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第十二話「思い」


「あたし、あと1か月で死んじゃうのよ」


 悲しい笑みを浮かべたまま、赤髪の少女は静かに言葉を返した。


「え……?」


 とっさに言葉が出て来ない。何と言えばいいのだろうか。あまりにも唐突な告白に、俺は時間が止まったように固まる。黙って彼女を見つめることしかできない。


「あたしね、14の時から病気になっちゃったの。今19だから、もう5年も前か」


 彼女は視線を窓へと向ける。


「だんだんと体が麻痺していって、最後は心臓も止まっちゃうみたい。世界中のどんな治療でも治らない病気なんだって」


 遠くを見つめる赤い髪の少女。その横顔は無理に作っているような笑顔だ。見ていて辛くなる。


 彼女は5年間もこうして病室から外を眺めていたのだろうか。たった19才で余命一か月だなんて、あんまりだろう。やりたいことも色々あるんじゃないだろうか。それなのに……。


 何か言わなければ。でも、何を言っていいのかわからない。


 こんな時に気の利いた一言さえ思いつかない自分にムカついた。


「新薬とかいうのも色々と試したんだけどね。全部だめだったの。この髪もその副作用でこんな色になっちゃってね。血の色みたいで気持ちわるいでしょ」


 彼女は長い髪を手で持ち上げて見せる。真っ赤な髪が糸のようにサラサラと落ちる。


「そんなことない。綺麗な髪だと思う……俺は」


 思わず声を上げるが、上手く言えない。無骨な言い方になってしまった。


「そう、ありがとう」


 しかし、少女は笑ってみせた。


「もう足もほとんど動かなくなっちゃってね、こうして寝てるしかないってわけ」


 どこか冗談めかして明るく言う。俺に気を使っているのだろうか。それが余計に痛ましく見える。


「そうか……」


「だから異世界に行くってのは無理。行ってみたかったけどね」


「……」


 そう言ってまた窓の外を眺める彼女。風に揺れる白いカーテンの先に、青い空と街が広がっている。この景色を見ながら、何を思っているのだろうか。


 ダメだ。言葉が思いつかない。目の前の余命一か月の少女に、俺は一体何を言えばいいんだ。


 彼女は5年間もこうして病室で寝ていたんだろう。不自由な体で苦労しながらもこうして生きている。


 それに対して俺はどうだ? 五体満足でいたって健康だ。それなのに俺は自分の命を投げ捨てようとした。


 友達がいないからと、孤独だからと、俺には気の合う人なんていないんだと思って。傷付くのを恐れて他人を避けていたのは俺自身なのに。


 そんな俺が彼女に何を言える? 俺には何も言う資格がない。

 

「あんたを見た時、ついに死神が来たのかって思ったわ」


「え?」


「だって音も無く突然現れたし。でも違ったみたいね」


 少女はこっちに視線を向けた。


「制服姿の死神なんて聞いたことないもん」


 そう言ってクスクスと小さな笑い声を上げる。


 俺は思わず自分の服装を確認する。全身真っ黒の学ラン姿。確かに死神には見えないな。いや、見方によっては死神っぽいかも?


「あなた一高?」


 制服から判断したのだろうか。


「昔はね。今は大学生さ」


「じゃあなんで制服なんか着てんの?」


 もっともな疑問だ。


「さっきも言ったけど、異世界に行くメンバーを集めていてさ。その候補に一高の人がいてね。接触するために昔の制服を引っ張り出したってわけだ」


「それで学校に入ったわけ? バレたら完全に逮捕ねあんた」


「……そん時はそん時だ」


 白い視線を向けてくる少女。俺は頬をかく。


「でも無駄足になっちゃったわね。メンバーは5人必要なんでしょ? あたしは行けないから、ゴメン」


 申し訳なさそうに謝る少女。俺はこんな子にまで気を遣わせているのか。情けない。


「いや、いいんだ。スカウトしてきた雨崎って奴に4人でも行けないかって頼んでみる。本当は君にも来てほしかったけどな」


「そう、無事に行けるといいわね」


「ああ」


 再び窓を見つめる彼女。やっぱり本当は行きたいのかな。


「そう言えば名乗ってなかったわね。私は『麗条(れいじょう) 紗璃花(さりか)』。よろしく」


「ああ、よろしく」


 と初めて名を聞いたことろで、病室のドアをノックする音が聞こえた。


「検査の時間ね。悪いけどおしゃべりはここまで。楽しかったわ」


「そうか。じゃあ、また」


 さようなら、とは言いたくなかった。


「ええ、またね」


 そう言って麗条紗璃花は笑顔を見せた。その顔を頭に焼き付けるようにして、俺はポケットのナイフを握りしめた。





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