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旅立ちの日には干し肉とブドウ酒を

 

 異世界に来てまだ2週間、そしてもう2週間の時間が流れた。


 正直、居心地は良かったし、ここを離れることに寂しさを感じる部分もある。


 だけど誰もが日々、何かを取捨選択して生きてるんだ。別れは特別なことじゃない。商人を目指す俺にとって、これは終わりの始まりなんだ。


「本当に行ってしまうんですね。まだ日も浅いしここに居て見聞を広めてからでも、私は遅くないと思いますが、アツトさんが決めたのなら仕方ありません。少し寂しくなりますね」


 と神妙な面持ちでイレアさんは口を開く。


 そう言われると、せっかく決めた覚悟が今にも揺らぎそうになる。当然だ、居心地がいいんだものこの孤児院は。大勢と食卓でわいわい食うメシとか、空気の澄んだとこでの肉体労働とか、食後のたわいもない孤児院のみんなとする会話。久しくこんな感覚は忘れていた。



「異世界なんてホントにあるんだなー。オッチャンのとこには馬より早い乗り物とか空飛ぶ乗り物に、自動で洗濯してくれるセンタッキとか、離れた人と話しのできるデンワとかいうのあるんだろ? いっぺん見てみてーぜ」



 とユーリは腕組みをしながら答える。

 俺は異世界から来た人間だと正体を明かしたら、ユーリとヨヨイにすっごい食いつかれた。危惧したのだが、別に不審者扱いはされなかった。



 俺からしたら、神が作ったとされるこの世界にあるアーティファクトとやらの方が凄そうに思えるんだがな。例えば、大地と豊穣の神タイタン作ったとされる【返しのクワ】とか凄い力があるらしい。とヨヨイが言ってたな。どんな効力あるのか知らんけど。



「アツトさんこ、これを、そ、そのどうぞ……」


 と俯いてしまうヨヨイから渡されたのは、筒状の竹だ。フタがあるし水筒のように見えなくもない。つーか竹は存在するんだな、この世界にも。



「これは何?」


「これは里からもってきたもので、エルフの里にある千年樹の葉を湧水にひたし、回復の魔法を込めた水です。体力回復や疲労によく効くものですよ」


 ほーん。つまりこの世界におけるリボDとかオロナミンG的な飲み物だろ。こういうのは有難いね。


「それとこれを」


 ヨヨイから手渡されたものはマントとマフラーの中間……とでもいえばいいだろうか。それぐらいの大きさの手触りがすべすべの衣である。


「これもらっていいの?」


「はい。どうぞお使いください」



「ありがとな。寒い時はこれを毛布代わりにして、寝ることにするよ」



「ち……違います!」


「へっ?」



 目をコミカルに瞑らせ、伝言ゲームで言葉を伝えたいけど、正確に伝わらなくてやきもきする人みたいなリアクションを見せるヨヨイ。


 この青白い衣の使い道がどう違うというのか? 毛布じゃなく普通に着ろてことか? オッサンの俺にマントぽい衣類とか似合わんと思うのだがなぁ……。こういうのはゴッツイ体型の世紀末覇者とか、ああいう人が似合いそうなもんだが。


「これは風の衣といって、向かい風ならば逆風の抵抗を弱くし、追い風なら風を身に纏い素早く動くことが出来るエルフ族に伝わるフードです」



「なんか……凄そうだし非常に稀少なものに聞こえるけど、本当にもらっていいのか?」


「はい、どうぞ」




「アツトさん。日持ちのする旅食を用意しましたから、どうぞ持って行ってください」



 とイレアさんから袋に入った食料を貰う。

 中身は燻製したイノシシ肉やブタ塩漬け肉、羊のチーズ、じゃがいも、にんじん、たまねぎ、あと酒と大地の実りの町ローローで作った葡萄酒、酒はイレアさんの嗜好品らしい。これだけ色々あるとありがたい、ダストの能力だけじゃ食料は少し心もとないからな。


「なんだなんだ~みんな贈り物用意してるのかよ。私は用意してないぞ、ちぇっ、なんか格好つかないぜ。そうだ……アレでもいいか」


 ちょっと待っててくれと言い、ユーリは孤児院の中に駆け足で引っ込んでいった……別に何かあげなきゃいけないというルールはないんだけどね。一人に何かをあげたら、その場の全員にあげなきゃ発動する不公平感結界が発動したか。



