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エルフ妻の敵討ち  作者: 黒色粉末
4/9

出立



 勇者に神々の加護ぞある。

 正に月並みな台詞ではあるが、リヴェレを勇者たらしめる加護は正に人知を超えた神の御業だった。


 精霊神ジュナスはその御名を剣に封じリヴェレに託した。

 豊穣神アーカラはジュナスの命に従い魔の力を跳ね返す鎧を。

 幽世の名も無き神は竜のブレスを遮る宝石を。

 エルフの守護神ミスなどは、全ての偽りを暴く己が右目を抉り出し、リヴェレに与えた。


 リヴェレは激戦に身を投じ、魔王軍の名だたる十二将の内八将と、魔王を討ち取ったのである。



 そして当然、リヴェレの過酷な旅に付き従える者は限られていた。



 はぐれ大魔道、アルネッタ。

 カルダンの聖騎士、ヨハンナ、同じく、アルベルト。

 カッシルの剣士、フェン。

 サングリウス・マウンテンのドワーフ、バシカル。

 来歴不明のアサシン、シャドウ。

 精霊神ジュナスの神官、ミシェル。

 天帝山大殿堂神殿騎士、ニコール。

 亡国の王弟、ロジャー。


 各々が武技、或いは魔術に秀でた偉才。

 その内今でもリヴェレに付き従うのはアルネッタ、フェン、ミシェル、ニコールの四名。

 他の者は戦死、或いは行方不明のまま生存は絶望視され、そうでなければ傷を負って戦えなくなった。

 彼等だけでなく、多くの戦士達が死んだ。違うのは人々の記憶に名が残らぬと言う事だけ。



 「……また世話になる」

 「フェン、世話になっているのは俺の方さ」


 ゲストハウスの応接間で二人は固い握手を交わした。


 フェンは犬の耳と尾を持つカッシルの剣士。人の治める地では迫害の対象となる事もある。彼は常にフードを目深に被っていた。

 カッシルは獣人が治める土地だ。エルフの住まうカルナック大森林よりも更に南にある。


 彼等が迫害される理由は幾つかあるが、最も大きな物は『獣人の本質が魔族に近い』と言う事だ。いつ魔王軍に寝返っても可笑しくないと思われている。

 事実魔王軍十二将が一、白き虎シュライクはカッシルの出身だ。目を背ける事の出来ない前例だった。


 「カッシルは人間との同盟を破棄したと聞いたが」

 「あぁ」

 「だがフェンは此処にいる」

 「知るかよ。俺の戦いに老いぼれた臆病者どもの指図など必要ない」


 フェンはカッシルの長老達の意向など何とも思っていない。こういう反骨心がカッシルの獣人達の特徴だ。

 彼らは阿らず、同時に他人の事情に斟酌しない。怒りも嘆きもどうでも良い。彼らを動かすのは彼ら自身の強い意志だけだ。


 「お前には借りがある。それを返すか、俺が死ぬまで、お前と共にいる」


 牙を剥き出しにして唸るフェン。普段皮肉気で酷薄な態度を崩さない彼の、珍しい決意表明だ。


 「お退きなさい、フェン! お前の尻尾が邪魔でリヴェレ殿にご挨拶出来ないでしょう!」


 神官ミシェルが鉄状でフェンの尻尾をはたいた。フェンは実に鬱陶し気な視線を向けたかと思うと、壁に背を預けて後は知らんぷりする。


 「まずは椅子に失礼します。長々と歩き詰めで疲れましたので」

 「ミシェル、元気そうで安心した。また会えて嬉しい」


 南部人にしては珍しい銀髪の少女ミシェルはパッと目を輝かせた。

 今年やっと十五歳になった彼女は精霊神ジュナスの信徒達の秘蔵っ子。

 ジュナスの神秘の業と学問ばかりを詰め込まれて育ったミシェルは、歳の割に発育が悪く、一般常識に欠けている。人と人の心の距離を測る事も不得手だ。


 だが戦う勇気と勇者への献身の心は他人の二倍も三倍も持っていた。


 「話したい事は沢山あります。でも、私達には余り時間が無いのです」

 「知ってるさ、何せ俺は名指しで「殺してやる」と言われてるんだから」

 「エルフでありながら魔族に墜ちた堕落の象徴! エルフの大淫婦め、リヴェレ様のお命を狙うとは許せません!」

 「許せない、か」


 リヴェレはどこかばつが悪そうに焦げ茶のくせっ毛をガシガシと撫でた。


