸の中に絶望感と焦燥感だけが増してくる。
眩しい色の金髪小僧を止めてくれそうな、善良な通りすがりの人間がいるでもない。
この広い草原で、頼れるのは己の脚力と体力だけだ。
思いのほか金髪小僧は足が速く、時おり俺の方を振り返りながら自分の距離の優位性を確認しているのだが、その表情に焦りはない。反対に俺の焦りはどんどん強くなっていく。金がないと生活が出来ないし、今後は路上販売で結果は望めない。
あれは命をつなぐ大切な金なんだ、みすみす奪われてたまるかぁ!
「ぜえ……ぜえ、ま、待てサイフドロボー!」
焦る気持ちとなんとかしなくてはという思いから、自然と大声が出てくる。勝ち誇った顔で、俺を見てあっかんべーと舌を出す金髪小僧。わざわざ呼びかけに体力使うほどバカではないらしい。
ふんぬぅ!……その人を舐めた仕草、超イラッとする!
「ぜえ……ぜえ……ミリーン。あいつに必殺の私の恋は百万ボルトを喰らわしてやってくれ!」
本日、二度目の沈黙。ミリーンは大神殿とやらに行ったからなのだろうか、誰からの反応もない。虚しく独り言は草原にひらりひらりと落ちる。
クソっ……追いつけねえっ!
あの金髪小僧、フツーに足が早ぇえ。
ならピットからもらったこの石を……喰らえっ!
と意気込んで投げるものの、放物線を描いた小石はひょいーんと届くこともなく静かに落下していった。
ダメだ……俺の足じゃあの小僧に追いつけない、そうだ……爆竹をブン投げて驚かせるか? しかし届かないのでは効果は望めない。
いよいよ策をなくし行き詰った思考に、一つのアイディアが浮かぶ。そうだヨヨイからもらった風の衣を使おう! 順風なら風を纏い逆風なら風を軽減してくれる、効果だけ聞いても大変凄そうな衣だ。
この衣をまとって目にもの見せてくれる。
……風が……全然吹いてない。
これじゃあんまり意味なさそうだ。
なんて失念したからだろうか、一瞬の気のゆるみから風の衣を地面に落としてしまう。
「あぁっ!?」
数秒のロスの後に、すぐさま金髪小僧を追いかけようとしたが、もう間に合わない。
心がぽっきりと折れて、俺はその場に脱力し座り込んでしまう。
「……サイアクだサイアクだ災厄だサイアクだ災厄だ」
「ああぁああぁあクソォオオオオオオオ!」
はぁ……涙が出てきそうだ。
全財産入ったサイフが孤児院を出てたった数時間で、名前も知らないガキに奪われるなんて。
あぁ……今は、染みわたるような空の完璧な青さがムカつくぜ。何でこんなに青いんだろうなぁ……。
そのまま放心状態で、しばらくうなだれていた。
自分のふがいなさと運のなさに、呆れてしまう。
何でなんだろうな。
家もなく金もなくスキルもなかった現代で、比較的原始に近い生活を送ってた時はこんな絶望はそうなかった。慣れたのかな人らしい生活てやつに。人は大切な物というのは失くしてからでないと気付かない、いや気づけないのもしれない。
「主様、お元気でしたか?」
「うぉっ!? チョコレー生きてたのか!」
脈絡もなく出てきたダンボール精霊。
こうして動いてるとこを見るに、スクラップにはされなかったようだ。
「お前、どうしてたんだここ最近?」
「それはもう聞くも涙、語るも涙、私はマヨラー様にやる気が見当たらないとお叱りを受け、罰として隅々まで大神殿の掃除を命じられ、肩もみや肩たたきをするように言われ、1週間以上正座し説教を受けておりました、本当に本当~にスクラップにされるとこでした。うぅううううう~」
肩叩きとかしてる時点で和んでる気するし、イマイチ深刻な状況なのか良く分からないが。
「そ、そうか大変だったみたいだな。良かったじゃないかスクラップにされなくて」
「本当に主様のお力添えあっての結果です。感謝いたします」
「しっかしマヨラーのやつ、本当に神なのかぁイマイチこう威厳てものを感じないぞ」
「主様」
「ん?」
「なぜ精霊が見える者と、見えない者がいると思われますか?」
何だ急に話変えて。
チョコレーの気にでも障ったか?
