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朝、目覚めたら触手になっていた。何を言っているか分からないかもしれないけど、私も意味が分からない。とりあえず学校には欠席の連絡をしたけれど、これからどうしたらいいんだろう?
私は鏡の前でしばらく呆然と立ちつくしていた。目の前には体の各部がうねうねと動く異形の生物が映っていて、見ているだけで気分が悪くなりそうなのにもかかわらず、その動きはすべて私の意志と連動していた。
それは紛れもなく私の体だったのだ……。
パジャマの首からは寝起きで寝ぐせのついた女子高生の素顔……ではなく、コウガイビルに似た金槌のような形状の触手状の頭部が2つあり、腕からはメクラヘビのようなものが各2本ずつ、計4本、先端から二股に分かれた白い舌を出していた。
さらに、鏡からははみ出して見えないが、下半身には本来あったはずの白くすべすべのカモシカのような足はなく、代わりにぬめぬめとグロテスクなチスイビルのようなものが3本ついていた。
また、パジャマの中では胸のあたりにイソギンチャクの触手のようなものがうねうねと生えていてもぞもぞと動き回っており、お腹の方では細いクラゲの触手のようなものがあって伸ばしたい方向に重力を無視して自由自在に伸ばすことができた。
これは夢?
ほっぺたを抓って夢かどうかを確かめたくても抓るほっぺたすらないなんて、全くひどい悪夢だと思う。
私は2つの頭を4つの手で抱え込んだ。ちょうど頭1つに手が2つで計算が合っているのが無性に虚しい……。
――よし。とりあえず、お風呂に入ろう。
突然、頭の中に誰かの声が響いた気がした。誰かというか、明らかに私自身の声だった。でも、私はそんなことを考えてはいない。多分、もう1つの頭が考えたことが頭に響く声のように認識されたのだと直感的に理解した。
……、気のせいか、もう片方の私は少しだけKYな気がする。
――お風呂って、何を言ってるの? 今がどういう状況か分かってる?
――分かってるよ。だから、もしかしたらきれいに洗えば元に戻るかも知れないじゃん。
KYな方の私はそんなことを言ってお風呂に入ることを主張した。きれいに洗うだけで触手がもとに戻るわけないと思うものの、今はありえない可能性にも縋りたい思いでお風呂に湯を張りパジャマを脱いで湯船に浸かってみた。
そして、石鹸をたくさん触手に取るとこれでもかというほど力を込めて体中の触手を洗った。
結果、私の体中の触手は光り輝くようにピカピカになった。OTZ
――やっぱ、ダメじゃん……
――やった。ピカピカだね。
――嬉しそうに言わないでよっ。
お風呂で体を洗う中、私はさらに新しい事実を発見した。
まず、頭触手は触手なので自由に動かすことができて背中だろうがなんだろうが、鏡もなくても直接見ることができるということ。頭が2つ目が4つで協力すれば360度全方位を同時に見ることもできるのだ。
そして、鏡で確認した時にはっきり見えていなかった背中は、実は触手に覆われてはおらず、代わりにカタツムリの殻のような質感で亀の甲羅のような形状のものが張り付いていた。しかも、自分の意志で殻を広げて体を半分覆うことができた。
――これは……、防御力が上がりそうだよ。
――だから、全然嬉しくないよっ!
とりあえず、制服を着たら少しはましになるかもしれない。
私はタンスを開けてまずは下着を選び始めた。メクラヘビの腕でパンツを取り出して、……そっと戻した。巨大チスイビルが3つも並んでいるところに可愛らしいパンツをもっていって何をしようというのか。
――穴が2つじゃ足が一つ余っちゃうね。下着屋さんに特注しないと。
――うるさい。
次にブラジャーを選んだ。自分の胸に生えるイソギンチャクを見て昔見栄で買って以来サイズが合わずに一度も着ていないDカップのブラジャーを取り出した。そして、イソギンチャクの触手をブラジャーのカップにしまうように装着した。
――やった。巨乳になったよ。
――何であんたはそうお気楽なのっ!!
確かにKYのいう通り、ちょっと巨乳になった気がするかも。気持ち胸を張って少し横を向いたら、わきの部分から収まりきらない触手がうねうねとはみ出していた。
――もう1サイズ上が必要だね。
――ちょっと黙ってて!
――でも、制服を着たら見えないから平気平気。
もう、無視だ。無視。
次はスカートだ。パンツは履けないけどスカートなら大丈夫なはず。チスイビルの足は太くて広がっているのでスカートは頭から通して履いた。胸は大きくなったけど、ファスナーを開ければ通らないことはない。
締めははセーラー服。もうここまでくれば後は簡単。するりとセーラー服に袖を通してファスナーを下げれば可愛い女子高生のできあがり……。
――どう見てもモンスターです。本当にありがとうございました。
制服だけを見れば巨乳女子高生で通るかもしれないけれど、首と腕と足が気持ち悪い触手なことはどう取り繕っても隠しようがなかった。
初めての人ははじめまして。そうでない人はいつもありがとうございます。
今回のお話はダンジョンもので、主人公はなんと触手です。蜘蛛やらスライムやらが主人公になれるのなら触手だってなれるんじゃという安直な発想から書き始めたお話です。せっかくならすごい触手をと考えているうちにビジュアル的に直視できないものになってしまいました(汗
ダンジョンものですが、ダンジョンに落ちるまでちょっとだけプロローグが続くので、少しだけお付き合いいただければと思います。