海の見える街シオンベゼネ
路上販売のついでに、ちょうど近くにある海の見える街シオンベゼネへと俺達はやってきた。ちょっと遠くまで来たし、ここまで寄らなきゃ損理論である。
孤児院を出た時は早朝だったが、陽も沈みすっかり辺りはオレンジ色に染まっている。
強固そうな石垣で囲まれたシオンベゼネの門の前からは、人の出入りが激しく観光客と思わしき服装の人もちらほら見える。
アルフレンドでは羊毛や亜麻のキトンの服が主流のようだったが、場所が変わると服装もガラリと違うものだ。貴族ぽい服というか明らかに絹製の服の若い女とかも見る。
うむ美人である、いいことだ。
そして、俺の横を通った時に非常にいい匂いがした。
「すーはーすーはーすーはー」
美人の近くの空気は、吸える時に吸っておくのだ。
「ん? どうしたおっちゃん深呼吸なんかして」
「いや別に。何も」
心なしか空気が美味い気がする。
ユーリも美人ではあるのだが、口調とか男ぽいからなー。
俺の中で、隣の美人の空気を吸いたいランキングには入らない。
そして貴族ぽい服といえば……なんだあの視界の宝塚闇組みたいな、ド派手な格好の2人組は!?
いかにもラスボスですが何か? て服装をした女の子2人が大きな荷物を持って街の中に入っていく。
「派手だなー」
ド派手な中世風ゴシックロリータていうのかな。
周りの人からも、そこだけ温度が違かのように注目を浴びている。
そりゃそうだろうな明らかに浮いている。
思わずつぶやく。
「おっちゃんも十分に目立つと思うぜ」
「へ?」
ユーリに言われて気づく。
さっきの宝塚闇組ほどではないが、俺もこう若干遠慮がちの視線を浴びていることに気づいた。目を合わせたら相手が気にしない素振りで視線を逸らす程度の眼差し。軽い好奇心てやつかな。
このジャージとストールが原因なんだろうか、やっぱり。
石油素材だもんなジャージは。
当然、異世界にはないから珍しいのだろう。
「ママーあの服どこで売ってるのー?」
「こらっ指指すんじゃありません!」
ぐぅっ!?
精神に痛恨の一撃、俺は5ぐらいのダメージを受けた。
通りすがりから珍種ような扱いを受けてるぞ。
うーん、やっぱ普通の服着りゃ良かったかな、まっいいか。
今更、人の目なんか気にするかっての。
「はあ……それにしても全力で俺は疲れたぞ。もう歩きたくねー」
「なんだよ。近道がいいって言ったのはおっちゃんだろ」
「言ったけど、あんな獣道の丘を越えたりするとは思わないって、飛んだり跳ねたりするヒゲの土管工じゃねーんだぜ俺は」
「それより私は腹減ったぜ。まず、なんか食っていこーぜ、この街は海の幸が取れるからな。この辺りでしかと捕れないアナグラエビの揚げ物とか、身がプリプリで美味いんだぜ」
「そうだな、せっかく遠出したし食っていこーか」
街の入り逆U字の石門をくぐると、すぐ横にはまず港がある。
小型から中型の木船がまばらに控えていて、木の大ダルを数人で船から港へ移動させているのが見える。おそらく漁でとってきた魚かなんかだと思う。
「んー海の香りがするなぁ」
港の向こうには水平線が続くきらめく海と、それを抱くように向かい合わせのオレンジの空。異国情緒溢れる白い建築物がセットでいい眺めだ。観光雑誌とかの表紙になってもおかしくない。
「そういやユーリ、ここはアルフレンドみたいに税とったりしてないのか?」
見る限り、馬車に乗った商人らしき人も見たが衛兵を素通りしていた。
「この街は帝都ディアリーから来る人や、サンタデルタ地方からも船が出てるからな。人や物の流れも多いから検閲してないのさ。金をとりゃその分、どうしても客足が鈍っちまうじゃん。その分見なよ衛兵が多いだろ」
ユーリの言う通り、チェーンメイルの上にサーコートて服だろうか。
紫色の布みたいな腰まであるヒラヒラしたやつを着ている。紋章みたいに碇を下ろした船のマークが描かれており、一目で衛兵だと判別することができる。
「それにしても詳しいよな。ユーリは商人の界隈のことに」
「そりゃあ、まーな。私の親父は商人だったからな、小さいながらも店を経営してたんだぜ。子供の頃は私も商人になって色んな商品を扱ってさ、店を大きくしたいと思ったもんだぜ」
「今その店はどうしてるんだ?」
「失敗したよ。それで店もなくなって一家離散さ。ホント一瞬だよな失敗する時ってさ。小さい成功を積み上げて営々と生活しても落ちる時って一瞬でさ」