 「きっと魔王シエラベルタもそう思ってる。誰だってそうさ、家族を殺されたら復讐したくなる」

 「それは……でも、魔王カイラルは人間を滅ぼそうとしていたのに、それでリヴェレ様に倒されたからって……やっぱり悪いのは向こうではないですか」


 理屈が通りません、と自信無さげに言うミシェル。


 優しい子だな、とリヴェレは思った。

 ただジュナスの教義のみを判断基準に生きていればこのような苦悩を抱える事は無いだろう。人々を守護し、魔を滅ぼす。それだけを疑わずに生きていれば。


 以前は正にそれを実行できる信仰の体現のような少女だった。彼女も旅を経て少しずつ変わっていた。


 「もう理屈じゃない」

 「……どうされたのですか? 突然そのような事を仰るなんて」

 「いや、俺も腹が決まったってだけだ」

 「よく分かりませんが、私との語らいが少しでもリヴェレ様の癒しになりましたか?」


 あぁ、とっても。リヴェレはにっこり笑って親指を立てる。

 ミシェルもぱ、と花咲くように微笑んで親指を立てた。

 二人は互いの親指の腹を合わせる。リヴェレのごつごつした傷だらけの手と、ミシェルの小さくて柔らかな手が触れ合う。


 二人だけのハンドサインだ。ミシェルがリヴェレに同道した一年半、その間に培われた信頼の証だった。


 「兄弟の如く仲睦まじく、微笑ましいな、勇者殿」


 顎を撫で擦りながらお茶目にウィンクして見せるニコール。


 「はは、昔は弟か妹が欲しかったんだ」

 「ではこの戦いを切り抜けてミシェル殿を持って帰るが宜しかろう」

 「ニコール! 私を物のように言うのは止めなさい。えぇ止めなさい」


 深緑の法衣の内側に黒い甲冑で武装した神殿騎士。

 守護するは天を衝きそびえる天帝山が山頂にある神の殿堂。

 古の英雄達の偉業と神の試練。そしてそれらの名残が納められている世界的神殿である。


 ニコールはその天帝の殿堂を守護する神殿騎士達の筆頭だった。


 「五年前から変わらないな。ニコールはいつも苦しい時にひょっこり現れて、手を貸してくれる」

 「それが我が使命」


 色気ある一礼。

 ニコールは普段俗世と隔てられた高き山の上に住んでいるのだが、その姿や立ち振る舞いにはダンディズムが溢れる。


 隙無く切り揃えられた黒髪と髭。不潔な部分は一切ない。

 常に余裕を持ち優雅であり、背筋は伸び、胸を張っている。それでいて言葉を発するときは穏やかだ。


 「勇者殿はいい加減、女性の労わり方も学ぶべきだろうな」


 そんな男だから世の熟れた婦人方の注目の的であるのだが、彼は決してワインのテイスティングや女性を口説く技で神殿騎士筆頭となったのではない。


 大柄な体躯から繰り出される剣閃は苛烈で速い。剣のみならず並みの魔術士よりも魔術に精通し、それを実戦で使いこなす。

 また様々な言語を習得した教養の人でもある。精霊族との交渉などはお手の物だ。


 リヴェレの師と呼べる男だった。戦い生き延びる術を、全てこの男から学んだ。

 付き合いはアルネッタよりも長い。リヴェレが精霊神ジュナスから神託を受けた日、ニコールは天帝より下された使命を帯びてリヴェレの元を訪れた。


 戦いに備える為に。


 「アルネッタ嬢は?」

 「まだ寝てる」


 ニコールはフェンと顔を見合わせた。ははーん、としたり顔。


 「昨夜は随分とお楽しみだったようで」


 リヴェレは一泊置いて言われた事を理解したのか笑顔を引き攣らせた。

 頬があっという間に熱くなり、ジワリと朱が刺す。


 勇者リヴェレに変な虫が付いては堪らぬ、と言う事でこれまでジュナスの信徒達は目を光らせて来た。

 この勇者殿は女の肌に触れた経験が少なすぎるな。体力に任せてアルネッタ嬢に無理をさせ過ぎたのだろう。


 「酷い事はしておらんでしょうな?」

 「いや、それは」

 「ニコール? どういう意味です? リヴェレ様がアルネッタに酷い事をするとは思えません」


 横やりを入れるミシェル。フェンはくっくっくと含み笑いしている。

