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……。
…………。
――私! ねえ、私!
私は「お迎え」とやらが来るのを今か今かと待っていたが、どうやらあの世すらこんな異形の触手の受け入れは拒否しているらしい。
――起きろー!!
閉じ込められた鉄格子の檻の頑丈さが幸いしたのか、あるいは私の触手の体の耐久性が高かったのか、とにかく私は生きているようだった。
――早く起きないといたずらしちゃうよー。ほれほれー……。げふぅっ
勝手に腕触手を使ってよからぬことをしようとしていたKYを張り飛ばした。それで少し体を起こした私は、確認するように周りを見回したが暗くて全く何も見えなかった。
――ひどいよ、私。いきなり殴るなんて。
――こんな状況でよくふざけてられるね。
――こんな状況でいつまでも呆けてるからでしょうが。
――こんな状況なのにあんたは平気なのっ!?
――こんな状況だから協力しないといけないんじゃない。
――うっ。
KYの言うことは確かに一理あると思った。KYのくせにちょっと悔しいけれど認めざるをえない。どうせ悪乗りを屁理屈で誤魔化しているだけだろうけど。
――じゃあ、どうしようって言うの?
――とりあえず、檻の外に出よう。ちょうどこの辺が衝撃で曲がって出られそうになってるから。
KYが触手の先で指したあたりを触ってみると、確かに鉄格子が曲がって隙間が大きく開いていた。ここからなら出られそうだ。
真っ暗で何も見えない中進むのは心許ないので、腕触手だけでなく腹からクラゲの触手も伸ばして使って周囲を触覚で確認しながら、ゆっくりゆっくりと這い出してみた。
檻の外に出て見れば少しは明かりがあるかと期待したものの、上方に穴の入り口の光すら見ることはできなかった。これほど暗いと一体どれほど深くまで落ちたのか見当もつかない。
――これじゃ死んだ方がましだったかも。何が希望を聞くよ。もともと選択肢にもなってないじゃない。
――あきらめるのはまだ早いよっ。
KYは妙に前向きだけど、私のメンタルはそんなに強くないよ。
とは思うものの、だからといってうるさいKYと戦ってまでじっと動かず餓死する気にはなれないので、仕方なくKYに引きずられるようにして外の探索をすることにした。
――それで、これからどうするの?
――とりあえず、さまよう。
――は?
――何せ、右も左も分からないからね。
――あんだけ偉そうに言っておいてノープランなの!?
どっちみちこれじゃ遅かれ早かれ死ぬだけだよ。そんなことならじっと動かないで餓死する方がましだよ。暗くて怖いのに動きたくなんてないよ。
そんなことを思った時、不意に背筋が凍るような悪寒がした。
――私、伏せるよ!
――わっ。
KYは私の体を伏せて背中の殻を伸ばして身を包んだ。殻を伸ばす時、セーラー服の背中が少し引っ張られて破れたが、そんなことに気を取られる間もなく直後に背中に衝撃が襲った。
ガギッ、グジュ、ゴリッ
殻の上から何かが噛り付いてくるような気持ちの悪い音がした。背中の殻はカタツムリのような質感のわりに頑丈なようで、気持ちの悪い音以外のものを通すことはなかったが、全く生きた心地がしなかった。
――な、何、一体?
――分からない。でも囲まれてる。
――囲まれてる?
背中の殻の頑丈さは想像以上で、殻の中に閉じこもっている限りは安全なようだった。なので、少しだけ気持ちを落ち着けて今の状況を確認する余裕ができた。
確かに、真っ暗な中どうして感じられるのか分からないが、KYの言うように殻にかじりついているもの以外にも少し離れたところからこちらを窺っている何かがいくつもいるような気がした。というか、確かに何かいる。
と、外ばかりに意識が向いているところで不意に足に激痛が走った。ヒルのような足触手が殻から少しはみ出していたところを噛みつかれたのだ。
「ぎやぁぁっ」
あまりの痛さに思わず悲鳴を上げて、慌てて足触手を引っ込めたが端のほうを少し食いちぎられてしまった。
「ぎゅぇぇっ」
しかし、次に悲鳴を上げたのは食いついたモンスターのほうだった。それは短く悲鳴を上げるとパッと跳ねるように退いた。