「ぼくはねーコレあげるー。拾ったきれいないし!」


 ニカッとはにかむ、ピットの小さな手から渡されたのは小さい石だ。どう見てもフツーの白い石、しいていうなら手触りがいいことくらいか、特徴はキラキラ感の少ない石英みたいな感じ。


「ありがとなピット」


「へへへー。帰ってきたらおみやげちょうだいね」


 ……うーむ正直いらん。

 やれやれ、石よりおみやげの方が高くつきそうだな。まっありがたくもらっておこうか、使い道ないけど。



「おっちゃんー、やっと見つかったぜー。ほいあげる」


 と相当慌てて探したのか、やや息を切らしたユーリが戻ってきた。赤色で埃まみれの本を浮けとる。経年変化からか、本の天や地といった部分にヤケがあり、相当に年季が入っているのが一目で分かる。


「埃が酷いな………で、これは?」


「各地域の相場と名産品とか書いてる本だよ。昔、父ちゃんが懇意にしてた商会からもらった本なんだけど、私には必要ないからな」


「いいのか? 親父さんの物なんだろ」


「いいっていいって。ちっと古いけど、商人目指すおっちゃんには参考になるだろ」


 と両手を後ろで組みおどけたようにユーリは言った。

 確かに各地の相場や、商品の知識がない俺には頼もしい本ではある。




「あとさ、あんまりおすすめではないんだけど、このアナグラ王国にも自由に商売できるとこあるんだ」


 ほう、そりゃ俺にうってつけの場所、まさにエデンじゃないか。



「だけどね」


 と一拍おいて不安そうな表情を見せるユーリ。


「それって……あの灰都のことかしら?」


 とイレアさんが、小首を傾げたまま話を促す。


「そう灰都カジダス。このアナグラ王国の南下に位置する都さ。ちょうどゼブラインの国とアナグラ王国の境目にあり、元は政治犯や手に負えない犯罪者などを留めておく流刑地のような場所だったんだけどさ、監視役についていた教会の人や役人も取り込まれて、無法地帯になっちまった場所だ」



「もちろん国から討伐隊も組織されたんだけどさ、返り打ちにあってね噂では国の上役様の弱みを握ってるらしく、オマケにゼブラインとの国境にあるから、小競り合いに互いの国力を裂きたくないみたいなんだ。だからそのまま放置され無法地帯になった都なんだ」


 うーむ……そんな世紀末ヒャッハーな場所にはさすがに行きたくないな。軽く身ぐるみ剥がされて拷問とかされたらイヤじゃないか。



「まーまともに商売するのなら、どこかの商会に弟子入りするのが一番いいと思うぜ」


「その方がいいかもしれないけど、今は一人でやれるだけやってみたいんだ」


 自分という塵芥のような存在が商人として、どこまでいけるのか。存在証明とでもいうべきか、力試しとでもいうべきか。この異世界で、自分の生きた爪痕を残してみたいというチャレンジ精神がいつの間にか、俺の中に宿っていた。



「じゃあ行くよ。色々とお世話になりました」


「お元気で。また気軽に寄ってください」

「そ、そのお身体に気をつけて、ください」

「元気でなーおっちゃん!」

「たびのお話とおみやげ、よろしくねーアっちゃん!」


 孤児院のみんなは時折、俺が振り返る度に手をずっと振っててくれた。それこそ俺の姿が見えなくなるまで。急に寂寥感がひしひしと沸き上がってくる。イカン……長いこと孤独な時間が多かったから孤独耐性が弱くなってる。


 気持ち切り替えて行こう。


 そういやふと思ったけど、俺のスキルレベルていつ上がるんだ? 確かチョコレーのやつがレベル2になったとか言ってたけど、あれから音沙汰ないぞ。


「おいチョコレーおーい!」


 呼びかけても返事はない。

 シーン……である。

 これじゃ完全なるオッサンの独り言だ。


「おーいミリーン」


「何よフロンジ。このミリーンちゃんに何か用かしら」


 このポンコツ毒舌精霊はすぐに出てきたが、チョコレーのやつ、何やってやがるんだ?


「なあミリーン。チョコレーのやつはどうしてるんだ? 呼んでもこないんだが」


 宙に浮いたまま、足を組むミリーンが素っ気なく答える。


「さあー? マヨラー様に説教されてたし、スクラップにでもされたんじゃないの? 最近、大神殿に寄ってないから近況は知らないわヨ」


 すごくどうでもいい。心底からミリーンはそう思ってるみたいだ。


「俺のスキルレベルが今どうなってるか知りたいんだが?」


「そんなもん知らないわ」



 人の生命線であるスキルに、そんなもんとか言いやがったこのピンク髪! 何がナビゲーターだよ! 全然ナビ役になってねえよ!


