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斎藤次目は恋をしたら死ぬ  作者: あつ
三章
16/22

一五話 斎藤次目の8月1日

 私、斎藤次目さいとうつぎめは綿菓子でできた玉のごとくやわらく愛らしく生まれ、両親の愛を一身に受けてすくすく育ったことは疑いがなく、物心ついたその日に父母は亡く、しかしながらまっすぐに、しかしながら両親から引き継いだらしい愛らしさは影を潜めてしまいながらも一六の年頃相応の男子として、今日まで生きてきて、最愛の恋人もでき、幸せは最高潮である。


 運命をある一つの面に於いては切り拓いた格好だが、問題は一切解決していなかった。

 暗殺者たる影に付きまとわれる状態は一切変わっていない。


 そしてその影の正体は謎のままだ。

 特定の人物と結ばれなかった私を殺すために動いている存在。


 まったくもって理不尽が過ぎる。

 人の恋路、頼むからほっといてくれ。



「つぎめちゃん?」


 私が考えごとをしていると、恋人のれんが心配そうに覗き込む。


 しまった、今は楽しい楽しいデート中である。

 都心にでて、恋の買い物に付き合っている。


 時は8月1日。

 快晴も快晴、32度の夏休み日和だ。


「ごめん、寝不足でしゅう。」


 それは嘘ではなかった。

 私は今日、睡眠時間をまともに取れていない。

 夏休みに夜更かしするのは学生の本分であるので致し方ない。


「大丈夫?」

「なんということはない。恋と手を繋げば大丈夫。」

「甘えん坊さんめ。」


 私と恋は手を繋ぐ。


 ああ、幸せぇ。


 私達が付き合うことになり2ヶ月。

 暮らしぶりは平穏そのものである。

 日々幸せを享受している。



 ◇◇◇◇



 付き合いだしたその次の日。

 森鴎褒しんかくほまれ部長に付き合うことを報告した日が若干大変だった。



「…………。」


 うん、がっしりと掴まれてしまった。

 彼女の前で他の女性に抱きしめられるなどとそんな。


「お離しなさい。」


 部長はいやいやいやいやする。

 これは困った。


 すると恋、


「先輩、パパ困ってますよ。ママの方においで。」


 たしなめて抱き締める。

 部長の甘えん坊スイッチが全てオン。


「ママぁ……。」


 私からあっさり離れ恋さんにしがみつく。

 若干さみしいやら残念やらに感じていたら恋に睨まれた。

 うん、不誠実な考えはバレている。

 改めましょう。


 その後、このうちの子になると言い出した部長をたしなめるのもまた、大変だった。




 部長に関してはこれで一通り丸く収まった。

 いや、彼女の中ではまだ片付かないものもあるだろう。


 しかしそれは私や恋がどうにかして良いものではない。

 部長が部長の財産として、片付けるべきものだ。



 ◇◇◇◇



 梨里りりちゃんについては、この2ヶ月会えていない。


 道実みちざねに予定の確認をとったが「途端に塾も忙しくなってきて、勉強が大変らしい」とのこと。


 夏は受験生にとって大事な時期だし、その前に話をつけておきたかったが、ずるずるとここまで引っ張りついに夏になってしまった。

 ここまできたら受験が終わるタイミングまで黙っていよう、というのが恋の意見だ。

 私も、それが適切だと思う。


 後ろめたさを感じつつも、梨里ちゃんのためでもあれば待つのは容易いことだった。



 ◇◇◇◇



「どうかな?」

「大変よろしいかと思います。胸元が。」

「助平。」



 デコピンで叱られた。


 ただいま恋さんのファッションショーが開催中。

 ちょっとお高めのお店のため、めぼしい服を試着してどれにすべきか検討している。

 何分、我々は学生のため購入できる衣類にも限りがある。

 しかし上から下までファストファッションも味気なし。

 吟味を始めて五着目だが、致し方ないのである。


 着替えている最中は女性用のお店で男子が一人借り猫のごとくポツンとお行儀よく座っているが、これも致し方ない。


 そうこうしていると恋が試着室のカーテンから手招きする。

 どうしたかな、手伝いが必要だろうか。


 カーテンの隙間からおいでおいでされるので顔を突っ込む。

 ……なんだか女性用の試着室はところどころ男子のでは見受けられないものがあるな。

 なんだろう、あとで聞いてみよう。



 そんな観察をしていると、恋の顔が近づいていて気付けばキスをしていた。


「んぅ…ふっ」


 なんということでしょう。

 こんな人もいる屋内でそんな、そんな。

 大問題である。


 何より問題なのは我々はこれが初ちゅうという奴です。



「ん、んん……」



 うわあ、唇ってこんな柔らかいんだ。

 なんとなしにもぐもぐしたり、舐めたりすると「んっ」と恋が反応する。

 なんだか、これは凄まじい事だぞ。

 口がくっついているだけというレベルの話ではない。



「はぁ………っ」


 恋さんが離れてしまった。

 名残りおしそうにどちらかの唾液が伸びている。

 うん、これはなんというか、うん。



「……ちょっと待って、言い訳考えさせてください。」


 恋が正気を取り戻し顔を真っ赤にして逸らす。

 いやそんな、言い訳不要。

 大変よろしくございました。はい。



「最初はちょっと、その、誘惑しちゃおうかなとか、思って呼んだのね。」


