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第四話「飲むのか、飲まないのか」

「私の世界では、三つの種族が存在しています」


 雨崎の口から出たのはそんな言葉だった。三つの種族という単語に疑問を抱いたが、まずは黙って説明を聞くことにした。


 まぁツッコミを入れるのはもう少し待ってやるか。


 沈黙する俺に対し、雨崎は人差し指を立てて見せる。


「一つ目が『獣人』と呼ばれる種族です。奴らは馬鹿げた身体能力を持っていて、まともに殴り合ったらまず勝てませんね。全く、とんだ化け物どもですよ」


 その発言と同時に雨崎の表情が歪む。どうやらその『獣人』とやらに対して良い感情は持っていないようだ。


 しかしそれよりも意外に思ったのは、この雨崎と言う男も感情を表に出すことがあるんだな、ということだった。


 さっき会ったばかりだし、別に良く知っているわけじゃないけど、この雨崎という奴は掴みどころが無い。飄々としていて底がわからない印象だ。


 だけど、そんな男も感情を露わにすることがあるんだな。ちょっと意外だ。


 そんな俺の思考を知るはずもない雨崎は、今度は人差し指と中指の二本を立てて見せる。


「二つ目が『魔族』と呼ばれる種族です。奴らは身体能力こそ大したことはないですが──と言っても我々よりは上ですが──先天的に膨大な魔力や特殊能力を持っていて、魔術を得意としていますね。奴らも同じく化け物です」


 そう言うと、はやり雨崎の表情は苦々しく歪んでいる。その『獣人』や『魔族』という奴らには強い敵意を持っているように見える。理由はわからないけど。


「そして最後が我々『人間』です。三種族の中で最弱とされており、強靭な身体能力も特殊能力も持ちません。まぁ、説明は不要ですね。要は私や貴方のような者のことですよ」


 雨崎は自分と俺を順に指さした。その説明を聞いて思ったのは、なんとまぁファンタジーな世界観なこった、という感想だった。


 だって、獣人と魔族、そして人間。まるでゲームの世界みたいじゃないか。


 獣人と言うくらいだから全身毛むくじゃらなんだろうか?やっぱり魔族はマント着て杖とか持ってるのか? 


「ふ~ん。そんな世界もあるのか」


「おや、信じて頂けませんでしたか?」


 適当な風に言ったからだろうか、雨崎が意外そうに尋ねてきた。その表情はいかにも作った感じだ。さっきの説明だけで俺が信じるとは元から思ってなかったんだろう。


 ほんとにいけ好かない奴だな。


「そりゃね。正直、半信半疑だ」


 別に気を使う必要もないので、俺は思っていることを正直に言った。


「ハハハ、素直な性格で結構です」


「それで?あんたの世界に行って、結局何をすればいんだ?」


 雨崎が愉快そうに笑うが、コイツに褒められても別に嬉しくない。俺は食い気味に言葉を返す。


「簡単に言ってしまえば治安維持です。獣人や魔族の一部には人間を差別し、蹂躙する連中がいるのですよ。奴らから民を守って頂きたいのです」


「蹂躙だって?」


「ええ。良くて奴隷、悪くて殺戮、と言ったところですかね」


「……」


 雨崎は何事もないように言っているが、その内容はとんでもない。


 良くて奴隷?悪くて殺戮だって?そんなことが許されるのか?


 俺の思いを読んでか、雨崎は説明を続ける。


「私たちの世界では力が全てなのですよ。獣人と魔族の力は凄まじく、普通の人間では歯が立ちません。それをいいことに好き放題する連中もいるのです」


 話を聞いた限り、人間じゃ獣人や魔族には勝てないようだ。だから無法者がいても裁けないってことか。


 純粋に酷い話だと思った。でも、考えてみればこの世界も同じなのかもしれない。


 学校でも発言権があるのはいつも目立ってる奴らだった。俺みたいなボッチには何の力も無かった。


 そう考えれば、結局は強いものが勝つってことなのか。酷い話じゃないか。


「そんな現状を解決すべく、我々協会がこうして戦力になる方を異世界から集めているのですよ。我々の目的は、奴隷の扱いを受けている人間を他種族から解放し、人類に平和をもたらすことなのです」


 なるほど、随分と立派な目的じゃないか。でも本当に勝てるのか?さっきから聞いていると、獣人や魔族はかなり強そうだ。


 そんな化け物相手に、人間が勝てるのか?それに、そんな異世界に行ったところで俺に何ができるって言うんだ?それこそ殺されるだけじゃないか。


「で、そんな化け物と戦えって言うのか?」


「そうして頂けると助かるのですが、別に直接戦って頂かなくても結構ですよ。協会の活動には色々な任務がありますので。後方支援などでも構いません。今はとにかく人手不足なのですよ」


「ふ~ん」


「それに、先ほどお渡ししたその『深血水』を飲めば、奴らに対抗する力を得ることもあるいは」


 雨崎は俺が手に持っている銀色の容器を指さす。本当にこんなものを飲むだけで強くなれるのか?


「どうですか?我々を手助けして頂けないでしょうか?」


 俺は手の容器を見ながら考える。


 異世界、獣人、魔族……まさにファンタジーの世界だ。


 正直、かなり興味を引かれる。何より、もうこの世界には何の未練もない。


 今の俺には、行くという選択肢を選ばない理由がなかった。強いて言えば、その獣人とかと戦わなきゃいけないかもしれないってのがネックだ。


 ただまぁ、戦わなくてもいいって話だし、それも問題ないかな。


 このまま何の目的もなく、何の意味も無い毎日を生きる方が嫌だ。


「いいよ。協力するからあんた達の世界に連れてってくれ」


 俺は同意の言葉を告げる。それを聞いた雨崎は笑みを見せる。


「そうですか!それは有り難いですね」


 笑みを浮かべたまま帽子を取って頭を下げる雨崎。何と言うか、わざとらしく感じる動作だ。この男のこういうところは好きになれそうにない。


「では早速ですが、その深血水を飲んでください」


「はいはい。これね」


 俺は言われたままに、スキットルボトルに似た容器の蓋を開ける。中には液体が入っているが、暗くて良く見えない。


 念のために鼻に近づけてみても、特に匂いはしない。なんだこれ、ただの水なんじゃないか?


 怪しい感じもなかったので、俺は容器を口に近づける。


「……」


 そこで一度手を止める。本当に飲んで大丈夫だろうか?、という不安が頭を過ったからだ。


 これ、飲んでも大丈夫だよな?


 会ったばかりの知らない奴から受け取った謎の液体。普通だったらまず飲まない。


 もしかしたら毒とか入っているかもしれない。


 でも、雨崎は俺を助けてくれた。そもそも毒を飲ませるつもりなら、助けるなんてことはしないはずだ。


 俺は横目で雨崎に視線を送る。雨崎は相も変わらず同じ笑みを浮かべている。


 正直、信頼なんてできそうにない男だが、ここで引き下がるのは自分に負ける気がした。


 今まで散々孤独に耐えて生きてきた。そんな毎日が嫌だし、抜け出したい。


 だから、これはチャンスだ。リスクを恐れて挑戦しなければ、結局何も変わらない。何も変わらない毎日がまた来てしまう。


 そんなのは嫌だ!


 だから、俺は今ここで挑戦する。飲むんだ!飲んで異世界へ行くんだ!

   

「よし」


 俺は腹を決め、容器を一気に傾けた。





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