 露骨にミリーンを睨みつけると、釈明するようにミリーンが返す。



「フロンジのスキル見える適材者なんてチョコレーか、ダスティーくらいしかいないわヨ。かと言ってさすがに直々にマヨラー様がそれだけの為に来るはずないし」


「じゃあ、そのダスティーとやらを呼んでくれ。スキルレベルの確認がしたい」


 そもそも俺に見えなくて精霊のチョコレーとダスティーとやらしか確認できないって、欠陥構造だろコレ。




「ムリムリ、ダスティーは序列第一位だから。ナビゲーターしてるヒマなんてないし、布教やらで忙しいのよ」


「そういうお前はヒマそうだな」



「なーにー? ばちばちッと静電気をくらいたいワケね、フロンジ。そう受けとるわ」


「遠慮しておく。とにかくチョコレーを呼んできてくれ、ついでにスクラップにされそうなら止めてもらえるよう言ってくれるか」


「いいわ。仕方ないわね、一応大神殿に寄ったら確認してみるわ恩にきなさいフロンジ」


 と偉そうに言って、虚空の中に消えるミリーン。



 ふぅ。相変わらずめんどくせー精霊だな。

 昼飯まだだし、道中だがここで食うか。

 外で食うメシってのは部屋の中で食うより、より一層美味く感じるものだ。気分的に開放的になるからなのかな。



 石を拾い円状に敷き木を拾いライターでカチッ、カチッと火をつける。

 石で直接干し肉とチーズを少しあぶり、イレアさんからもらったパンに切れ目を入れ、その中にキャベツとあぶった干し肉と羊のチーズをサンドし、いただきますっと!


 むしゃ、むしゃ、むしゃ……。


 塩気の利いた干し肉のうま味が、素朴なパンの味とあいまっていくらでも腹に入りそうだ。そしてこの羊のチーズとキャベツがいい味を出している、主役の味とまでいかなくてもメインを引き立てるすばらしいサブの素材達。美味い!


 そして大自然の下で、風景を見ながら飲むこのブドウ酒。くぅううううー美味すぎるって! いくらでも飲めそうだ! それに昼間に飲む酒はすごい優越感と解放感がある、他の人たちが働いてるであろう時間に酒っ、いいじゃないか昼間ぐらいダメ人間になっても! 気分よくなってきたぞ、全部飲み干してやれ!



 俺がメシとブドウ酒に夢中になってると、路上から物売りの小僧がやってきた。物売りだと分かったのは俺に木のバスケットのカゴを見せ、何かいりませんかと声をかけてきたからだ。



「あ、あのーなんか買っていきませんか? べ、別に果物1個とかだけでもいいんです、人助けだと思ってお願いします」



 バスケットの中の物は火打ち石とか、なんかよく分からん草とかよく分からん木の根とか、包帯とか、なんとなくその辺で拾ったのではないかと思わせる代物。


 うーん。見たこと小学生くらいの小僧だがこんな年から働いているのか、人に声かけるのにも慣れてない感じだ、家庭の事情でもありそうだし果物の1個ぐらいは買ってあげようかな。案外、そう思わせる作戦だったりしてな、サイフに少しはゆとりあるし、まっ……いいか。



 と俺がサイフを出した瞬間だった。



「へへっ! いただき!」



 一瞬、何が起こったのか分からなかったが、後ろから眩しい金色の髪をしたガキが、俺のサイフをひったくって勝ち誇った顔を見せながら逃げ去ってゆく。そして目の前の小僧も「ご、ごめんなさいと」謝罪の声をあげて、売り物をその場に投げ捨て反対方向へ慌てて逃げ行く。


 う……嘘だろ?

 ひったくり!?

 

 人間いきなりこんな非日常の出来事に合うと、脳がショートフリーズを起こすらしい。少なくとも俺はその場で数秒固まって動けなかった、目の前から去ろうとしている金髪のガキの勝ち誇った顔と、サイフを奪われたという危機感で、ようやく凍った脳が活動を再開する。


 ど、どどど、どうする?

 どっちを追う!?

 まさかこいつらグルだったのか!?


 と、とととと……とにかく金髪のガキを追うぞ!






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