銀貨のやりとり
さあ答えてみろ。
俺に向ける目の前のリンゴ泥棒の視線は、そう言っているように思えた。
しゃがんだまま、片手で頬杖。
そして口元を三日月のように歪ませている。
この女は、商品が売れない答えを知っているのだろう。
この女のペースに乗るのも癪だ。
俺にとってのいい客というのは、四の五の聞かず、サッと買ってサイフの中を金で満たしてくれる客だ。例え女の言う通り、何か原因があったとしても、ひやかしに付き合う気はない。
突き放すように俺は言った。
「盗品じゃあない」
「でも通りの人からはそう思える、そう見える」
アルフレンドの街では、完売するほどの売れ行きだった。
では、何故売れない? 違いといえば路上と街での販売ぐらいだが……。
「答えおしえよっか」
二ヒヒと小悪魔染みた笑いのあとに、女はガラスのビンを指差した。ガラスに原因があるのか? ますます理由が分からない、今は素直に女の言葉に耳を傾けておくか。
「まず単価が安すぎる。ガラスのビンやグラスは錬金術師や貴族達がよく購入するものだ、一市民じゃそう手が出ない」
「むぅ……安いのなら問題ないだろ」
「大アリさ。融解点の低い炉で作られた粗悪なガラスは不純物が混じる、だがこれにはない。おそらくドワーフの工房か、腕のいいラファエル工房辺りの高温炉でないと無理な代物さ」
そんな大層な代物じゃないんだがな。
この世界だと、やはりガラスは高価な代物らしい。
「それを路上で売っているんだ。貴族の下働きが辞める時に盗んできたか、金に困った錬金術師が所を追われて、夜露をしのぐ為に売ってるようにしか見えないのさ」
俺は声を荒げた。
「盗品でも何でもない、れっきとしたリサイクル品だ!」
「りさいくる?」
う~ん、リサイクルとかいう言葉は通じないか。
「あ、いや何でもない」
「加えてその異国の服だ。さらに路上の販売は闇市のようなものだからな、顔見知りの商人同士でしか普通は売買しないのさ」
……そうか、そういうことか。
俺の服装といいこの商品といい、身元不明の怪しい人間が、規制のない場所で盗品を売っている。通行人や商人達にはそう見えていたってことか。
……おいおいおい。
じゃあ詰んでるじゃないか。
市場での販売には許可がいる、許可はいらないが路上ではまともに売れない。
想像以上にマズい事態になっている。
商品が売れないのでは、収入源がまったく得られない。
またゴミ箱漁りのホームレス生活に逆戻りなんてことも……。
俺の負の思考を読み取ったのか、女はネコ撫で声のような明るい声を出す。
「そう深刻にならないでもいーよ。私がガラスを買い取ろう」
「……えっいいのか?」
「いーよ。私は売れるルート知ってるから。この額面以上の金で買おう。ビン1個あたりレジスト銀貨1枚でどうだ」
レジスト銀貨?
ミル銀貨以外の貨幣があるのか、ミル銀貨と比べて価値はどう違うのだろう。
ちょいとユーリに聞いてみるか。
「ちょって待っててな」
「ユーリ、ユーリ」
「んお?」
人が真面目な話してるってのに、ずっとチャーハン食ってたのか。
ほっぺに米粒をつけたユーリは、口にチャーハンを運ぶので忙しいようだ。
「レジスト銀貨って、ミル銀貨とどう違うんだ?」
「帝都ディアリーの銀貨だろ、このアナグラ王国じゃあんまり流通してないな。銀の含有量がミル銀貨よりも少し多いのが特徴で通貨基軸として……」
「そうか、ありがとよ!」
銀の含有量が多いってことは、同じ1枚でも、ミル銀貨よりお得ってことだろ。
下手に欲かいて交渉失敗しても、痛手にしかならない。
ここはこの女の条件を、素直に呑むとしよう。
どうせビンも仕入れタダだし。
「いいぜ。その条件で」
「ほい。世の中お金! 毎度アリ!」
……何だ、この女。
すげえ笑顔で、捨て台詞のような言葉を平然と吐きやがる。
ま、まあいーか。
手渡されたレジスト銀貨を見る。
ちょっと黒ずんでるけど、すべすべの表面。
女神を思わせる女性が、麦のような物を片手に持っている絵の銀貨だ。
これでレジスト銀貨12枚か。
もーけもーけ。
「じゃあ品物はもらってくよ」
「待ちな」
ユーリが立ち上がって、厳粛な声で女を呼びとめた。
「ちょっと銀貨見して」
「ん、どうしたユーリ?」
「……やっぱりか。一枚借りる」
ユーリは俺の問いには答えず、女のところへ向かって行く。
「これは偽レジスト銀貨だろ。表面がすべすべだ、本物は立体感があって凹凸がある。それにフチの線が粗い。偽レジスト銀貨の銀含有量は40%程度と言われている。ミル銀貨が80%、レジスト銀貨は純度が高い90%。良く他国から来た人間が新米の商人にふっかける手だ」
「何っ、じゃあこの銀貨全部偽物かよ!」
猜疑的な目をヨソに、女は悪びれもせず茶化すように笑う。
「あれれ、しまったー私としたことが間違えたか。えーとこっちかな、今度は本物のレジスト銀貨さ」
女は道化を演じるように、自分の頭を軽くポンとはたいてから銀貨を取り出した。
「どうだユーリ?」
「フチ、手触り、問題ない。確かに全部本物だぜ」
「ちゃんと渡したから商品はもらってくよ」
「ここが市場なら、1回目は渡した銀貨の数だけ指の骨を折られるものだ。2回目なら利き腕の切断を、まっここは市場じゃないからな」
「へーなかなか詳しいじゃん。私より年下のただの小娘だと思ったけど」
ユーリと女の互いの視線の間でバチバチと火花が散る。
そんな均衡を破るようにして聞こえてくる声。
「見つけたぞコソ泥の女!」
「やばっ! 見つかったか、じゃあねー」
女は布袋にビンを慌てて詰めてから、道から逸れた森の方へ入って行った。
足はやっ!
「ぜえ……ぜえ……ぜえ、逃げ足の早い女だ、くそっ」
50才ぐらいの男は額から汗を垂らし、地面に両手をついて息を切らしている。
逃げ足の早さに、女を追うのは諦めたようだ。
何があったのか聞いてみたことろ。
俺と同じようにレジスト銀貨を渡されたらしい。
もっとも本物ではあったのだが、フチを削り銀を少しいただいてしまうという寸法だ。
これをやられると銀貨の価値はほぼなくなり、鋳造する際に、再度潰して使うぐらいの用途しかなくなるという。
騙された方がバカをみる。
という身も蓋もない銀貨と後悔だけが残る。
それだけじゃなく、コソ泥的な野菜泥棒だの、サイフ泥棒だのスリ行為を働く小悪党らしいあの女。
『アンタらも気をつけな。女を見つけたら教えてくれ、礼はする』
と言い残し男は、海の見える街シオンベゼネの方へ帰って行った。
ともかく騙されなくて良かった。
手元に少し余裕ができたのは収穫だ。
やっぱり、手持ちの商品だけじゃなく仕入れもやった方がいいかな。
徒歩で移動は大変だし、やっぱり機動力のある馬が欲しいとこだ。
まずは金貯めて、馬を買うのが当面の目標だな。
それにしてもユーリのやつ。
詳しいな商業方面のことに関して。