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第十四話「表と裏」


 翌朝、アラームで目覚めた俺は手早く身支度を済ませ、家を後にした。


 目的地は『上寄町東第二小学校』。電車に揺られること40分。最寄の駅に到着した。


 降り立ったのは上寄町の東区。道に出て周囲を見回す。


「なんか、雰囲気が違うな」


 俺の住居は西区、大学も西区だ。そのためこの辺りは普段あまり来ない場所だ。西区は商業地区として栄えている一方、この東区は工場や研究所などが立ち並ぶ工業地区だ。


 そのためか一般車の交通量は少なく、トラックなどが多く走っている。目に付く建物も工場がほとんどだ。


 それに人通りも少ない。なんだか寂しい印象を受ける。


「そんなことより、場所を確認しないとな」


 東区の観光に来たわけではない。俺は携帯の地図アプリを起動し、目的地までのルートを確認する。


 表示を見る限り、ここから徒歩で数分といったところだ。迷う要素もないので、ナビに従って歩を進める。


 歩いていると、離れた場所に丘が見えた。その頂上には白い灯台が建っており、東区が海に面していることを思い出させる。


 さらにその手前、ゆるやかな斜面に別の白い塔が見える。


「百人墓地か」


 通称『百人墓地』、正式名『上寄海岸霊園』。17年前に起きた爆発事故の死者を弔う場所。その慰霊碑のモニュメントだ。名前は『女神の塔』と呼ばれている。


 多くの命を奪った爆発の跡地は、今は静かな霊園となっている。実際に行ったことはないが、あそこからの眺めは最高らしい。斜面からは海が一望でき、弧を描く港が綺麗に見えるそうだ。


 かつての死者も、今は安らかに海を眺めているのだろうか。そんなことを考えている内に、俺は目的の小学校前まで来ていた。


「ここが東第二小学校か」


 よく見る鉄筋コンクリート製の三階建ての校舎だ。外壁は亀裂や汚れが目立っており、年期を感じさせる。


 校舎の横には小さなグラウンドがあり、鉄棒などの遊具もある。授業中のためか生徒の姿は見当たらない。


 さて、どうしたものか。このまま入るわけにはいかない。間違いなく不審者として捕まるだろう。


「仕方ない、か」


 このまま外から眺めていても何の情報も得られそうにない。俺はポケットのナイフで浅く指の皮を切る。


 その痛みによって、能力が発動したのを感じた。今回も成功だ。


「よし」


 今の俺は誰にも認識されない”完全ステルス状態”だ。何も恐れることはない。堂々と校門から校舎へと侵入する。


 雨崎から渡されたメモには、『3年2組』と書かれていた。早速その教室を目指す。


「ここだな」


 目的のクラスに辿り着いた俺は、窓から教室の中を覗き込む。どうやら授業中のようで、教壇の教師が何やら黒板に文字を書いている。生徒たちは椅子に座って授業を聞いている。


 小三のクラスだけあって、先生の話はちゃんと聞いているようだ。まだこの頃は言うことを聞いてくれる年代ということか。


 20人ほどの小規模なクラスだ。これも少子化の影響というやつなんだろうか。まぁ、俺としては探し出すのが楽で助かるが。


「で、どいつが『智瀬優』だ?」


 名前からでは性別が判断できない。女子のような気もするが、男子の名前でも別に違和感はない。となると絞り込めないな。


 何か名前を知る手掛かりはないだろうか、と教室の中を見回す。目に入ったのは教室の一番後ろに貼られた習字の数々。


 ”希望”とか”友情”とか明らかに先生に指示されたであろう妙にポジティブな文字たちが目に入る。その中に、”表裏”という変なチョイスの文字があった。名前をみると智瀬優と書かれている。


 ビンゴだ。このクラスに居るのは間違いない。しかし文字だけでは誰なのか判別できない。


 さらに教室内を観察すると、黒板横のコルクボードに何やら紙が貼られている。目を凝らすと正方形の図形が並んでいて、その中になにか文字が書かれている。


 もしかしたら座席表かもしれない。しかしここからでは字が小さすぎて良くわからない。仕方ないので授業が終わるのを待つことにした。


 数分後、聞きなれたチャイムの音が教室に響いた。その瞬間、生徒たちは一斉に席を離れた。先生が何か叫んでいるが聞く耳を持っていない様子だ。


 椅子の音と子供たちの声で一気に騒がしさが増した。そんな様子に教師は困った顔を見せ、教室から出てきた。


 入れ違うように俺は教室へ入る。騒がしい生徒たちを横目に、コルクボードを確認した。見ると、俺の予想通りに座席表が貼られていた。そして窓際の列に『智瀬優』の名前を見つけた。


 これでようやく特定できる。俺は振り返って該当の席に視線を向ける。


「いた、あいつか」


 視界に映ったのはショートヘアの女の子。黒い髪に赤い髪飾りを付けている。頬杖をしながら窓の外を眺めている。どこか遠くを見つめるその姿は何だか大人びて見える。


「ゆうちゃん! これ見て!」


 と、そこに声を掛けたのは別の女子生徒。なにやら自慢気に携帯を見せつけている。


 声を掛けられた智瀬は表情を一変させ、明るい笑顔を見せた。


「わぁすごいね! 買ってもらったの?」


 さっきの大人びた表情が嘘のような、子供らしい笑顔だ。この子も何か訳ありなのかもしれない。しかし少なくとも、詩由原のようないじめは受けていない様子だ。と言うより、クラスメイトと仲が良いようだ。学校生活に問題がなさそうなのは安心した。


「それにしても小三でスマホ持ちかよ……しかも俺のより新しいし」


 智瀬は持っていないようだが、話しかけてきた女子の手に握られているのは最新のスマートフォンだ。


 最近のガキはこれが普通なのか? まぁ別にどうでもいいが。近頃の子供の事情になんか興味はない。どうぞお好きにって感じだ。俺にとって重要なのは、どうやって小三の女子をメンバーに引き入れるか、ということだ。


 小三の女の子に”一緒に異世界に行こう”、なんて言った日にはヤバい奴確定だ。そんなこと言って変質者と思われたらおしまいだ。もう話も聞いてもらえないだろう。


 しかし、じゃあ何て言えば良いんだ? いざ考えてみるとどう説得すれば良いのかわからない。


 そもそも子供と会話したことなんてほとんどない。俺にとっちゃ未知の生物だ。


 そんなガキをパーティーメンバーに引き入れるなんて、難易度高すぎるだろ。俺にとってはほとんど無理ゲーじゃないか……。

 

「どうしたもんかね……」


 楽しそうに会話する二人を見ながら、俺は軽く眩暈を覚えた。





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