命がけの交渉と決断
俺は今、ヘビに睨まれたカエルの気分を味わっている。
多分ヘビの数は300匹以上はいる、それらに囲まれているこの状況。
――どんな心境かというと。
キモい!
怖い!
グロい!
俺がいったい何をしたというんだ!?
歩いてる最中に、ヘビの尻尾でもふんづけたか!?
……そんな覚えはないぞ。
ん? あのターバンの爺さんが持っている笛。
ひょうたんみたいな形の笛だけど……この爺さんがヘビを操ってるとか?
思い出したかのように、少し前の記憶が蘇る。
そうか! ヨヨイを後から襲ってきたヘビは、この爺さんの仕業と考えられる!
攻撃的なヘビじゃないとヨヨイも言ってたし。
「お主ら、ここはワシ等に任せて退きなされ」
「た、助かる。おい立てるか?」
「ああ……なんとか」
「……ここは頼む」
ローブの3人組は、ヘビ使いの言葉にうなずき、ヨタヨタと逃げるようにこの場を去ろうとする。
「動かないで!」
ヨヨイは敵の無防備な背中に弓を向けた。
「エルフのお嬢ちゃん。それはこちらのセリフじゃ」
ヨヨイは的を、ヘビ使いの爺さんに移した。
「……貴方がヘビを操ってるようですね、ヘビを退かせてもらえませんか?」
「エルフのお嬢ちゃん。その弓をこのジジイに当てるのは造作もないことじゃろう、だが、お主の連れは確実に死ぬ。バイソンコブラ、この黒いヘビの毒はちと強烈でな、噛まれた者はまず痙攣を起こし、次に呼吸困難に陥る、最後に幻覚作用の毒で全身を掻き毟ってから死ぬ。体の中を虫が這いずるような感覚に陥るそうじゃ」
ヘビの使いの爺さんは、シワだらけの顔をさらに歪ませ薄気味悪く笑った。
……何がおかしいんだよクソッたれが!
俺は悪趣味なヘビの毒なんかで、死ぬ気は毛頭ないぞ!
70才ぐらいで美味い物の食い過ぎで、最後に縁側でくたばるのが俺の望みだからな!
どうする?
考えろ、この爺さんも傭兵だよな普通に考えて。
「おいチョコレー。あのヘビどもを追っ払うことはできないか?」
とりあえずこの頼りなさげな、ダンボールの精霊に頼る。
ニワトリを操ったようにヘビを退かせれば、この爺さんは無力といっても過言ではない。
「無理ですね」
このクソダンボール!
即答しやがった!
「あのヘビ達は完全に主従関係で動いています。それにヘビには言葉が通じません」
チョコレーのやつ、全然使えぇええねえー!
「可愛いエルフのお嬢さん。ちょっとは俺のことも気にかけてほしいねぇ」
ヘビ使いの爺さんの隣にいた、長いアゴヒゲを生やした剣士風の男。
そいつがマントの裏からクロスボウを出し、ヨヨイに向ける。
観劇の中の人物みたいに、余裕しゃくしゃくと言った感じでヨヨイに向けて男は言う。
やばい! やばい! さらにやばい!
これでヨヨイは爺さんだけでなく、この余裕ぶったアゴヒゲ剣士も相手にしなくちゃならない。
「クロスボウは一定の方向にしか飛ばない、私に貴方の弓は届かないわ」
「そうかい。俺もね可愛いお嬢さんの身体に風穴を空ける趣味はないんだ、じゃあこっちにするか」
と言い俺の方へクロスボウが向けられる。
ぬあーぁああああ!?
俺の死亡フラグがもう1個増えやがった!
俺はクロスボウと、ヘビどもの的にかけられる。
ヘビ使いの爺さんは、ヨヨイの弓で狙われている。
お互い身動きとれず。
どちらかが動けば爺さんか、俺がきっと死ぬ。
そんな緊張をはらんだ状態は台風の目みたいに、この場にとどまっている。
……どうする!?
ヘビにさっきスキルで出した、爆竹でもブン投げてビビらせるか?
爺さんなら音に驚いて、心臓麻痺でくたばってくれるかもしれん。
だが、ヘビが驚いてかみついてくる可能性もあるかもしれん……。
……不確定要素が多いな。
「ヒョッヒョヒョッヒョッ。ワシ等はお主らを傷つける気はないんじゃ、だから、ちーっとばかり黙ってついて来てくれんかのう? 依頼主もそう言っておってな」
さっきの奴等は、口滑らせて傭兵だとか言ってたな。
この爺さん達も同じく傭兵と考えるべきだな。
……動機はシンプルに金か。
――だったら。
俺は腰布に下げた袋を2つ取る。
それを頭の高さから地面に落とす。
ドチャリと音がした。
これに硬貨が入ってることは、この場にいればバカでも理解できる。
ヘビ使いの爺さんは目を丸くした。
アゴヒゲ剣士は怪訝そうな表情をした。
「見てのとおりだ。この袋にはたっぷりと金が入っている、これを手に俺達を見逃す……ってのはどうだ? これはケッペル商会との交易で儲けたものだ」
袋の膨らみは、ほとんど銅貨で、小さい方は銀貨がわずか。
そこは、交渉に不利になるので言う必要はない。
街で名前聞いただけだし、ケッペル商会とやらと取引はまっーたくない!
