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――ん、まあ、たまたま、機嫌が悪かっただけじゃないかな。いつもはもっとフレンドリーだし……。
嫌な汗をかきながら弁解していると、突然KYが頭触手で私の頭触手に体当たりしてきた。
――な、何する……っ!
抗議をしようと振り返ると、またもやKYの頭がなくなっていた。慌ててムカデの警戒で下に向けたままになっていた4つの腕触手を上に向けると、最大の警戒警報が頭に鳴り響いた。
ひぃっ
私はとっさに背中の殻を広げて体を屈めた。その直後、背中の殻にギンという鈍い音とともに衝撃が響いた。
1、2、3……。3体?
殻の下から腕触手を1本出して外の様子を窺うとそこには体高1.5mくらいのモンスターが3体同時に襲い掛かってきていた。うち1体はすでに私の体に手の届く距離に来て何度も上から腕を振り下ろしている。
と、突然、ピット器官からの情報が遮断された。外に出していた腕触手が千切れたのだ。
た、退却っ。
私は慌てて全速で後退した。クラゲ触手で撃退しようにも相手が見えなければどうしようもない。かといって腕触手を出すたびに失っていたら最後は何も見えなくなってしまう。とにかく、まずは距離を取らないと。
目隠しをしたまま後退するのは無理がある。とはいえ、1つしかない頭触手を出すのは命取りだ。そこで私はまだ回り込まれていないだろう側の殻を少し持ち上げて頭触手とチョウチンヤモリの尻尾を殻の端ぎりぎりに近づけ外の様子を覗き見ながら走った。
しかし、ヒル足はモンスターの足に比べれば遅く、どれだけ急いで走ってもモンスターとの距離が離れたようには思えない。むしろ、残り2体のモンスターも追いついて殻をガンガン叩き出してしまった。
やっぱりクラゲ触手で撃退するしかないか。
と思った時、足触手に刺すような痛みが走った。
ムカデ!?
確認している暇はないけれど、ムカデなら急いで対処しないと命に関わる。こんな時に、と思うがこの辺りはもともとムカデが多いエリアなのだ。下も見ないで走っていたらいつかは踏むのは当たり前だ。
自切っ。
考える暇はない。私は刺された足を自切した。機動力が低下するけれど背に腹は代えられない。モンスターを倒して毒で死んだなんて笑い話にもならないじゃないか。
ところが、全く意図しない偶然で自切した足に気を取られたモンスターたちが足を止めて距離が開き、殻を叩く音が急に途切れた。
千載一遇の好機と頭触手を出して後ろを振り返ると、目に映ったのは自切した足に纏わりつくクモのモンスターだった。しかも、カマキリの鎌のような鋭利な腕が体から2本追加で生えていた。それを使って置き去りにした足をスパスパと豆腐でも切るように切り刻んでいた。
あんなの3体同時になんて絶対に戦えない。どうしよう。
――こっちだよ。あそこの穴に逃げ込もう。
――KY!
その絶望的な状況下で突如頭にKYの声が響いた時、思わず歓喜の声を上げてしまった私は無罪だと思う。それにしても、さすがの再生力だ。
KYが指しているのはちょうど目の前に空いていた人一人通れる程度の細い横穴だった。この穴なら3対1の状況から1対1の状況に持ち込むことができる。
そう思った私は是非もなく即座に横穴に飛び込んだ。そして、即座にクラゲ触手を横穴の入口に罠を張るように展開した。
さあ来い!
気合を入れたと同時に最初のクモが横穴に飛び込んできた。が、すぐに張り巡らされていたクラゲ触手に絡みつかれて全身麻痺で窒息死した。
後続のクモたちは入口に倒れたクモの死体がつかえて横穴に侵入できないようだった。
――このまま諦めてくれないかな。
――無理だと思うよ。
KYが指すところを見ると、クモは邪魔になったクモの死体を切り刻んで排除しようとしていた。
――戦うしかない。
――くっ。来るならこいだわ。乙女の意地を見せてあげる。
――ちょっと待って。
気勢を上げる私をKYが制止した。