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「はぁ、はぁ」
それでもまだ光を保っている棒を持ち上げてモンスターの全体像を確認すると、尻尾を含む全長が1メートル弱の大きなヤモリだった。光っていたのは尻尾の先端の部分だ。
――チョウチンヤモリだ。初めて見た……。
チョウチンヤモリというのはダンジョンの深層に出没するという有名なモンスターだ。今時の現代っ子はモンスターの名前なんてほとんど知らないけれど、チョウチンヤモリはその特徴的な提灯のおかげで極めてポピュラーだ。
もっとも、名前と特徴は知られていても本物を見たことのあるものは極めて少ない。何せ、生息地のダンジョンの深部は一生の間に訪れることが一度もない方が普通なのだから。
――ねぇ、すごくない?
反射的にKYに話しかけて、KYがさっき食いちぎられたことを思い起こして愕然とした。KYの頭の付け根あたりを見ると、もう傷口は塞がっていたが触手自体は根元からなくなっていた。
ヤモリの口の中に頭が残っていたら接合で復活させられるかもと思い、口を開いて中を探すものの見当たらない。お腹の中なら切り裂かないと取り出せないが、ヤモリの体表は鱗で覆われていて切り裂くような道具はなく引きちぎるほどの力もない。
「ちょ、あんた、こんなタイミングで死ぬなんて、もうちょっと空気読んでよ。こんなところで一人にされてどうしろって言うのよっ」
私はKYが返事をしないかとヤモリのお腹を何度も叩いて声を上げたが、返事が返ってくることはなかった。
嘘! 本当にこんなところで私一人なの?
そう思うと、今まで何でもなく感じていた暗闇が、急に暴力的な存在感を持って私を押しつぶしにかかって来ているような錯覚がしてそこから意識を引きはがせなくなり、余計に暗闇に恐怖を感じるという悪循環に陥ってしまった。
――ちょ、何とか言ってよ。ねえ、KY。……、KYっ。
――KYじゃないし!
不意に頭の中に響いた声に思わず振り返ったが、そこには誰もいなかった。
――も、もしかして、KYの幽霊?
――どこが幽霊なのさっ!
確かに頭に声は響くが姿は見えない。千切れた頭部がヤモリの中で生きているんだろうかとヤモリのお腹を叩いてみるが反応はなかった。
――そんなとこにいないよ。こっち。ここ。下だってば。
――下?
足元を見てみるがやはり何かがいる様子もない。
――じゃなくて。首。首。
言われてアッと思い出してKYの千切れた首の付け根を見ると、小さな目が1つ付け根のところに再生していた。そういえば、コウガイビルという生き物は驚異的な再生能力が特徴の生き物だったっけ。
――よかったぁ。
――いやー、びっくりびっくり。まさか食べられるなんて思っても見なかったよ。
頭を食いちぎられても復活できるってどれだけタフなんだ、この体は。不本意だけどスペックは人間だった時よりはるかに上なんじゃないかと思う。少なくとも回復能力は。
それにしても、KYが死んだと思った時は本当にどうしようかと思った。言うと付け上がるから絶対に言わないけど。
――それ、元に戻るのかな?
――うーん。時間が経てば戻りそうだけど、栄養があれば早く復活するかもね。お腹空いた。
――よくこんな時に食事の話ができるね!
とはいえ、確かにお腹が空いているし、栄養があればKYの頭触手が復活するのも早くなるかもしれない。というより、どっちにしても栄養がないと死んじゃう。
――あー、ハンバーグが食べたい。
――そういうこと言わないで。余計お腹が空くから!!
――カレーライス。スパゲッティ。
――やーめーてーーー。
――あっ。
――何っ!?
――このヤモリ食べられるんじゃない?
――え゛?
ヤモリを……、食べる……?
ヤモリの丸焼きが薬になるとかなんとかという話は聞いたことがあるけど、こんなもの食べられるの? きもっ。