こいつは、声のトーンがほぼ一定だから分かりづらい。
「よく分からんけど、素養とか素質か?」
「人が神を必要としなくなったからですよ。強いて言えば神と呼ばれる者は、自らが神だと最初から名乗っていたのではありません」
と、すると話の流れから推察して。
「人がそう呼んでたってことか」
「そうです。かつてはマヨラー様は、地球でもゴミの神と呼ばれていた時期があったのです」
マジかよ意外だな。
「その能力で人々にゴミを召喚したり、食べ物の腐敗速度を蘇らせたりしていました。しかし文明が進むにつれ、人々は信仰をなくしていき次第にマヨラー様の名を口にすることも忘れていきました。主様の国では優れた科学は魔法と見分けがつかない、なんて言葉がありましたよね」
「う~ん……聞いたことがあるような、ないような」
「科学が魔法にとって代わったのですよ。かつて太古の人にあった超能力や第六感と引き換えに、そうなればもう神の力は必要ありません。それがいいか悪いかは判断はできません、人の総意で選んだ道ですから、ですがマヨラー様はもう一度、復権させる為にこっちの世界で布教をしておられるのです」
フーン、そんな事情があったのか。
「で、こっちの世界でマヨラー教徒は何人いるんだ?」
しばしの沈黙の後に、チョコレーは答えると肩をガックリ落とす。
「……主様一人です」
「オイイイィ!? 俺はマヨラー教徒になった覚えはないぞ!」
布教して強引に数に入れたのが俺一人て……どんだけ人気ねーんだよ!
それか布教の仕方に問題があるんだろ。
仮にイワシの頭教なんてイワシを崇める教団が出来ても、広い世界だ10人くらいは入ると思う……多分な。
「まあいい。で、ちょっと俺のスキルがレベル今いくつになってるか、確認してほしいんだが」
「お任せあれ!」
「はい出ました。主様の現在のスキルレベルはですね……3です」
「おお! いつの間にか上がってるじゃんか!」
「確か金額500円までの食糧品を、召喚できるんだったよな?」
「はい、そうですレベル4で1000円になります」
「レベル5でスキル【ミックス】解放ですからね。あと一息といったところです」
うーん、なんかレベルが上がると謎の達成感と昂揚感がある。
とりあえずイレアさんからもらった食料もあるし、スキルで食糧を出せるので飢える心配はない。
落ち込んでても仕方ないし、気をとりなして旅を続けるか。
時刻は日も沈み夕方に差しかかった頃、キャンプの準備をする。
火をつけ寝床の準備だ、日が暮れると街灯のない世界だし作業が遅れてしまう。
適当なY字の木に支柱になる丈夫な木をかけ、そこに細い木を立て葉っぱとか積んで、一応だが簡易な寝床完成。ダストのスキルレベルで出したラグを敷いて、これまたスキルで召喚したバスタオルを布団代わり。
試しにゴロりと横になる。
案外、横になっても下がごつごつしてるとか、違和感もないし火をおこしてるから寒くもない。これなら睡眠がとれそうだ。
レベル2以上のスキルは、ランダムなのが痛いとこだ。
今、欲しい物は護身用かねたサバイバル用ナイフと、木を切ったりするナタだ。レベル1の調理用ナイフは自由に召喚できたけど、これで木を切るのは効率悪いだろうし元々用途が違うのだ、刃がすぐに悪くなっちまう。
チョコレーのやつは、ミリーンに礼を言いにいくとかで消えていった。
ぱちぱちと火が爆ぜる音。
空には、夜の帳が少しずつ降りはじめてきてる。
考えごとするには静かでちょうどいい、そんな夕と夜の狭間の時間。
さて……まず整理しよう。
路上の販売だと、俺の手持ちと引き出しだと闇市扱いで敬遠され、まず売れない。
通報等のリスクを考えれば、やらない方が懸命だ。
都市での販売は商会の許可が必要で、気軽には始めれないしアルフレンドの時みたく、商品の流通元をつっこまれたら少々厄介だ。せっかく地球産の資源があるのに、これではネコに小判てやつだ。
まあ……資源といっても大した物なんかないし、ゴミなんだがな。
ユーリのいってた、荒くれ者が多い灰都カジダスで商売をするべきか?