 ああそうなの。

 それもそれでとてもよろしいことですね。

 恋はどちらに転んでも顔が真っ赤である。



「でも、つぎめちゃんの顔が思ったより近くて、そう、我慢が効きませんでした。ずっと我慢してたから我慢できなかったの!おしまい!」



 私は間抜け面をぐいとおされて試着室から追い出された。

 そうか、我慢してたんだなあ。

 女の子って難しいなあ。



 ◇◇◇◇



 夏の日も落ちてきた頃合い。

 私達は帰路についていた。


 先程の試着室での事件以後は気まずいということもなかったが、時折思い出しては私は夢見心地でありました。

 恋に関しても同様であるようで、突然顔を真っ赤にして落ち着きを無くしながら私の顔を見てくることが何度もあった。


「つぎめちゃん。」

「ん?」

「ごめんね。」


 何を謝ることがあるのだろう?

 さっきの件ならむしろ私は有り難く頂戴した事は伝えているし伝わっているはずだ。


「私ね、もっとこう、雰囲気あるようにできなかったかなって今思っちゃった。」


 自分からしといて勝手なんだけど、と付け加え。


「初めてだからね。」


 なるほど、なるほどなあ。

 そうだろうと思っていたけど恋もやっぱり初めてでした。

 ありがとうございます。


 初めてのキスが奪うようなキスというのも、女の子としては沽券に関わる事態なのかもしれない。

 その辺りは私としても大事にしてあげたい。


 これからすることはその為のものであり、私の欲求に流された結果であるとかそういうわけではないということを言い訳しておくのである。


「じゃあ、やり直し。」


「え?ぅんっ…!?」


 私は往来でありながら、一応周りに人が居ない事を確認しつつ、恋の唇を奪った。

 しっかりと、彼女の初めてを私の意思で奪い取った。



 ◇◇◇◇



 家に帰宅してからも、私は夢見心地であった。

 夢見心地のままでいたら気付けば深夜も深夜、午前二時になっていた。


 改めて思うとすごいことをした。

 斎藤次目16歳。

 年相応の男子としては健全、かつだいぶ進んでしまっている気がする。

 これが学校世間に知られれば糾弾され夜道で殴打され殺されてもおかしくはないだろう。



 リビングで飲み物を飲んで落ち着く。

 私は今、家に一人である。


 二人でいる時間が幸せすぎるのか、いつもは気にしていなかった部屋を照らす白色灯の白が冷たく殺風景に思えた。

 音のない部屋が他人のようで、私はなんとなしにテレビをつけるが深夜番組は良くわからない。

 基本的に夜更かししない良い子であったから。


 私は今、意図的に眠っていない。

 短時間の睡眠を小刻みにとり、備えている。



 危機の襲来に備えている。



 こんな事を恋と恋人になってからずっと続けている。

 すっかり慣れた気もするし、睡眠不足がずっと解消しないままでもあった。

 夜に現れる典型的なお化けとは異なるのはわかっているが、無防備な夜に備えるのは必要とは思う。


 私の命を狙う影についての調査は一切進展がない。

 色ボケしていたからではなく、とんと手掛かりもなければあちらに動きがないからでもあった。


 いつ、命を奪いにくるのであろうか。

 どのような手を使って襲ってくるのであろう。


 押入れや家の陰から現れるのだろうか?


 それとも映画よろしくテレビから這い出てくるのだろうか?

 あのキャラクターは最近コメディ色が強いからそんなことをされたら笑ってしまいそうだ。



 緊張。



 想像が私を精神を苛み、不安が心を掻きむしる。

 テレビの音がしているはずなのに、聞こえない時がある。

 終わりの見えない緊張に私の中の何かが張り裂けそうになる。

 こんな事をいつまで続ければ良いのか――



 コトン!



 私は飛び跳ねる!


 ……シンクに水が垂れた音だ。

 すぐわかった。


 一度アクションを起こしたおかげで緊張が少しほぐれた。

 テレビの音が耳に入ってくる。

 私は息を吐いた。

 落ち着こう、こんな事では保たない。




 けたたましく鳴り出すスマートフォン。




 この深夜に着信?だれからだ?



 090-……知らない番号。



 ワン切り詐欺の類か、と思えばワン・ツーどころかたっぷりコールされている。




 嫌な予感がする。

 嫌な予感しかない。




 私は着信をとった。





『逃 げ ろ !!!!!』




 激しく命じる電話の先の声、聞き覚えがある。



 ――神だ。




 私は緊張を解放し体を緊急起動した。



 逃げる?どこへ?

 どこから!?


 考えている場合ではない。


 窓だ!


 我が家は二階であり、多少無理をすれば無理な脱出も可能だ。

 私は脇目も振らずに窓からバルコニーへ。

 そして一気に飛び出す!


 後ろから一瞬、玄関をガチャガチャと攻略する音が聞こえたような気がする。

 しかしそれを確認している場合ではない!


 私はなんとか着地に成功した。


 早く離れなければならない。

 とにかく、今は離れなければ――。



 あてもなく、目的もなく、私はただ走った。


 ――これから、こんなものと一体どう戦っていけばいい?


 そんな、途方に暮れる暇もなく、私は走っていた。



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