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――また刺された?
――くそー。この毒オケラめぇ。
目下、一番面倒だと思っているのが巨大オケラだ。巨大といっても10cmくらいしかないけれど、オケラとしては十分巨大だと思う。ただ、大きさはともかく、毒の棘を持っているのが問題なのだ。
オケラらしく土の中に潜っていることもあるが、真っ暗な地下洞窟なので床や壁をはい回っていることも多い。それを小さいので気づかずにうっかり踏みつぶしてしまうと、足にある棘で刺してくるのだ。幸い大した怪我にはならないが、毒のせいでじんわり痺れるのがこの上なく不快だった。
と言ってそれ以外に大して害のないただのオケラにそこまで注意を払えるわけもない。なので積極的に探すことはしないまでも見つけ次第クラゲ触手で仕留めていた。当然、その程度では焼け石に水だった。
――ああ、オケラなんてダンジョンごと火に包まれて全部焼けてしまえばいいのに!
――そしたら私も一緒に死んじゃうよ。
――分かって……、うわぁぁっ。
突然、壁から何かがドンと飛び出してきて、目の前を横切って反対の壁に取り付き、あっという間に壁に穴をあけて再び地中へと潜り込んでいったものがいた。
――ああ、びっくりした。
――ミミズだっ。
KYが慌てて壁に取り付いて壁に空いた穴にクラゲ触手を差し込んで探っているが、芳しい成果は得られなかったようだ。
今のがこの界隈でトップクラスにヤバいモンスター、ミミズだ。ごくまれにああやって壁から猛スピードで飛び出してきてすぐに反対側の壁に潜っていく。いつか驚きすぎて心臓が止まって死んでしまいそうだ。もっとも、そんな確率は隕石に当たるより少なそうだけれど。
そんなとんでもミミズだけど、KYは何が気に入ったのか飛び出してくるたびに捕獲を試みて、悉く失敗していた。あのミミズは土の中でも猛スピードで動けるので見つけてから追いかけても捕まえられないのだ。
ちなみに長さは30cmくらいで太さは多分1cmくらい。普通のミミズの数倍の大きさはある。
――くそー。また逃がした。
――あんたは何であんなのが好きなの?
――スピードは女のロマンなの。
――あー、はいはい。
KYのよく分からないロマンチシズムを語られても面倒なだけなのでここは一つスルーで。と思ったら、視界の端に天使を発見した。
――キャー。
――何、何?
――グソクムシ、可愛い!
超ラブリーなグソクムシが歩いているのを見つけて思わず手に取って持ち上げた。
――私は何でこんなのが好きなの?
――え、ほら、顔が可愛いじゃん。この目とか、触覚とか。後、体も全体的に丸いし。
――あー、はいはい。
む。なんか言い方がむかつく。KYのくせに。
このグソクムシは体長30cmくらい、ちょうど跳ぶミミズと同じくらいの長さだけれども、体の幅は10cm以上あるのでミミズよりずっと大きい感じがする。性格はおとなしくてよく地面をもぞもぞと歩いている。全く人畜無害な生き物だ。
「全く失礼な触手でちゅねー。よしよし」
――長いダンジョン暮らしでついに頭に異常をきたしつつあるね。ほっとくと手遅れになるかも。
――うるさいですねー。
そんな調子でダンジョン探索は順調に進んでいった。KYの頭触手は時間とともにだんだん伸びて来てしばらくしたら元に戻った。特に食事後は伸びが大きくなるようだった。
日の光がない地の底なので時間の感覚は全くなかった。とはいえ時間の感覚はなくても空腹感と睡魔は定期的に襲ってくるので対処する必要があった。空腹は恥を忍んで食事をとればよいとして、睡魔の方は困ってしまった。寝てる間に襲われたらどうしようとか思うでしょ?
――なのに、勝手に寝てたし!
――でも、寝不足だと注意力が低下したり大事な時に急に寝落ちしたりして危険なんだよ。
――それはそうだけど、一言言ってくれてもよかったと思う。
――それはごめんなさい。
KYが勝手に寝たことで、頭2つが同時に寝る必要はなく、片方が寝ているときはもう片方が周囲を警戒していれば安全に睡眠をとることができるということがわかって、それからは睡眠もきちんととることができるようになった。一件落着。
そんなこんなで、のこのこ歩き回っているうちにダンジョンの生態系や構造の理解も少しずつ進んできた。