規律とかは特にないと言ってたが……うーん、ここは本当に活路がない時の最終手段としたい。
ふと遠くの方を見ると、坂の方から松明を持った黒い人影が見える。
こちらの方に向かって、歩いてきてるようだ。
向こうも火が見えたからか灯りを意識し、こっちに来ている。
「こんばんわ~どもども~」
「どうも」
人影は若い女のようだ。
明るく物怖じを感じさせない高い声。
火の灯りに照らされ、その姿がハッキリと現れる。
あれっ……!?
こいつ、あのコソ泥リンゴ泥棒の腐れビッチじゃないか! 何でこんなところにいるんだ!?
金髪のショートカットで、えりあしの髪だけを長めに後に垂らしている。
マントで上半身を覆うような服装で、下はショートパンツで白い肌を主張するふとももの絶対領域に、ついつい視線がいってしまう。
ユーリを小娘と呼んでいたし、見た目からして年は20前後といった感じかな。全体的にネコみたいな雰囲気を感じる。路上販売で会った人もこいつをケチな盗人と呼んでいたし、この見た目と絶対領域のふとももには注意しなくてはならない。
「悪いがアンタに売るものはない、他をあたってくれ」
「え~そこをなんとか頼みますよ。ちょっと街で旅食を仕入れる計算ミスっちゃって」
てへと、悪戯っぽく音がしそうな笑顔を見せる女。
……厚かましいな。
というかこの女、俺のこと完全に記憶から抹消してる?
それとも知らないフリを決めこんでるのか、物覚えが悪いだけか。
「一度目は餓死寸前の俺からリンゴを盗っていった。二度目は取引きの際に騙して偽銀貨を渡そうとした。三度目は何だ? 食料だけでなく俺から金を奪おうってのか?」
気を使うような遠慮も、オブラートにも包んでない不快感丸出しのストレートな言い回し。そのくらい言わせてもらわないと、こっちにも面子が立たない。
ぱち、ぱち、と瞼を開く。
真横に閉じられていた唇が小さく動く。
「会ったことありましたっけ?」
心の底から身に覚えがない、といった表情をされ予想外の返答で、こちらの毒気がぬけそうになる。
「アンタなぁ……。路上でビン売った時に偽銀貨渡してきたろ!」
忘れたとは言わせねえぞ。
「あ~あ~あ~思い出した。またビン売ってほしーんだけど、あれが盗品だろうと流通品だろうと問わないよ。あるだけちょーだい」
しゃがんだ体勢でニヒヒと、まったく罪の意識を感じさせない笑顔を見せる女。
なんだコイツ……なんか調子狂うなぁ。
「それどころじゃない。俺はこの辺りで金髪の小僧にサイフ丸ごと盗られたんだ……ン、金髪? まさかアンタの弟だったりしないよな?」
「ないない私は孤児だ。生憎肉親や親戚とは縁がなくてね」
「そうか」
同じ髪の色だしこんな草原で会うぐらいだし、関連性ありそうだと思ったがアテが外れたか。
「でも盗人のことは盗人が一番知ってるよ。どうかな、その小僧を捕えたら3割の報酬ってことで」
「高いな………2割だ」
「2割かぁ。うんそれで手を打とう、世の中お金毎度あり!」
そのセリフやめろや。
「私はリシェル」
「アツトだ」
こうして旅の途中、奇妙な金髪小僧捕縛の契約をすることとなった。
もちろん全面的に、リシェルのことを信頼したワケではない。
金髪小僧が捕まるまでの間だ。
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