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そうして、また私は暗闇の中を歩き始めた。月明かりはおろか星1つ蛍1匹分の光すらない完全な暗闇だ。そんな中、腕触手のピット器官でモンスターの襲撃を警戒しながら、クラゲの触手で周囲の障害物を確認しながら、少しずつ少しずつ歩みを進めた。
探すのは上へと続く道だ。
歩みは遅かったが、ピット器官のおかげで精神的にはずいぶん楽になった。全く、こんなことになるまで見えないというのがこれほど心理的な圧迫に感じるなんて思ってもみなかった。
うれしい誤算は、クラゲの触手は思った以上に有能だったということだ。最大で半径十数メートルの範囲内に数十から百本ほどの触手を展開することができ、周囲の地形を触って確認するだけでなく、刺胞から射出する毒針で敵を麻痺させて窒息死させることができた。
そして、これにピット器官による敵探知とクラゲの触手による攻撃を組み合わせると、先制攻撃を受ける前にこちらからモンスターを無力化することが可能なのだ。
これはひょっとするともしかして……、
――私ってば無敵じゃない?
――油断大敵。
――……。ねえ、あんた、友達からKYって言われたことない?
――空気読みすぎて怖いって言われたよ。
――嘘をつけ。
KYは私の一部なんだから、私がそんなことを言われたことがないことくらい知っている。いい加減なことを言ったって分かるのだ。
とまれ、そんな軽口の掛け合いができるほど、不本意ながら私は今の環境に馴染んできていた。
――あ、あれ、何かな?
――どれ?
――あれ、あっち。
KYが言うものを腕触手で探していると、別の腕触手に頭触手が捕まれてぐるりと顔の向きを変えられた。すると、向こうの方にぼんやりとした明かりがあることに気が付いた。
ちなみに、腕触手にはピット器官はあるが、目は退化していて光を見るには頭触手でないと見えない。本物のコウガイビルの目はこんなに見えないと思うけれど、腕触手のピット器官同様何か別の理屈でこうなっているんだろう。
――光だ。
――うん。
――光ってる。
光を見たのは何十時間ぶりだろうか? あまりに驚いたため、感動して涙が出そうになった。涙腺はないけれど。
――近くへ行ってみよう。
――そうだね。
――もしかしたら出口につながってるかもしれない。
――可能性はあるね。
私とKYは珍しく意見が一致して、光の下へと近づいて行った。いつもなら周囲への警戒を怠らないけれど、今回は2人とも光に夢中で周囲に全く気が向いていなかった。
近づくと光は徐々に強くなった。と言ってもせいぜい豆電球程度の光だったけれど、暗闇になれた触手の目には周囲の様子をぼんやりと把握するには十分な程の光だった。残念ながら出口ではなさそうだけれども、物珍しさに興味は尽きなかった。
――これ、何だろ。
――さあ。
――どういう仕組み何だろう?
――分からない。
KYは特に興味津々なのか、身を乗り出すようにして光に顔を近づけていった。
明かりは地面から突き出した棒状のものの先端にあった。少し平たく広がった縁の部分を中心に、膨らんでいる先端部全体が発光しているようだ。一体何のためのものなのか、皆目見当がつかなかった。
――ねえ……。
何気なく話しかけようとした瞬間、突然目の前からKYが掻き消えた。
と同時に、KYの宿っていた頭触手で見えていた映像が一切知覚できなくなった。
「っ、ぎゃぁぁぁぁっ」
一瞬遅れて鋭い痛みが首の付け根あたりから伝わってきて、相方の頭触手が千切れてなくなったことを理解した。
KYの頭は地面に食いちぎられたのだ。
反射的に腕触手のピット器官を光のあった地面に向けると、大きな生体反応が確認できた。こんな大きなモンスターを見落としていたなんて!
私はありったけのクラゲ触手を繰り出して生体反応のある地面にこれでもかと叩き込んだ。地面に擬態していたモンスターは毒のショックで痙攣を繰り返し、すぐに動かなくなった。地面から突き出していた光の棒も力を失って地面に倒れてしまった。