 この少女もこれはこれで問題だ。箱入り娘とは言え限度がある。


 ふと自分の目的を思い出した。このような話をしに来たのではないが、ついつい。

 ニコールは浮かべていた笑みを渋い物へと変えた。世界の危機を前にして、なんと軽薄で楽しい問題だろうか。


 「――いい加減止めにしたい物ですな、魔族どもとの戦いは。

  奴らを殺す為の策を練るより、若者たちをからかう方がよほど楽しい」

 「ニコール、思考を飛ばすのは止めなさい。えぇ止めなさい。

  私は何が何だか良く分からなくてむずむずします」

 「ははは、そういう所が可愛らしくて、楽しいのです、ミシェル殿」


 リヴェレは参ったなと頬を掻く。ニコールを相手にするといつも手玉に取られてしまう。


 でもそれが不愉快かと言われたら決してそうではない。


 長く苦しい旅も、彼らが共に居たから乗り越える事が出来た。



――



 一度は返上した神剣と武具を再び与えられ、勇者は旅立つ。


 同時にウェリキス・バーチは軍を発した。塩と灰の砂漠に展開する魔王軍と一戦交える為だ。


 リヴェレのやる事は変わらない。

 魔王を討つ。それだけだ。そうなると成程、勇者と言う存在は、大淫婦シエラベルタの言う通り“下賤な刺客”と何も変わらない。


 リヴェレは馬鹿々々しくなって笑った。勇者なんてさっさと止めてやると心に誓った。


 「風が強い。勇者殿、瘴気にやられるな」


 先導するニコールが馬首を返しながら言う。

 一行は騎乗する馬にそれぞれ薬草を染み込ませた麻布を噛ませる。


 吹き付ける灰、塩、砂、そして瘴気。精霊神ジュナスの加護を受ける光の民にとって致命的な毒になり得る。


 「幽世の神よ」


 リヴェレは青い宝石を握り締めた。周囲を渦巻く淀んだ霧がリヴェレ達の周囲から退けられる。


 彼らは、何もかもが枯れ果てた荒野を、寄り添いながら馬を進めた。




 「見えたぞ、健気に身を寄せ合う卑小な鼠どもが!」




 天空で何かが鳴いた。その遠雷の如き声を聞きとったのはフェンである。


 フェンは喉の奥を震わせて天を睨む。


 「……飛竜だ! 剣を抜け!」


 大咢が瘴気の壁を引き裂きながら現れた。

 薄汚れた黄色い鱗を持つ竜。前足と翼が一体化した翼竜とも呼ばれる種だ。


 既に何か得物を仕留めた後なのか、その大咢には血が滴っている。


 それがリヴェレを狙う。リヴェレはむん、と唸って馬上で身を捩った。


 「アルネッタ! ミシェルを後ろへ!」


 何とか手綱を取りながら身をかわす。馬が怯えて棹立ちになるのを御し、再び瘴気渦巻く空を旋回する飛竜を睨んだ。


 「ジュナスの勇者よ、待っていたぞ!」


 ごろごろと落雷にも似た声。飛竜の背に乗るのは誰か。

 フェンが怒鳴る。


 「お前が高い所が好きな馬鹿か煙で無いのなら、降りてきて俺と戦え!」

 「その挑発、受けよう!」


 飛竜の背を蹴って大地に降り立つ白い毛並み。

 屈強優美な肉体。盛り上がった背の肉は、長大なハルバードを片手で平然と振り回す。


 魔王軍十二将が一、白き虎シュライク。

 魔王軍残党中恐らくは最も強き者。


 「馬を降りるまで待ってやる。地に足着かずば戦い難かろう」

 「ほぉ、カッシル人らしい奢った態度だ。親近感を覚えるな」


 にやにや嬉しそうに笑うのは矢張りフェンだ。彼は軽やかに馬から飛び降り、シュライクの前で剣を構えた。

 後に続くリヴェレ達。シュライクは鼻を鳴らす。


 「犬人か。犬では俺に勝てぬ」

 「牙を見せて怖そうな顔をしてみれば、俺がビビると思ったのか?」

 「ならば首を捩じ切られてから後悔するが良い」


 じろりと睨み合う。


 「勇者とそれに従う戦士ども! 今こそ貴様らの思い上がりを正してくれる!

  我は魔王軍十二将が一、シュライク! 勇ある者は俺に挑め!」


 咆える虎人。その裂帛の気勢に、リヴェレ達の肌が泡立った。


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