第六話「ゴースト」
「気配の完全遮断?てことは、この能力を使っている間は誰にも気づかれないのか?」
雨崎が言うには、俺に発現した能力は"気配の完全遮断"だそうだ。ステルスってやつ?
「そうですね。より正確に言うなら、貴方の能力は"他者に自分の存在を認識させなくする能力"です。例え貴方を見たとしても脳が認識しなくなるのです」
雨崎はスラスラと説明するが、俺にはいまいちピンと来なかった。
「何が違うんだ?」
「気配を消すのではなく、貴方がそこにいるという認識を消すのです。貴方を見たという情報が、脳で処理されなくなるわけです」
その説明でようやく合点がいった。
なるほど。気配を遮断するということは自分に作用するわけだが、認識させなくするというのは、見た相手に作用するってわけか。
……別にどっちでも良くね?
とも思ったが、一応覚えておいた方が良いかもしれない。
「まるで幽霊だな」
そんな言葉が自然と口から零れた。
相手に認識させなくする能力。ボッチの俺にはピッタリじゃないか。
誰にも気づかれない、誰にも見てもらえなかった。そんな俺だからこその力なのかもしれない。皮肉なもんだ……。
「ハハハ。面白い表現ですね。ではその能力は『ゴースト』と呼びましょうか」
ゴースト、か。まぁ悪くはないかな。
ボッチの俺はついに幽霊になったわけだ。なんだか笑えてくるな。
「で、あんたの世界に行くためには、あと何をすればいいんだ?」
俺は話を切り替える。さっさと異世界とやらを見てみたいというのが本音だ。
こんな所で雨崎と談笑してても楽しいとは思わないしな。
「先ほどの繰り返しになりますが、パーティーを組んで頂きます。貴方にはそのメンバーを一週間で集めて欲しいのです」
「おい待ってくれ。一から探せってのか?自慢じゃないけど俺には友人なんていない」
自分で言ってて情けないのはわかっている。でも事実だ。一緒に異世界に行ってくれる知り合いなんていない。
しかも、たった一週間。いくらなんでも無茶だ。
「ご安心を。候補は私の方で探してあります。ここに書かれている方たちに接触し、メンバーに引き入れてください」
そう言って雨崎は折りたたまれた紙を手渡してきた。受け取って広げると、以下のような名前のリストが書かれていた。
『詩由原 曖』
上寄町第一高等学校1年C組
『見木沢 闘治』
上寄町第一高等学校3年D組
『麗条 紗璃花』
上寄町中央病院C棟508病室
『智瀬 優』
上寄町東第二小学校3年2組
って、個人情報だだ漏れじゃないか。どうやって調べたんだコイツは。ますます怪しい男だ。
俺は雨崎へ訝しむ視線を送る。
「彼らを説得しパーティーを組んだ後、そこに書かれている私の番号へ電話ください。ほら、紙の一番下に書いてありますよ」
しかし雨崎は気にせずに話を進める、やはりいけ好かない奴だ。
言われた通り紙の一番下を確認すると、確かに電話番号らしきものが書かれている。
異世界から来た奴がなんで電話なんて持ってんだ?
「こちらの世界では電話がないと何かと不便ですのでね」
俺の表情を読んでか、雨崎は笑いながら理由を述べた。
まぁ異世界から来たスカウトさんにも電話くらい必要ってことか。
「以上で私の用件は終わりです。何かご質問はありますか?」
雨崎が手を広げ、笑みを見せる。何でも質問してくれと言わんばかりだ。
じゃあ折角なので質問させてもらおう。
「ここに書いてある全員を説得しなきゃいけないのか?」
「ええ。基本的にそう考えてください」
即答する雨崎。
マジか。説得って言っても、どうやればいんだろうか?
”一緒に異世界に行きましょう”なんて言ったら頭がおかしい奴だと思われるのがオチだぞ?
「他に何かありますか?」
悩む俺を余所に、雨崎は再度問いかけてくる。全く、少しは俺の気持ちも考えてほしいものだ。
「別に無いよ」
「そうですか。では私も多忙な身でして、これで失礼しますね。ご健闘をお祈りしています」
俺の回答を聞き、雨崎は笑みを見せてから背を向ける。その勢いで黒いコートがフワッと宙を舞う。
そして落下防止の柵を飛び越えたところで一度俺の方に振り返った。
「ああそれと。彼らも貴方と同様に負の感情が強い者たちです。接触には慎重になることをおススメしますよ」
「おい、それどういう……っ!?」
と、俺が聞き返す前に雨崎がその場から飛び降りた。俺は慌てて柵に近づき、下を眺める。
「……いない」
しかし、雨崎の姿は見当たらなかった。深夜で交通量の少なくなった道路を街頭が寂しく照らしているだけだ。
「なんだったんだ、あいつ……」
俺はそのまま柵に掴まり、町の夜景を眺める。
俺の住むこの町、『上寄町』。
その夜景は今日も相変わらず、無駄に明るく感じた。