ユーリは苦笑いをして言い放った。
言葉の裏に、悲壮感は感じられなかった。
でも無理して笑ったような気がする。
「そっか」
孤児院にいる時点で、ワケありだとは思っていた。でも別情が欲しくて言った言葉ではないだろう。だから俺はその言葉を軽く流した。
「フーン。大概の人間はこの話をしたら、申し訳なさそうな顔するんだけど、オッチャンは違うんだな」
「商人だったこと恥じてるのか? 違うんだろ」
「そうだな。恥ちゃいないよ、それに今は花屋になるのが夢なんだ。孤児院とか見た目ボロだけどさ、片隅にでも一輪の花があるとなんか和むじゃん」
これまた年頃で乙女チックな夢だな。
いいんじゃないだろうか、俺のように根なし草のような生活を送ってきた人間からすると輝かしい目標である。
「花を飾りたくなる店作りをしたらどうだ? オシャレなテーブルや小物や置いて、花壇を作ったりして華やかな見た目で客を引っ張ってそこで茶でも売るとかどうだ」
ま、適当に思いついたあアイディアだけど。
「オシャレな家具を置いてお茶を売るか……へーいいじゃん! いいじゃん! いいよそのアイディア」
ユーリはにこやかに、俺の肩をバンバン叩き背中に回る。
「さっ、いこーぜいこーぜ。私おすすめの美味くて安い酒場に招待するぜ」
「おい押すなよ」
どうやら気にいったようだ。
このアイディアが活きるかどうか知らんが、上手くいけばいいものである。
しばらく歩いていくと、さっきの宝塚闇組の2人組の女の子が群衆の中で何かをやっているのが目に入る。
同じような派手な恰好をした2人が向い合っている。
静寂と喧噪の境目といったようなにぎやかさの中で、中心にいる一人がそれを呑みこむようにその場で群衆をクルリと見渡す。
その手にはリンゴと曲刀が握られている。
「えーどもどもはじめましてー。旅芸人のクロエと」
「フィンカです」
ふむふむ胸の大きい方がクロエで小さい方がフィンカか。
テンションの高い方と低い方て相対的でもある。
「シンプルに面白いと思ったら、この帽子の中に寄付をお願いしまーす。面白くないと思ったらフィンカの持ってる帽子の方に寄付をお願いしまーす」
「どっちにしろ要求してんじゃねーか」
群衆の中からクスリとした笑いとガヤが入った。
「ここに曲刀とリンゴがあります。せいっ!」
クロエは宙に投げたリンゴを真っ二つに曲刀で斬った。
空中に投げたリンゴを、綺麗に宙で斬るのはおそらく相当な技術が要されるであろう。
俺は曲芸やったことはないがそう思う。
「ごらんの通り切れ味のよい曲刀です。あっ落ちたリンゴは後で、フィンカが美味しくいただくんで」
「えっ私が? まあ洗えば食べれるか」
「えっ素直に食べるんだ」
「じゃあはじめるよーフィンカ」
「了解」
2人は荷物の中からそれぞれ曲刀を手に3つ持ち、互いに向かって順に投げていく。
投げている間に、曲刀を2つから3つに増やし投げたところで、群衆から「おおっ」と歓声があがった。
さらに宙に浮いてる状態の曲刀にフィンカが、触らずとして火をつけたとこで盛り上がりは最高潮に達する。
「いいぞー姉ちゃん達!」
「ひゅーひゅーすげえぞー!」
「おー触れずに火つけたよアレ魔導師だろ。初めて見るよ」
「確かペテン派だとか言ってたけ」
「なんだよその胡散臭い集団は。ヴィジョン派とリネン派だろ、火を使うってことはヴィジョン派だろうな」
曲芸が終わったようだ。
終わると同時に拍手が鳴り響き、フィンカとクロエは声援に応えるようにして、手を上げて応える。これが失敗で終わったのなら、まばらな拍手と無関心で群衆は去っていっただろう。
2人が賽銭用にもっている底の深い帽子には、景気よく銀貨や銅貨が投げ込まれている。
「ほんじゃ行きますか」
「だなエビが楽しみだ」
「ん? なあなあ、あの曲芸師がおっちゃんをなんか指差してるんだけど」
「へっ?」
ユーリがそう言うので、振り返るとクロエが俺の方に寄ってきてだ。
そのままなぜか俺の腕を引き、群衆の方へと誘導しようとしてくる。
「ちょっ……ちょっと待て! なんだアンタ!?」
「いいからいいから。ちょうど派手な格好した人がいて助かるわ」
「お、おいっ!?」
呼びつけるユーリの声も完全無視である。
意味が分からない、まさかの逆ナンというやつかこれはまさか?
