唸れダスト!伸びろ物干し竿!
「はあ……はあ……はあ……」
息が……息が……苦しい!普段、運動してないからかいざ走るとなると苦しい。肺が……全身が悲鳴を上げてやがる!
喉カラカラで身体が水分を欲しがっている。ビール、コーラ、いや水がいい。水が欲しい!
生き延びたらぜったい体鍛える! いま決めた! 毎日ランニングして腹筋も腕立ても背筋もするぞ! 一応、 腹は出てはいないけどな、ぜってー続けてやる!
クソーッス! まだ追ってきてやがる!タチの悪い野党のような男共が俺とユーリの背後から、光物を持って追いかけてきてるこの状況! 一体全体どうしろってんだ!?
逃げる以外の策はない。神頼みでもしたい気分だ!
「ぶっ殺すぞ止まれやクソジジィ!」
「オラァー! 止まれっつってんだろッ刺されてえのかオッサン!」
闇の中から聴こえてくる怒声と足跡は未だに、俺たちを執拗に追いかけ回してきている。
「アイツらまだ追って来てる!」
「し、知ってる……!」
ユーリが後ろを振り返り深刻な声で俺にそう言う。いつ間にか手を引いて逃げていたはずの俺は、ユーリに手を引かれ一緒に逃げている。何とも格好つかねえけど体力的に無理! 身体がついていかん。
「ぜえ…ぜえ…ぜえ…俺はまだ39才だ! このクソガキ共が!」
「知るか! 生い先短いんだから止まれや!」
「クソジジィ! タダじゃ済まさせねえぞ!」
「ユーリちゃん。何もしないから止まってよ」
「っ……!」
クソーっ……あ、あいつら、随分と無駄に体力に余裕がありやがる。このままじゃジリ貧だ、捕まったら俺は刺されるだろうしユーリは攫われるだろう、きっと。
冗談じゃねえ!
まだ満貫全席も食べたことないし、フカヒレもキャビアも食べたことないし、商人にもなってないんだぞ! こんなとこで死ねるか! 俺の死に場所はここじゃない! 風鈴が鳴り響く暑い夏の日に畳のある縁側で、世界にある美味い物の食い過ぎで、ぽっくり死ぬって決めてるんだ!
ああ……喋ったから無駄に体力消耗しちまった。もうロクに声を上げる気力もない。
困った時の神頼みでもしたい気分だよ……そうだ……神頼みだ……俺にはゴミの神マヨラーがついているじゃないか。
空っぽ同然の最後の体力を振り絞り、走りながら懸命の声を出す。
「ぜーはー……ぜーはー……マヨラーでもチョコレーでもミリーンでもいいから………はぁ……はぁ………さっさと出てこい! 」
しばらくすると闇の中で微かな光を放ちながら、俺達の前にそいつは現れた。
ゴミの神マヨラーに仕える精霊、序列にして第5位。ピンクの髪で目はぱちくりしており、容姿は可愛いらしく頭から何故か透明のビニール袋を被っている残念な女の精霊、その名はミリーン。
「ふぁーあ……眠ぅ〜。何よわざわざ来てあげたわよ。この忙しい中ね、で何か用かしらフロンジ(浮浪児)」
相変わらずマヨラーに似て口が悪いな……何が忙しいだよ寝起き同然のツラで出てきてやがって、頭からタバスコぶっかけてやろうか! しかし、今の俺にそんな余裕はない。
「し……死ぬ、後ろ……助けて」
も、もう声が出ない。
無理っす。
「何? 追われる感じなのね。食い逃げでもしたの? フロンジの貴方らしいわね」
だぁああああー!? 雰囲気で察してくれ! 俺達被害者でアイツら悪者だから! 気付いて、そして察して!
俺は首を全力でふるふると横に振る。
「なるほどなるほど。じゃあ泥棒ね。ヤメなさいヨそんなこと貴方一応、直々に選ばれたマヨラー様の使者なのヨ」
ふんぬぅ!……俺を一体何だと思ってやがるのか? おのれ……体力が戻ったら、そのビニールひっぺがえして素っ裸にしてやるからな!
「ぜはぁー……ぜはぁー……後ろ……悪者」
「ああ。そう、そうならそうと言いなさいヨ。この私ミリーンちゃんは、序列第3位あのポンコツダンボールのチョコレーと違いちゃんと戦えるスキルを持っているんだから。そこで見ていなさい!」
た、頼もしい。
後は任した。
急に俺の足が止まったので、引きずれるようにユーリが心配そうに俺の顔を覗き見る。
「……おっちゃん!? クソっここまでか……」
それに対し俺は首を真横に振る。
「ふぅ、ようやく観念したみたいだなジジイ」
「手こずらせやがって。こいつをぶっ殺したその後で遊ぼうぜユーリちゃん」
へへっ……好き放題言ってくれるぜ。そう精霊は普通の人間の目には姿が映らない。たいまつを持ってるこいつらにも見えていない。
「あ?……おい、なんか目の前に電気走ってねえか?」
「本当だ……なんだこりゃあ」
俺には見えている。奴等を見据え身体中をばちばちと放電させながら、左手に電撃を集めているミリーンの姿がはっきりと!
「私の恋は百万ボルト」
ミリーンはバチバチっと強烈な電流を纏い夜空を滑空する。そしてその手で奴等の一人に触れた。
「ぎぃゃああぁあああああぁ!」
青白く光る電撃を浴びた男は、叫び声をあげ痙攣したマリオネットのように身体を動かしその場に崩れた。
「なっ、ななな、なんだぁ!? 光って急に倒れたぞ!」
事態を掴めず、慌てふためく奴等に追い討ちをかけるように、ミリーンの電撃がそこいらで光る。
スゲー。やるじゃん。戦力になる精霊もいるんだな、今度からミリーン姉さんと呼ばせていただきます!
