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さらに1時間くらいして迎えの人が来た。先生が来るのかと思っていたけれど、知らない人が4人くらいで来て、人目につかないようにとシーツを掛けて車に乗せてくれた。そして、学校に着いた後もシーツをかぶったまま校長室まで連れていかれた。
「……、宇治葉子さんですね?」
「はい」
校長先生はシーツから顔を出した私を見て明らかに目を背けたが、口調だけは穏やかに私の名前を確認した。
――やな感じ。
――しーっ。
「あの、私はこれからどうすればいいんでしょう?」
「君は突発性触手という病気に感染しています」
「突発性触手?」
私は初めて聞く不思議な病名に思わず聞き返した。ただ、少なくとも病名がついているということは既知の病気であって、きっと治療法があるに違いないと思った。けれど、その希望は次の言葉であえなく潰えたのだった。
「感染すると突然触手になって発狂する病気です。感染者の体組織、体液などの感染源の摂取、濃接触または長期にわたる接触で感染する危険があり、治療法はありません」
「え?」
「その危険性を鑑みて、殺処分の上焼却か、ダンジョンの縦穴への投棄が法律で義務付けられています」
「……」
「宇治さんは物分かりがよさそうですから、希望を受け付けましょう。ダンジョンへの投棄をお薦めしますが、殺処分を選択しますか?」
校長先生がそう言うと同時に、ガラガラという音とともに目の前で鉄格子の扉が閉められた。
――くそっ。
KYが腕触手を鞭のようにして鉄格子を叩くが、太い鉄棒の格子はちょっと叩いたくらいではびくともしない。
ここに至って初めて、私は初めから鉄の檻に乗せられて来ていたことに気が付いた。シーツを被せていたのは人目を避けるためではなく檻に気づかれないようにするためだったのだ。
「一体これはどういうことですかっ!?」
「今説明したでしょう。あなたは触手のモンスターになってしまったから処分されるんです。先ほど言った通りおとなしくしていれば処分方法の希望は聞いてあげましょう」
「そんな勝手なことが通るとでも……」
KYが何か校長先生と口論になっているようだけれど、私の耳には全く入って来なかった。来るわけがなかった。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」
私は半狂乱になって檻の中で暴れまわった。こんなことって、こんなことがあっていいはずがない。私は何も悪いことなんてしていない!!
――ちょ、私、落ち着きなさいって。
でも、どれだけ暴れまわっても太い鉄格子はゆがめることも傷つけることもできなかった。ただ、叩きつけた腕触手の方に傷が増えていくだけだった。
私を連れてきた人たちは中で暴れる私を無視して檻を引いて校長室から外に連れ出した。そして、そのまま校舎の外へと引っ張っていった。
外には生徒たちが集まっていて、遠巻きに檻に入った私の姿を見ていた。
「気持ち悪い」
「化け物が」
「不潔」
「死ねばいいのに」
「なんであんなのが学校にいるの?」
「怖い」
「いい様だ」
「出ていけ!」
昨日まで仲間だった先生や学友から考え付く限りの罵詈雑言を投げかけられ、さらにものまで投げつけられて、私は心で涙した。そして喚いて暴れまくった。でも、暴れれば暴れるほど、周囲の視線は敵意に満ちたものになった。
――いい加減にしなさいって。もうっ。落ち着けっ!!
KYが腕触手の1つを動かして私の頭を張り飛ばした。
――そんな風に暴れたら余計に立場が悪くなるでしょうが。見た目が触手になって脳みそまで触手になったの?
頭を殴られてもなおKYの言葉は頭に入ってこなかったが、その一瞬目の中に飛び込んできた光景は私を正気に戻すには十分だった。
「吉子、現寺くん! 助けてっ!!」
人混みの中にあったのは親友と恋人の顔だった。それを見たとき、私はまさに地獄に仏を見た気分だった。
「現寺くん、怖い」
「この化け物が。吉子ちゃん、僕の後ろに隠れてな」
その後のことは頭が真っ白になってほとんど覚えていない。ただ、2人の表情と言葉だけが頭の中で何度も反復していた。
もう何もかもが嫌になり、俯いてただ檻の中でじっと時を過ごしていたら、突然の浮遊感とともに世界が暗転し、やがて世界が壊れたかと思う衝撃とともに強かに地面に叩きつけられた。
こうして私はダンジョンに堕ちた。