そして素姓も知らない商会だが繋がりがあるぞ! と思わせて交渉を有利に進ませる材料にする。
「ほほう。なかなか面白い提案だ、だがお前さんをこのまま縛りつけて金をいただく方が、俺達の晩飯が少し豪華になる、その方が良さそうだ」
そうくるかい。
アゴヒゲ剣士、なら!
「残念だが、それは無理だな」
俺は硬貨の袋を拾い上げる。
「アウト!」
「ヒョッ!?」
「袋が消えた……だと」
「そう袋は消えた。俺が能力で出さない限り、アンタ達は俺の腹を裂こうが、逆さに振ろうが金は絶対に出てこない」
「さあどうする? お互い痛い思いをするか? それとも無傷で帰って豪華な晩飯を選ぶのかアンタ達次第だ、それに俺にはまだ隠してる能力があるぜ」
ここで一つハッタリを入れておく。
全然ッ戦闘用のスキルじゃないけどな。
ヘビ使いの爺さんと、アゴヒゲ剣士がお互いに顔を見合わせる。
アゴヒゲ剣士が口元に笑みを浮かべ、俺に真っ直ぐ向けていたクロスボウを下ろした。
続けて爺さんが笛をブオォーて吹いて、ヘビが一斉に離散していった。
「交渉成立だな。ヨヨイ」
ヨヨイの方へ顔を向けると、安堵した顔で弓を下ろした。
そして、シュタッと木の上からヨヨイが降りてくる。
「ケッペル商会とも繋がりがあるんじゃ、ワシ等も手を出しずらいでな」
「まあ得体の知らぬ魔法使いと弓の達人。美味いメシを選んだ方が利口だろう」
「ポケット、ダスト!」
俺は金の入った袋を出し、地面に2つ落とした。
「約束はちゃんと守ってもらうぞ」
「ヒョッヒョヒョッ、もちろん守るぞい。金はワシ等にとっては神そのもの」
「エルフのお嬢ちゃん、今度一緒に美味いディナーでもどうだい?」
「えっ……その、あの……知らない人とご飯とか恥ずかしいし……その、お断りしまぁああーす!」
ヨヨイは顔を真っ赤にして、ピョンピョン跳ねて行った。
いつものヨヨイである。
「ヒョッヒョヒョッ! 振られたようじゃのう」
「チッ……残念だ。弓より命中率は高い自信あったが、外したかい」
このアゴヒゲっ……何いい年こいてナンパしてやがる。
見たとこ俺より少し下とかの年だろ。
けっこう渋い感じのイケメン面なのが、また気にくわん。
「じゃあな」
「待ちなされ。お主名前は?」
「アツトだ」
「ワシはヘビ使いのゴンザ」
「俺は解体跳躍のラムダ」
「縁があったらまた会おうぞ。その時は今回の分含めてじゃ、格安で仕事を引き受けるぞい」
「俺は二度と会わないことを願うぜ」
「……ふぅー」
盛大に安堵のため息。
なんとか絶対絶命の死亡フラグを抜け出した。
「主様、機転の利いた素晴らしい交渉術。お見事でした」
俺の肩の上のチョコレーが、拍手するように手を叩く。
「だいぶヒヤヒヤしたぜ。てかチョコレー、もうちっと戦闘とか出来る精霊連れてきてくれない?」
「そ……それは私はクビということですか。あんまりです。このまま、おめおめと帰っては主神マヨラー様にスクラップにされることでしょう!」
ポロポロと涙を出しながら、泣き出すダンボールの精霊。
めんどくせえなあー、何で俺がダンボールの自称精霊に気を使わなきゃいけないんだか。
「分かった、分かったから泣くなよ!」
「では、引き続き主様のナビゲーターとして仕えていいのですね」
「そうだな」
棒読みで返す。
「アツトさーん」
前の方からヨヨイが、ジャンプしながら飛んでくる。
「さっきは助かりました。私口下手ですし、弓以外での解決法を知りませんから、その……すごく格好よかったです!」
と頬をほころばせ言うヨヨイ。
100万ドルの笑顔て感じ、やっぱり美人だ。
「ギリギリだったよ俺も。口からでまかせ連発だったしな」
「そういえば……彼等はいったい誰の依頼なんでしょう」
「心当たりはある」
「えっ?」
ドフォール商会だ。
確か奴等は、傭兵も雇っているとユーリが言っていた。
恐らくだが、俺の能力を使った商売が邪魔てことか……。
このまま俺が孤児院にいたら、迷惑がかかる可能性もあるしな。
行き倒れをのオッサンを助ける行為なんて、一文の得にもなりゃしねえ。
そんな得にならないことをするなんて、現代じゃ考えられなかった。
だからこそ、見返りも考えず徳を積むような行為をしてくれた、イレアさんには感謝してる。
やれやれ。
居心地良かったんだけどな孤児院。
街を出なきゃいけないか……。
まあ、もう少しだけ。
そうだなあと2日だ、あと2日で色々準備して、この街を出るとしよう。
「今日はイレアさんに調理してもらってイノシシ鍋にしましょう。アツトさん」
「おう。そいつは楽しみだな」
俺は出来る限りの笑顔を作って返した。
当初は爆竹を投げて無双する展開でした
相手が凄腕の傭兵という設定で、爆竹無双はちとないなと思い
整合性をとったらこのような結果に
次回は商業パート
もう少しで第一部終了です