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――何っ?
――これ使おう。
そう言ってKYが示したのは死んだクモの鎌だった。
私は即座にその意図を理解して、鎌を根元から切り取って空きのある横腹に接合した。肩の方がよかったけれど、そこにはすでに腕触手があって追加で接合するにはスペースが足りなかった。
と、残りのクモたちもクモの死体の排除をほぼ完了して2体が続けてなだれ込んできた。
こんにゃろー!!
私は切りかかってきた先頭のクモの鎌を自分の鎌で受け止めながら、クラゲ触手で装甲の弱そうなお腹を中心に強かに刺した。急所に決まった攻撃で先頭のクモは一瞬で動きを止めた。
さらに最後のクモも勢いに乗って仕留めようとクラゲ触手を伸ばしたが、後ろのクモは突然ジャンプして前で倒れたクモを飛び越えてきた。横穴は入口が狭まっている形だったので、中に入って空間に余裕ができたせいだった。完全に不意打ちだった。
が、KYにとっては不意打ちではなかったらしく、さっと体を屈ませて背中の殻を展開して上から振り下ろされる鎌の一撃を受け止めた。
――いまだよ。
KYの声に私は背中の殻を盾にして逆にクモを壁際に押し込み棘で刺し貫いて絶命させた。
――や、やった。
――何とか勝ったね。
私とKYは同時に安堵のため息をついた。いつもながらこのダンジョンに落ちて以来何度際どいところで命を拾ったことか。
今回の戦闘で失ったのは、足触手1つに腕触手の頭部1つ、それからKYの体半分だ。KYは頭は再生したものの真ん中あたりで切られた胴体は回復していないので長さが半分になってしまっていた。
逆に戦利品は鋭利な鎌2本と鎌付きクモ2体の死体だ。もう1体は見事なまでに細切れにされてしまっている。まあ、大き目の塊を選べば胸の口なら食べられそうだけど。
――とりあえず、食事にしようか。新鮮なうちに食べないともったいない。
――ちょっと待って。
生理的嫌悪感しか抱かない大グモに躊躇なくまたがろうとするKYを私は慌てて止めた。別に気持ち悪いから食べたくないということではなく、ちょっと思いついたのだ。
――この足、使えるんじゃない?
そう言って、私はクモの足を指した。これを私の腰に接合すればこの大グモのように素早く動けるんじゃないだろうか? それに、こいつらが足元のムカデの存在を全く気にしていなかったことを考えるに、この足はムカデに噛まれても平気なヤツなのかもしれない。
――天才か!?
KYが賛意を示したので、さっそく装備したばかりのクモの鎌で足を切り落とし私の腰に接合した。
私の腰には足触手が前に1本(今はない)、右後ろに1本、左後ろに1本あるが、クモの足はその隙間に右前2本左前2本、後ろ4本という配分で装着した。ちょっときついけれどなんとかぎりぎり。
そしてクモの足だけで立ち上がってみると案外あっさりと立ち上がった。足触手を体に巻き付けてスカートに隠すようにするとずいぶんスマートな立ち姿じゃないかな?
――アラクネだね。
――その名前を出さないで!
それから私はクモの死体にまたがって吸血をすることにした。今回も触手を失ったのできちんと栄養は補っておかないと。
「ああぁぁぁん」
食事です。
そして私は殻と棘でボロボロになったセーラー服をちまちまと接合して元に戻した。お腹の部分は鎌を振るために胸の下まで裾が捲り上がっているいる状態だったので、鎌を通すための穴を開けた。後、いつの間にかスカートも何か所か切られていたのできちんと直しておいた。
よし。では改めて出発。
横穴から出てしばらくは新しいクモの足の調子を確認しながらの探索だったが、想像以上に快調だった。走る速度は2倍近く、ジャンプもできる。壁を登ることはできないけれど、地面での機動性は格段に向上した。
しかし、それ以上に最大のメリットはムカデに噛まれなくなったことだった。ムカデの牙はクモの足の外骨格を貫通できなかったのだ。足で体を浮かせて歩くので、足が無事ならムカデに噛まれる可能性はゼロ。気を付けなければならないのは腰を下ろす必要のある食事の時くらいだった。
最後の脅威である鎌付きクモも今や同等の機動性と武器を得た上に、こちらしか持たないピット器官による生体センサーとクラゲ触手による遠隔攻撃さらに背中の殻による防御があれば、負ける道理がない。
もはやダンジョンの中に敵はいなかった。探索は極めて順調に進んだ。そして、またもやいつかと同じ状況に陥った。