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――あっ! いっ! 痛たっ!! また刺された!!!
足の裏にやった腕触手がさらに立て続けに4本とも全て刺されてしまい、慌てて触手をどけて後ろに後ずさった。
あまりの腕の痛さに顔を近づけて傷口を見てみると、なんと腕が先端から溶けてきていた。
――ひぃっ。腐ってるっ!!!
――じ、自切ぅっっっ!!!!!
KYが慌てた様子で腕触手4本と足触手1本を自ら切り落とした。私の体の触手はトカゲの尻尾のように自分の意志で切り離すことができる。ただ、クラゲ触手を獲物に巻き付けて根元から切り離して継続ダメージを与えることはあるけれど、触手が腐ってきて切り落とすなんていうのはこれが初めてだ。
ぼとぼとと地面に落ちた後も腐り続ける触手を見てあまりのおぞましさに身震いがしたけれど、こんな危険なモンスターがいるならその正体を確認して絶対におかなければと、触手を刺された当たりの地面を恐る恐るチョウチンヤモリの尻尾で照らした。
そこにいたのは赤と黒の横縞模様の体長30cmにも満たないムカデだった。しかも、小さなムカデにもかかわらずこちらに向かって頭を持ち上げて威嚇の構えを見せていた。
――やばっ。
KYが慌ててチョウチンヤモリの尻尾を引くと同時に、ムカデの頭がさっと動いて尻尾のあったあたりに食らいついてきた。
――多分、あの牙に毒があるんだ。とりあえず、こいつはここで始末しよう。
――噛まれたら下手したら死ぬよ!?
――だからだよ。後ろから噛まれる前にこっちから殺ってやる。
私は気が進まなかったけれど、KYはクラゲ触手を十数本まとめてムカデに叩きつけ、すぐに触手を切り離した。大量のクラゲ触手に巻きつかれたムカデはすぐにその動きを止めた。
――はー。やったぁ。
――……
――何してるの?
――うーん、これは食べられないかな。
――た、食べないでよ、そんなの!
――すこしだけでも栄養を取りたかったんだけど。
KYは残念そうにため息をついているけれど、私は安堵の一息をついた。とはいえ、これでひとまずの危険は去ったけれどこちらの被害は大きく、とても喜んでいられる状況ではない。
足触手を1つ失ったのは見た目ほどの深刻な問題ではなかった。2本の足触手だけで十分に歩けるし、機動力もそれほど大きく損なわれることはなかった。壁面走行の安定性が多少欠ける可能性があるけれど、それほど心配する事態ではない。
それよりも腕触手の損失が大きい。腕触手にはピット器官があり、暗闇の中でモンスターの位置を把握するのに重要な役割を果たしていたのだ。クラゲ触手を展開して周りを確認できるけれど、距離に制限があるし地形とモンスターの区別もつけにくい。
何より、これまで見えていたものが見えなくなるのは恐怖だった。
――早く隠れないと。
――近くにハサミムシがいればいいのに。
――ひぃっ。あ、足元!
――えっ?
足元に何かがいたような気がしてチョウチンヤモリの尻尾の光を向けてみると、ただの岩の模様だった。
――ムカデかと思った。
――脅かさないでよ。
ただ、今回は取り越し苦労だったけれどももし本物のムカデを見落とすようなことがあったら今度こそ命はない可能性もある。慎重になりすぎることはないと思う。
――ひっ。またっ。……。違った。……。こっちはっ。……。これも違う。
――もうっ。少しは我慢して。
――だって、見落としたら死んじゃうんだよ!
――そうだけど、これじゃハサミムシを見つけることもできないよっ。
ハサミムシは臆病なので、クラゲ触手を伸ばして調べているとすぐに逃げ出してしまう。だから、目視で探すしかないのだけれどそのためにはチョウチンヤモリの尻尾の光が絶対必要なのだ。
でも、ムカデ探しにもチョウチンヤモリの尻尾の光が必須だ。こっちはうっかり踏んだら致命傷なので絶対に噛まれる前に見つけなければならない。ジレンマだ。
――ハサミムシの巣さえあれば、住んでなくてもそこに隠れればいいんじゃない?
――そして餓死するの?
――とりあえず腕触手が生えてきてから獲物は探せばいいじゃない。
――……、分かった。
頭触手やクラゲ触手に比べて腕触手や足触手の再生には時間が掛かるようだった。KYの頭がなくなったときはすぐに目玉が復活していたけれど、腕触手はいまだに再生の兆しがない。時間を掛ければいいだけなのか、栄養が足りないのか。
とにかく、ハサミムシの体液を探して安全地帯で一休みしよう。休んでいるうちに腕の先でも生えれば御の字だし、そうでなくても何かいいアイデアが浮かぶかもしれない。あの中ならムカデは簡単には侵入してこないはずだ。