待て待てそんな都合のよいイベントがおきるはずないだろ。
では何だというのだ?
う~ん考えても分からん、そもそもクロエとは初見だぞ。
「で、俺に何の用なんだよ!?」
「おークロエ。連れてきたのか」
「これからナイフ投げの的になってもらいます」
「はぁ!? 聞いてないし! やらんやらんぞ俺は!」
何をサラッと笑顔で説明しているのか。
バカなんじゃないかこのクロエって女。
「そう言われてもお客さんのリクエストでな。ナイフ投げが見たいんだって」
「だったらお前ら2人の内どっちかが、的になりゃいいだろ!」
「てへへ。もうお客さんには、貴方が仕込みの協力者だって説明しちゃったよ」
「てへへじゃねえよ! バカなんじゃねえの!」
「クロエー。この人嫌がってないか?」
「そうだよ! 当たり前だろ!」
「そう言われてもなあ見てみな」
「おいおっさん! 早くしろよ!」
「いつまで待たせるんだ! さっさとしろよ!」
「曲芸師のくせにナイフぐらいでビビるなって!」
……ぬぐぅっ! なんか俺も仲間の一味みたいな扱いになっとる!?
なんで俺がこいつらに断罪されなきゃならんのだ!
好き放題いいやがって、全員一人ずつ鉄拳制裁してやろうかクソが!
どうやら群衆の中で、俺は2人のショータイムの時間を遅らせている戦犯らしい。
俺を睨めつけるような視線がまとわりついてくる。別に俺を睨んだだってやる気はねえぞ。
リアクション芸人じゃねえつーの俺は。
「クロエーどうするー? 中止にしたらまずい気するけど」
このフィンカはま常識人みたいだな。クロエと違って良心がありそうだ。
「このまま続行する! フィンカ魔法を」
「ほいきた。バインド」
ほえっ?
フィンカが何かを詠唱すると、俺は魔法のムチみたいなので縛られた。
か、身体がうっ動かん!
ふんぬぅううううん!
ダメだ力入れてもほどけないわ。
このフィンカもどっかのネジが外れてやがる。
諦めかけた俺の視線で、こっちに走ってくるユーリの姿が。
「ユーリたっけてくれー! こいつらシャレになってねえ!」
「おいおっちゃんが嫌がってろだろ、人権侵害だ!」
「フィンカー」
「ほい。きたバインド」
「うわっ!? なんだコレ解けないぞ!」
「だいじょうぶすぐ終わるから」
といいクロエは俺の真上にリンゴを置く。
そして20メートルくらい離れナイフを投げる予備動作をとる。
「何が大丈夫なんだよ! 当たったらどうするつもりだ!」
「私は当たっても痛くないから大丈夫!」
「てめー頭おかしいぞこの腐れビッチ!」
「だーれがビッチだって」
うっ……なんかクロエのやつが暗黒微笑してやがる。
「何やら騒がしいですね、どうしました主様?」
「おおっ。いいところに来たなチョコレー! この状況なんとかしてくれ」
いつものポジションにゴミの神の精霊序列第三位、超ダンボールのチョコレーが現れる。
「あのーなんでナイフを向けられてるんですか主様?」
「俺が聞きてえよ、ともかく何かいい策を……」
「私はちょっと、小用を思い出しましたので失礼します」
「おいー!?」
……逃げやがった! ほんっと使えねえなあのダンボール!
もうクビだ! クビ!
「じゃあいっくよー!」
妙に明るい声を上げながらクロエがナイフを投げる。
それは視界に垂直に飛んできて、恐怖のあまりに俺は目を閉じる。
ざしゅっという音の後に、ナイフの刺さったリンゴが俺の頭からポロリと地面へと落ちると一気に歓声が爆発した。
は……はあ……はあ……助かった。