「お、おっちゃん。こりゃあ一体何が起きているんだ?」
「精霊だよ。ゴミの神マヨラーに仕える精霊に、奴等をやっつけてもらってるとこさ」
「ゴミの神? 全然聞かない神の名前だけどおっちゃんは神様と知り合いなのか?」
「ま、まあ知り合いというか何というか、関係者とでも言えばいいのかな……」
「おっちゃん何気に凄い人なんだな」
凄いのかどうかよく分からんがな。ン? ミリーンが戻ってくるぞ、無双したのになんか浮かない表情してるような。
何にせよお陰で呼吸も落ちついてきたし、少しは体力も戻ってきた。
「しくったわ」
「ん? 何が?」
「静電気がなくなったわ」
「静電気……?」
先程のビカビカな電撃に対して、あまりに陳腐な言葉だ。
「だから静電気充電しないと使えないのヨ! あの技は。下敷きで髪をこすったりして充電しないと使えないの! 時間がないわ!」
「どうすんだよ! だいたい原始的すぎんだろ! 下敷きであんなビカビカな電力貯めるて何万年かける気だこら!」
「うるさいわね! じゃあアンタ電撃出せるの? 使えるならやってみなさいよホラッ!」
あーっもう! 何でどいつもこいつもっ! マヨラーのとこの精霊は何かしらポンコツなヤツしかいないんだよ!
「残りの人数は何人だミリーン」
「あと一人ってとこで静電気切れヨ。向かって来てるわ」
奴等の最後の内の一人が鬼の形相で向かってきている。その手には…ゲェッ白光する剣が握られている。あんな物騒なモンで斬られたら、確実に即死するじゃねえか。
「……こほっこほっ」
走りすぎた影響か自然に胸の奥からむせてきやがる。
まだ走れる体力はない。
運頼みだが、ここでやるしかねえ!
「クソったれぇ。いきなりひでー目にあったぜ。もう殺す絶対にぶっ殺す、殺す殺す」
俺でも感じれるぐらいの殺気を放ちながら、物騒な言葉をぶつぶつ言い向かって来ている。我を見失っているような状態だ。説得なんか当然不可。
ふぅ……頼むぜ何か役にやつもの……出てこいっ!
「ダスト!」
ガランガラン。
祈りを込めるように召喚し、俺の目の前に落ちてきたのは物干し竿だった。服も靴下も干すことが出来るし、なんと伸縮自在……ってアホかボケー!
物干し竿で剣に立ち向かうやつがどこの世界にいやがるか!? うわぁあああああぁあああアアアアアっ!!! ここに来て運に見放されたァアアアアッ! くそったっれぇええええええ!
もうイヤだっこのスキル!
今すぐ布団入ってふて寝してえ!
「……魔法だと?」
おっ? ちょっと怯んだ? 全然魔法の類じゃないんだけどな。口から出まかせで、ここはビビらせてやるか。
「そうだ。下手に出たが俺は魔法が使えるんだ。さっきの電撃も俺がやったんだよ。今なら見逃してやるよ」
「いや……それはおかしい。オッさん必死に逃げたよな。だったら最初から魔法使ってたはずだ」
あらご明察。でも、ここは強気に行く。
「フン……魔法を溜める為に逃げ回ってたんだよ。今だってその最中だ」
ふぅ……冷や汗が出そうだ。
なんたって状況は俺の方が不利だからな本当は。
「そうだな。そうだろうよ、じゃあ今の内にさっさと殺す!」
ぎえええええええっ!? 逆効果だったぁ!
「ポケット! ダ、ダ、ダスト!」
焦りすぎて噛んだわ!
俺が出したのはいつぞやの爆竹。こいつに火をつけ足元にブン投げるつもりだったけど、間に合わねえ!
きぃいいいいいいん!
それは物干し竿で斬撃を防いだ音。なんとか受けたけどっ、大丈夫か物干し竿の耐久性? たのむからもってくれよ!
「このぉっ! 死ねや!」
ひぃいいいいいいいい! 何でこいつこんなキレてんの? くぅ〜力で押し負けそうだ!
ええーい! やぶれかぶれの必殺金的蹴り!
「おっと」
……マジかよっ!近距離なのにアッサリ避けやがった。
俺の運動神経が悪いのかこいつが反応いいのか判別はつかない、でもお陰で距離ができたぞ。
「ミリーンっ! それを拾って、火つけてからコイツに投げつけろ!!!」
「分かったわフロンジ」
「誰と話してやがる!」
男が剣を振りかぶった瞬間だった。
バババババッババチバチバチ。
「うおおっ!?」
ミリーンが爆竹を投げつけたのだ。勢いよく音を鳴らし、地面で火花を咲かせる爆竹に男は怯んだ。
ヤツと同じ爆竹の範囲内にいたのだが、俺は慣れてるから音が鳴ると予期していれば動じることもない。
まあ、爆竹はこけおどしの魔法みたいなもんさ。
この隙にぃっ目標を顔面に向けて物干し竿フルスイング!
「ぶっとべ! クソ野朗!」
「……ぐえあっ!?」
男は変な悲鳴をあげ、べちゃんと地面に倒れこんだ。
ふぅーふぅーなんとか凌いだか……ギリギリだったな。
「やったぜおっちゃん! 剣を持った相手を倒しちゃうんだからさ!」
といいユーリが抱きついてきた。
「ふぅ……まあ、なんとかな。さっ帰ろうぜイレアさんが心配してるだろうし」
「……うん。正直怖かった」
「ミリーンも助かったよ。お陰でさ……ありゃいねーぞ。まっいいか」
こうして悪夢のような夜道を抜け、無事に孤児院へたどり着いたのだった。
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