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斎藤次目は恋をしたら死ぬ  作者: あつ
三章
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一八話 先を取る

 私、斎藤次目さいとうつぎめは綿菓子でできた玉のごとくやわらく愛らしく生まれ、物心ついたその日に父母は亡く、その愛も無く、しかしながらまっすぐに、しかしながら両親から引き継いだらしい愛らしさは影を潜めてしまいながらも、周囲の人の助けで一六の年相応以上の高潔な男子として育ち、幼馴染と結ばれ、幸せを掴んでいる。


 布団の中、身じろぎする感触で目が覚める。

 そこに同居しているれんが少し眠りづらそうであった。

 一人用の布団だものな。

 恋が意外と寝るとき動くのだなというのは10年以上の付き合いの私でもこうなって初めて知る事だった。


 斎藤次目と初恋うぶめれん

 私達は結ばれた。


 現在、いわゆる事後というものです。

 こそばゆい、恥ずかしい、誇らしい、愛おしい、そんな気持ちで心が満たされている。


 時間にして2時半。

 起きるには早いが、目が覚めてしまった。

 お手洗いでも借りようか。


 私は脱ぎ捨てた服を集め着直し、部屋を出た。



 廊下に出ると、リビングに明かりが着いているのが見えた。

 お手洗いを済ませた後で様子を伺うと、恋のお父さんが起きていた。

 娘さんと致したその後でその父と顔を合わせるというのも中々にハードルが高い。

 どうしよう、お義父さんと呼ぶべきだろうか。

 今の私は斎藤負い目である。



「どうした次目君、入っておいで。」



 悩んでいるとあちらからお呼びがかかり、行かざるを得なくなってしまった。

 私は意を決してリビングに入っていった。


「次目君もいるかい?」


 コーヒーをさしだしてくれるお義父さん。

 私はありがたく頂くこととした。



「さっきは済まなかった。いたずらに不安を煽るだけで。」

「いえ、そんな。」


 謝罪されてしまった。

 おじさんは父と母の真実を語ってくれたし、そのおかげで正体不明の暗殺者である影が母であるという確信に繋がったのだ。

 こちらが感謝しこそすれ、謝られるようなことはないのに。


 おじさんは頭をなんとなしに触っている。

 娘からハゲ呼ばわりされたのが地味に堪えているのは明らかだった。


「……あとまあ、なんだ。ああいうことはできたら書類に名前が書ける年になってからにして欲しかったが、仕方がない。信じてるよ。」


 まあ、娘の部屋で何が行われていたかはすっかりお見通しでしょう。

 そうでしょう。

 本当になんと申し開きすべきでしょうね。

 まあ、素直に応えるべきだろう。



「信頼に応えます。」


 頑張るとは言わず、言い切る。

 それが私の気持ちであった。

 おじさんは、満足そうに笑ってくれた。



「どこか遠くに家を借りるなら、私達で用立てるよ。」



 母の怨念に命を狙われるこの状況の打開。

 おじさんは、物理的な距離による避難案を検討し申し出てくれた。

 本当にありがたかった。

 検討してみたところ、『現在は』おそらく、それが有効なのだ。

 私は、心の底から感謝をおじさんに伝えた。



「でも、その前に試してみたい事があります。」


 しかしながら、それが有効ならばこそ、勝算があった。



 ◇◇◇◇



「なんで、つぎめちゃんのときだけロープじゃないんだろう。」


 寝入る前に恋がつぶやく。


 ラブラブな一時、ピロートークになんて物騒な事を言い始めるのかしらこの子は、とは思ったが、その点については私も考えていたのだ。


 母の怨念により殺された者達は、皆死因はなんであれ、首に縄の跡が残る死に方をしていたのだ。

 母と同じ死に方を求められた。

 死神のノートの心臓麻痺よろしく、首縄は母の手による死の符号であった。


