第一話「生きる理由はどこにある?」
そう、俺は今飛び降りようとしている。理由?
別に何かあったわけじゃない。恋人に振られたとか、会社をクビになったとか、そんな大層な理由があるわけじゃない。
ただ、色々なことが積もり積もってこうなっただけだ。
俺は22才のしがない大学生。『響堂ツカサ』という名前はあるが、別に覚えてもらわなくていい。どうせもうすぐこの世から居なくなるからな。
どこにでも居るような大学生さ。大した理由なんてない。
"生きる意味が感じられないから"。それが答えだ。
俺は高校の時から……いや、小学校の時から友達がいない。"少ない"んじゃない。"いない"んだ。要は『ボッチ』というやつだ。
なぜなのかは俺もわからない。別に嫌がられるようなことをしてきたわけじゃないし。それなのに、友達と呼べる人は誰もいなかった。
ただ強いて言うなら、他の奴らとは感覚がずれているのは事実だった。例えば、周りのクラスメイトがテレビの話で盛り上がる中、俺は一人で本を読んでいた。周りの奴らがサッカーやバスケをする中、俺は一人で筋トレをしていた。
今もテレビなんてものには興味はない。他の奴らは、よくあんな意味のないものを見ていられると感心さえする。
サッカーやバスケにも興味がない。というか、スポーツに興味はない。俺には、どれもただ球を追っかけているようにしか見えない。何が楽しいんだろうか?
いや、それは負け惜しみかな。俺は運動神経が良くないから、単につまらなく感じるのだろう。他の人みたいに動けたら楽しいと思えたのかもしれない。だから頑張って筋トレを続けたが、結局運動神経が良くなることなんてなかった。
体育の時間は苦痛だった。無理やりチームを組まされ、点数を競わされる。他の奴らはみんな友人とつるんで楽しそうにプレーしている。そんな中、俺は一人。
だから、せめて友人がいない寂しい奴と思われないように、必死に走った。それでも俺にボールが回ってくることなんてない。それなのに意味も無くやっている振りをしていた。そんな自分が、酷く惨めに感じた。
そして負ければたいてい俺のせいになる。"チームワークを乱す奴がいたから負けたんだ"、"下手くそな奴が足を引っ張った"、と。確かにそうなのだろう。だから別に反論しなかった。
学校の休み時間も苦痛だった。クラスメイトが友人と話す中、俺には話す相手が居なかった。だからいつも本を読んでいた。本の中の世界だけが俺の逃げ場だった。
本の中の主人公は、いつも仲間に囲まれ楽しそうに冒険をしている。それが羨ましかったし、なぜそんな簡単に仲間ができるのか俺には不思議だった。
昼食の時間も同じだ。弁当を一緒に食べる相手なんていないから、俺は図書室で隠れながら食べていた。当然部活なんて入っていなかった。放課後は真っ直ぐ帰宅するだけ。
小学校、中学校、高校と、ずっとそんな生活だった。
辛かったんだろうか?苦しかったんだろうか?
わからない。正直、もう何も感じなくなっていた。どうでもいいさと、そう思っていた。大学に行けば変わるはずだ、そう自分に言い聞かせていた。
俺は期待してしまっていたんだ。いつかはきっと変わると。物語の主人公のような、ある日全く違う世界に行けると。
だけど、そんな期待は簡単に裏切られた。
大学でも、結局同じことの繰り返しだった。周りの奴らはサークルやバイトに勤しんだり、恋人を作ったり、飲み会などをして大学生活を満喫していた。
でも俺は違った。やはり周りと何かがずれているんだろう。気が合うと感じる人はどこにも居なかった。友人たちと騒ぐ奴らを横目に、俺は一人で灰色のキャンパスライフを送った。
そして気づけば就職活動の時期になっていた。俺は真っ黒なスーツを着て、グループ面接を受ける。周りは企業が喜ぶような作り話をする奴ら。俺には、どいつの話も同じにしか聞こえなかった。
誰もが同じ様な黒い服を着て、同じ様なことを言っている。満面の作り笑顔で心にもないことを言っている。そんな状況が酷く滑稽に思えたし、気味悪くも感じた。
だけれど内定を勝ち取るのは、そんな作り笑顔の奴らだった。そんな現実を、俺は酷く醜いと思った。そんな俺に、面接官が言った。
"じゃあ君は何がしたいんですか?"
その問いに、俺は答えることができなかった。その瞬間、俺は痛感した。"なんだ、結局俺もあいつらと同じじゃないか"、と。作り話だったとしても、それを作ろうと努力したのか、しなかったのか。それだけの差だったんだと。
はっきりとわかった。俺には、生きる目的がない。
"生きる意味が感じられない"
だから俺は今こうして身を投げようとしている。あと一歩で真っ逆さまな状況だが、不思議と何も感じない。真下には道路が見えるが、恐怖もない。
「もう少し良い服着とけばよかったかな」
むしろ、そんなどうでも良いことを考える余裕まであった。夜風がどこか心地良く感じる。辺りは寝静まったように音が聞こえない。とても静かに感じる。
「……」
手すりから手を離し、もう一度、下を見下ろす。道路に沿って、街頭のオレンジ色の明かりが等間隔でどこまでも並んでいる。場違いにも、素直に綺麗だなと感じた。
「ふぅ……」
ゆっくり息を吐く。
思えば、長くも短い人生だったな。今だからか、あっという間だった。なんだかお腹が空いたな。まぁ、今更どうでもいいか。この夜景が最期の見納めというやつか。
そして、俺は覚悟を決める。
「さようなら」
誰に向けてかわからないが、自然に出たのはそんな言葉だった。
そして体の重心を前へ傾ける。その時だった─
「こんばんは」
誰も居ないはずの背後から、誰かの声が聞こえた。