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しばらくもみくちゃになった後、頭突きという攻撃手段の無意味さに気付いた私はKYと暫定的な和解をして再び外に狩りに行くことにした。先の食事で大分回復したけれど、腕触手4本と足触手1本分の栄養にはまだまだ足りなかった。
引き続きムカデに注意しつつハサミムシを探して捕食するということを繰り返し、ようやく全触手が60%程度にまで回復して療養を切り上げ探索に復帰することにした。もちろん、ブラもきちんと付け直した。
ちなみに、ムカデ避けにハサミムシを体に接合してぬるぬる体液を分泌することも検討したけれど、それをすると自分の足が滑って歩けなくなることに気づいて早々に断念している。
――ようやく戻ってきたわね。
――ムカデ対策はばっちりよ。
ここに戻るまで、最初の1回を除きムカデには2回遭遇した。2回ともハサミムシの液溜まりの外にいるのを中から発見したので、クラゲ触手を背後から忍び寄らせて一撃必殺で倒していた。
その経験から、触手1本でも命中させれば十分に絶命させることが分かった。最初の遭遇時、十数本も束ねて叩き込んだのは明らかに過剰だった。もっとも、その時はムカデの詳細が不明な上にこちらが深手を負っていたのであの対応が最善だったと今でも思うけれど。
ともあれ、私としては注意すべきはうっかりムカデを踏んでしまうことのみであって、先に見つけてしまえば避けるなり始末するなりこちらの思い通りという状況だ。
そうしてさらに探索を進めていくと、また徐々にモンスターの出現率が変わってきた。ムカデの数が徐々に増えて、反対にハサミムシの数が徐々に減っていったのだ。どうもこの2種はお互いの生息域があまり被らないように住み分けているようだ。
それの何が困るかというと、食事が足りないのだ。
――お腹空いたよ。フライドチキン食べたいよ。
――我慢しなよ。ほら、そこ、ゴミムシ。
――食べたくないよ。
――贅沢言わない。
大型のモンスターがいないからと言って食べ物がないわけではない。むしろ、ダンジョンの生態系では大型のモンスターは食物連鎖の頂点付近に位置していて、下の方にはもっと小さい生き物がたくさんいた。今目の前を歩いている体調2cm程度のゴミムシもその1種だ。
食料不足になって私もそういう小さい生物を食べる必要に迫られていた。これだけ小さいと吸血は難しいから別の口を使う必要がある。
ここで私の持っている口の種類についておさらいだ。まず、触手の体になったことで、口の数が増えただけでなく、食事方法にも人間の時にはなかったバリエーションが増えた。
最初はおなじみ足触手の付け根の吸血口。足触手が3つあるので吸血口も3つある。獲物にまたがって腰を落とし股を押し付けて吸血する。サイズの問題である程度大型のモンスターでないと食べられないのが欠点。後、食事の見た目がちょっと……。
次は胸のイソギンチャクの口。セーラー服とブラジャーに守られた秘密の花園の奥にあり、滅多に人目にさらすことはない。食事方法は獲物を丸ごと口の中に放り込み、口の中で消化して吸収する。割と大きな獲物も捕食可能で、人目を気にしなければ口からはみ出す大きさでも端から順に消化して吸収できる。
3つ目は頭触手の口。人間の頭とは違って触手の真ん中付近にあり、触手全体で獲物を締め付けるようにがっちり捕まえて口から消化液を出して体外で消化したものを口で啜って食べる。欠点はキモいモンスターと食事の間中抱き着いて間近で見つめ合い、あまつさえキスしなければならないこと。
4つ目は腕触手の先端のメクラヘビの口。本物のメクラヘビよりずっと大きいので捕食対象のサイズもそれに合わせて大きいものの、食べ方は丸呑みなので大きさには限界がある。基本的に小動物専門の口。大きなものが食べられないことを除けば大きな欠点はない。
これらの選択肢の中から目の前のゴミムシを食べるのに最適な口を選ぶと腕触手の口ということになる。わざわざゴミムシと抱擁したがるのはKYくらいのものだ。
――食べないの? 食べないなら私が食べるよ。
ごくん。
私は目の前でモンスター同士の絡み合いを見る羽目になる前に、急いで腕触手を伸ばしてゴミムシを飲み込んだ。
――ああ、もったいない。
――もったいなくない。
KYはなぜか私に頭触手の口で食事をさせたがる。
どうも触手のベースが原始的な生物に近いほど食事の快感が未分化の快感として感じられるようで、メクラヘビは他の触手に比べてはるかに進化しているせいか、食事の時に変な声を上げてしまったりしないことに不満があるようだ。
――私はもうちょっと自分の欲望に素直になった方がいいと思う。
――あなたはもう少し常識と恥じらいを身に着けるべきだわ。
そして、議論は平行線をたどるのだ。
ちなみに例のムカデは激マズだ。一応、毒の警戒をしつつ仕留めたムカデを腕触手で食べてみたのだけれど、口に入れた瞬間吐いた。あれは生き物が食べていいものではない。
――あ、グソクムシ!
久しぶりに我が愛しのマスコットと再会した。ハサミムシエリアではちっとも出会わなかったのでもういないのかと心配していたのだ。
――食べるの?
――食べないよっ。
グソクムシを抱きかかえてほおずりすると逃げるように体をくねらされた。
――怖がられてるよ。食べられると思ってるんじゃないの?
――そんなわけない……よね?
何となくグソクムシのあがき方が必死な感じがして、ちょっとバツが悪くなって地面に戻した。すると、一目散に地面を走って逃げていった。