 しかしながら、私に関しては一度目に殺された時は湧水路に落とされての溺死。

 二度目の殺意は刃物による刺殺の予告だ。


 それと同時に考えていたのは追跡方法だ。

 生前に行方をくらまし行き先のわからなかった斎藤慎吾さいとうしんご神田紗里かんださりを、怨念は物理的距離、位置を超えて特定し死に至らしめた。

 斎藤の血縁についても、それほど親しいわけでもなく付き合いがなくなって久しい、葬儀の連絡で住所を知ったような縁者さえも例外なく殺害した。


 そんな怨念が、私が隣町のコンビニエンスストアに移動しただけで追跡をやめて殺意の証明を自宅に刻みつけるに留めたのだ。


 夫と妹、斎藤家縁者を殺した時と今回は比べて明らかに性能差がある。

 物理的な制約を受けているのではないか?


 それならば、住所を変更し生活域を変更するだけでも追跡を絶ち切る事は可能だ。



 しかし、それならばこそ、物理的な制約を受ける相手であれば迎え撃つことも可能、という事だ。



 殺意を抱いてやってくる物理的存在を迎え撃つ、という発想も甘いのかもしれない。

 超常的な怨念だけが人を殺すわけではないのだから。

 しかしこの問題を解決するのであれば、一生逃げ回るのが嫌なのであれば、決戦するべきだ。


 その為に私はある仮説の確度を高めていく必要があった。



「おじさん、母の写真をもう一度確認してもいいですか?」



 驚いた顔をするおじさん。それもそうだろう。

「辛くないかい?」と心配してくれたことに感謝し、その上でもう一度確認したい旨を伝えた。



 写真に写る母は、笑顔だった。

 心の底から幸せそうな笑顔。

 私を抱いて、本当に幸せそうに笑っている。


 こんな人が怨念に焼かれ、人を殺めてしまっているとはなんと残酷なのだろう。

 こんな人が息子を見失い、無視しているなど、なんて悲しいのだろう。


 私は感傷に流されかけた自分を律し、仮説の検証のためじっくりと写真の中の母を見つめる。

 記憶がかき乱される感触の先にある確信を探しだし、私はそれを掴んだ。



「おじさん、一つ確認したいことがあります。」



 私は、仮説をぶつけた。

 直感から始まった、今は確信に近い仮説。



「なんでそれを。誰から?」



 仮説は証明された。



 ◇◇◇◇



 部屋に戻ると私のスマートフォン画面が点滅しており、メッセージが届いた旨を伝えていた。


 森鴎褒しんかくほまれ部長からであった。

 ちょうど届いたところだ。深夜三時。

 メッセージを確認する。


 いつもならば意外、何かあったのかと慌てる内容であった。

 しかし今はそれは想定内の出来事であった。


『あなたはこんな時間に何をしてるんです?エロ本でも買ってるんですか』

 と雑に応じると『なんで知ってるのぉ…』と帰ってきた。


 いつぞや我が家から回収した本にはまってしまったらしい。

 大丈夫だろうか?この人。



「浮気だ。」



 恋から物騒なお言葉が飛んできた。

 起きていたのか。


 何も悪いことはしていないけれど今が今で父が父だけにビクビクしてしまいます。


「違いますぅ。」


 私は無罪である事を証明するために、部長からの連絡を恋に見せる。


「え、大丈夫?何かあったの?」


 彼女もそういう反応をするだろう。

 しかしながら、仮説が証明されそれを知った私は、これが契機だと分かっていた。


「恋、これから話すことを聞いてほしい。」


 私は恋に仮説とその証拠について説明した。

 そして、これからの行動についても。



 道実にも連絡する必要があった。

 メッセージを送り、彼からの返事を待った。



 こんな時間なのに彼は、すぐに返事をくれた。

 しかし、それも当然だろう。


 彼の協力の申し出をありがたく受け取り、時間を合わせた。




 私はこれから決戦する。



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