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第十七話「小さな手の重み」


 俺の胸に顔を埋めながら涙を流す智瀬。俺はその小さな頭を見ながら、しばらく無言で背中を擦っていた。

 

 そして智瀬の嗚咽が収まった頃、部屋のドアが乱暴に開け放たれた。


「もうおしまいよ! 警察がもうすぐ来るわ!」


 中年の女が顔を歪めながら居間に入ってきた。その手には包丁が握られている。


「ひっ」


 その姿に智瀬が短い悲鳴を上げた。そんな彼女に”大丈夫”と小さく囁く。


 俺の発言を肯定するように、女が俺たちに気付くことはなかった。


「ちょっと! どこに隠れた!? 出てきなさいよ!!」


 焦った様子で部屋の中を見回してる。目の前にいるにも関わらず、全く認識されていない。その姿を見て、”やはりな”と胸中で納得した。


 俺は今、ステルス能力を発動させた状態で智瀬に触れている。今の状況で確信したが、俺が直接触れている人物もステルス状態になるようだ。


 俺が触れているから、智瀬もあの女に気づかれていないというわけだ。


「ほら、大丈夫だろ? あいつには俺たちは見えていないんだ」


 と、不安そうな智瀬に声をかける。


「え……どうして?」


「そうだな……信じてもらえるかわからないけど、超能力みたいなものなんだ。俺は透明人間みたいな能力を使えるんだ」


 我ながら無理のある説明だと思う。しかし正直に言う他ない。


「え?」


 案の定、智瀬は困ったように俺の目を見つめてくる。そりゃそうだよな……。


「さらに変な話なんだけど、異世界から来たって男にもらった液体を飲んだらこの能力を使えるようになってさ」


「そうだったんですね」


「え、信じてくれるの?」


 意外にあっさり納得してくれたようだ。その素直な反応を見て、逆に俺の方が戸惑ってしまった。


「はい。ツカサさんは私を助けてくれました。だから私はツカサさんのこと信じます」


「そうか。ありがとう」


 真っ直ぐに瞳を向けてくる智瀬。さっきまで泣いていたのが嘘のようだ。


「それで話にはまだ続きがあってさ。俺はその男に誘われて異世界に行こうとしているんだ。でも行くには仲間が必要なんだ。それで、君も一緒に来てほしいなって思ってるんだ」


「わかりました。私も行きます」


 即答する智瀬。俺としては嬉しいが、ちゃんと考えてのことなのか心配になる。


「そうか! 嬉しいよ、ありがとう。でもちゃんと考えた? もう戻って来れないかもしれない。 正直、どんな危険があるかもわからないし」


「はい。わかってます。それでも私は行きます。いえ、行きたいです」


 智瀬は強い口調で言った。俺は彼女のことを詳しく知っているわけではないが、珍しい態度のような気がした。


「わかった。それならいいんだ。それじゃ、異世界へ行く仲間としてよろしく」


「はい!」


 そう言って短く握手を交わした後、俺は智瀬と手を繋いだまま立ち上がる。


「さて、それで……あの人は君の母親?」


 未だに俺たちを探してうろついている女を指さす。


「……今はそうです」


 智瀬は暗い声色で答えた。引っかかる発言だったが、深く掘り下げない方が良い気がしたので、それ以上聞くことはしなかった。


「さて、それじゃあ一先ずここから移動しようか」


「はい」


 俺は智瀬と手を繋ぎ、暗い家を後にした。念のために背後を確認したが、追いかけてくる気配はなかった。そうしてしばらく歩いた頃、俺は智瀬に声をかける。


 「腹減ったな、なんか食べないか?」


 「そうですね。私もお腹すいちゃいました」


 智瀬は俺を見上げながら笑顔を見せた。それはさっきまでの大人びた笑みより少し柔らかいものに思えた。


 「オーケー! そんじゃどっか食べに行こうか。何か食べたいものある?」


 「そうですね、ツカサさんの食べたいものが食べたいです!」


 「なんだそりゃ? まぁ俺が決めていいってことね。そうだな……じゃあ最近できたサンドイッチの店に行ってみようか」


 「はい! 楽しみです」


 そう言って笑顔を見せる智瀬。俺も思わず笑みを返す。大きく手を振りながら楽しそうに歩く彼女を横目に、俺は考えを巡らせる。


 何とも不思議なものだ。初めて仲間になったのは、こんな子供だったとは。説得するのは一番難しいと思っていたが、蓋を開けてみれば真っ先に仲間になってくれた。


 そう、この子は俺の大切な仲間だ。ずっと一人だった俺にできた大切な仲間だ。ぼっちの俺なんかの仲間になってくれたんだ。


 智瀬は俺が彼女を救ったと言っていたが、本当は逆なのかもしれない。彼女が俺を孤独から救ってくれたとも言える。


 だからこそ、俺は何があってもこの子を守る。そう決めた。


 俺にとって仲間は何よりも大切な存在だ。仲間のためならなんだってする。それが、ぼっちだった俺の誓いだ。俺は何を犠牲にしてでも仲間を守る。


 その思いを噛みしめながら、智瀬の小さな手を握り直した。




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