行きはよいよい帰りは怖い
~海の見える街シオンベゼネの酒場~クジラ亭
そこで夕飯を済ました俺とユーリ。
「美味かったなー。久々に美味いもの食ったから胃のヤツが驚いてるわ」
「さすが酒と大地の実りの街ローローで仕入れた酒だな。夏にしかとれないファンシーポップ使っただけあってコクが違うぜ」
顔を赤らめ上機嫌に言うユーリも満足そうだ。
確かに酒は美味かった。無類の酒好きドワーフもよく好む酒らしく、味は現代のビールにも引けをとらない美味さだ。
あのアナグラ海老も無茶苦茶美味かったなー。
俺のおごりってことで行ったから、まあ銀貨がいくつかさらば諭吉!!! て勢いで飛んでいったが、ユーリにはお世話になったからこれは仕方のない出費だ。
明日から倹約しつつ、ガンガンとジャンク品を売っていこう……そういやアレだわ。路上販売は闇市扱いだし、露天には許可がいるんだったな。自由市場みたいのがある街にでも行ってみるか。孤児院を離れるのは若干寂しさがあとを引くけど、大手商会のドフォール商会に俺が睨まれてるから、他に選択肢がないんだよな。
「おっちゃんおっちゃん」
「なんだよユーリ」
「夜に街を出るのは危険だけど、イレアさんには泊まるて言ってないから、このまま孤児院に帰るぜ」
いやー別に俺は泊まりで、一緒のベッドで朝を迎えても構わんのだがな! ユーリは喋り方は男くさいが美人だし。どうだー!? 俺が朝まで相手してやってもいいんだぜー! どうなんだー!?
……とは言わない。さすがにいわねーよ。
分別のあるオッサンだからな。まあそんな展開になったら迷わずいただくがな。
まずいラーメンと病気以外は、全てもらう主義なんで。
「ちなみにユーリよ、何が危険なんだ?」
「盗賊や野党や狼だよ。まー相当運が悪くなければ襲われることはないから大丈夫だぜ」
ユーリはけっこう向こう見ずだな。
狼に盗賊ねえ……まあ地元の人間が、大丈夫つーなら大丈夫っしょ。
「うわーさすがに暗いなー。来た時の近道は使えないな、危ないからさ」
ユーリの言うとおりだ。
辺りは真っ暗、せいぜい見えるのは足元の道くらい。
これじゃ来た道みたいに、土管工ジャンプしてたら足がポッキリ逝くわ確実に。
何か召喚してみるか……そういやあの無能精霊のチョコレーが全然来なくなったぞ。どうせなら序列第一の有能精霊をナビゲートにつけろってんだ。全員クセがありそうだから、ロクなもんじゃなさそうだかな。ゴミの神マヨラーからして超毒舌のクソ野朗っぽいし……。
よーしライトだライトを出そう。
確か100円の物ならランダムでなく出せるはずだ。
「ダスト!」
ポンっという軽快な音がして、白い煙を散らしながらライトが落ちてくる。俺はそれを拾いライトをつける。
「うわぁ!」
隣にいたユーリが何故か驚きの声を上げる。
「おっちゃんその魔法の音はびっくりするから、使う前は言ってくれよ」
「そんな驚くような音か?」
「何もないところから急に音がしたら驚くだろ。そりゃフツーだと思うぜ」
「分かったよ」
うーんバカみたいうるさいとかじゃなく、コミカルな音なんだけどな。
ライトをカチ、カチ、カチっと。
うむ。問題ないな。
ちゃんとライトもつくぞ。
「……すげえ! 暗闇を切り裂いたみたいに明るいな! 火の灯りとも違うし、アーティファクトかそれは!?」
そんな大層なもんじゃねえし。
つーかアーティファクトってむしろ何? why?
そっちの方がロマンありそうだし、すごそうなんですけど!
「俺の世界じゃ、ただのありきなりなもんだよ」
「俺の世界ってどういう意味だよ」
やべっ……口が滑りやがった。
「あーそのー俺のいる地域ね!」
「……地名は?」
「うん忘れたわ。ちょいと記憶喪失でな、色々と困ってるんだわ。はははははははー……」
なんという苦しい言い訳だ我ながら。異端審問とか怖いから誤魔化さなくては……いやー無理あるでしょコレ!
「なるほど……記憶喪失じゃ仕方がないよな。おっちゃんも色々と大変なんだな」
ほっ……なんとか通じてくれたか。
ユーリは神妙な顔をしてそう言うのだった。
――がすぐに顔色を豹変させ、手のひらの甲で俺の胸板にチョップをするのだった。
「そんなワケあるかぁあああああっー! 都合のいい記憶喪失だな随分とさ!」
ぐはぁっ!? ノリ突っ込み!
さすがにバレたか!
「別におっちゃんが、言いたくないならいいけどさ。短い付き合いとはいえ、もうちょっと信用してくれていいんだぜ。私達はおっちゃんの不利になることはしないからさ」
「そっか。じゃあ孤児院に帰ったら説明するよ、それでいいか?」
「ああ」
そこまで言ってくれるなら、素性を明かしても問題ないだろう。信頼には信用をもって応えよう。
こうして孤児院の帰り道を行く俺とユーリ。
と、そこに影法師のような人影がいくつか現れる。
こんな時間に旅人だろうか?
向こうは松明を持っているので、徐々にその姿が露わになっていく。
「こんばんはー」
やけにノリの良さそうな男の声だった。それも複数、ひーふーみー5人いるようだな。
「どもこんばんは」
と小さくユーリが返す。
「何すかその明かり? えっ、何それすげー! どうなってんの?」
俺が手に持つライトを見て、驚いているみたい。そして興味津々みたいだ。
「おーこっちの子はすげえ可愛いな」
なんか……雰囲気的に不味い感じがする。それはホームレス時代に培った、野生の勘というべきものが頭の中で警鐘を鳴らしている。
トラブルに発展する予感というか気配だ。
だってこいつら……ユーリと俺を囲むように少しずつ距離を詰めてきているのだから。そして軽薄で粗野とでもいうべきか、なんとなく喋り方とかで分かってしまう。
「ねえねえ君名前なんてゆーの? 俺達と飲みにでも行こうぜ」
「俺の名前はアツトだ」
「アンタの名前は聞いてねえから、すっこんでな!」
ドスの効いた声で、俺にそう言った体格のいいあご髭はユーリに視線を戻す。
ふんぬぅうー! このクソガキぃっ……羊やナマケモノのように温厚な俺でも限度があんぞ!
なんか武器は……ないな。
サポートの精霊もいない。
エルフで弓の名手ヨヨイもいない。
まずいぞ、こりゃ。
「……ユーリですけど」
「へーユーリちゃんかぁ。いいじゃないかよいこーぜいこーぜ、なっ? なっ?」
「ちょっと……気安く触らないでくれよ!」
ユーリがあからさまな拒否反応を示す。
それはユーリの肩に手を回し、手を無理やり引こうとするヤツがいるからだ。
「なんだぁっ! 文句あるってのかコラ!」
凄まじい怒声を男の一人が出し、ユーリは萎縮したように縮みあがる。そして足が震えているのが見えた。これだけの輩に絡まれたら無理もない。
そして俺もだ。
これから訪れそうな嵐の予感に……バク……バク……バク……と心臓の鼓動が激しく脈打ちやがるっ……!
手のひらが小刻みに震えやがる。
クソっ……クソっ……クソっ静まれっ! いざという時に震える無力な手じゃ意味ねえだろっ!
俺は揉め事に大して耐性ねえし、何せ人数が多すぎる!
このまま逃げたいってのが正直な心境だが……それじゃ男がすたるわなっ。
考えろ、考えろ、考えろ、考えろ!
何か使えるものはないか、なかったか!?
ダストのスキルとかで何か……。
あった…ランダムでもないし確実に使えそうなものが。
……賭けに出るか。
賭けごとは好きじゃないがな。
急に金が必要になって、空き缶売った金で4円の羽根モノ打った昔以来だぜ。
まー勝ったけどな。
必要なのは捨てる勇気だ。
自分丸ごとっ……な!
「来ねえってのなら別にいいぜユーリちゃんよ。お前ら有り金全部置いて行け! それなら行ってもいいぜ」
と言い、奴等の内の一人がナイフを取り出した。
おいおいおい……シャレになってねえぞ!
野盗そのものじゃねえかよこいつら。
「おっちゃん……私この人達と飲みに行くからさ……先に帰っててくれよ……イレアさんには遅くなるって言っておいてほしいぜ」
震える声でユーリはそう言った。
明らかに俺に気を使って言った優しい嘘。
「そうだぜ。つーかまだいたのかオッサンよぉ! さっさとその明かり置いて消えろコラっ!」
俺は弾かれたように飛びだした。
「うおおおおぉおおおおお!」
多分……生まれて初めての出した叫び。
全身を巡る血が熱を帯びて沸騰するように熱い。
俺はユーリの肩に腕をかけてやるあご髭野郎に、ライトを向けてやった。
「……んっ」
ライトの眩しさに目を細めるヤツに。
見よう見真似、黒のカリスマケンカキック!
「ぐぇっ」
確かに顔面にクリーンヒットさせた感触アリ!
すかさず呆けているユーリの手を引く。
「逃げるぞっ!」
「あ、ああっ……!」
走る、走る、走る走る走る!
ひたすら前へ、ひたすら前へ、ひたすら前へ!
「待てコラァ!」
「ぶっ殺すぞオッサン!」
「待てっつってんだろ!」
ひぃいいいいいいい!
怖い! 超怖い!
追いつかれたら俺もユーリもどうなるか、考えたくもないっ!まるで悪夢の中で、死神にでも追われてる気分だ!
クソっこんなことなら、ランニングしておくべきだった。肺が胸が……苦しいっ!
「ダメだ。おっちゃん! 追いつかれるっ!」
「ダ……ダスト! ダスト! ダストッ!」
走りながらだと、いちいち喋るのも苦痛だ……!
最後の頼みの綱みたいに、あのスキルの効果を期待し連呼する。
後ろからガッシャン! ガッシャン! 音がする。
そうこれは初めてゴミ召喚した日に、ガラスやビール瓶を上から降らすだけのスキルっ!
もちろん何の役にも立たない。
だが――地面へ高いとこから落下した瓶は、当然粉々になる 。
だからこの闇の中だと足止めになる。
それは踏む者の足を穿つもの言わぬ牙。
「ぐっぎゃあああぁああああ!? 足ぃいいぃい……俺の足がぁああっ!」
後ろから聞こえる悲鳴。
よっしゃ! 一人撃退!
「何しやがった! オッサンこらああぁあっ!」
「覚悟は出来てんだろうな!」
「逃がすな! 痛い目見せてやれ!」
ひぃいいいいいいっ!
そんなに甘くなかったぁあああっ!?
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