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斎藤次目は恋をしたら死ぬ  作者: あつ
三章
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一四話 霧中の決意

 

 私、斎藤次目さいとうつぎめは綿菓子でできた玉のごとくやわらく愛らしく生まれ、両親の愛を一身に受けてすくすく育ったことは疑いようがなく、運命を呪い恨みながらも周囲の人々の助けでまっすぐに、しかしながら生まれた頃の愛らしさは影を潜めつつ、一六の年頃相応の男子として恋人に恵まれ、今日まで生きてきた時間で最大の幸せの中にいる。


 その私が今立っているのは、白い霧で視界が埋め尽くされ地も果も無い、この世に非ざる空間である。

 非現実的という点においては見覚えがあり、しかしながらここに見覚えはない。


「呼び出された、意味は分かってるね?」


 凛とした鈴のような声。

 振り向くと、そこに在るは着物姿の女性。

 私は彼女に見覚えがある。


「お久しぶりです。死神。」

「はい。でも死神ではない。」


 私に死の運命を告げた神。

 私に影を差し向け青春そのものに影を落とした死神め。


「随分と苦労させられましたぞ畜生め。」

「知らないよ、君がリビドーたっぷりなのがよくない。あと女の子も中々に質が悪い。」

「彼女達を悪く言うな。」


 私は声に怒りをこめて神を制止する。

 彼女は若干面食らい、その後面白そうに笑い、


「まあ、本題に入ろうか。」


 本題。

 重要な問題だ。

 私はその為にここに呼び出されたのだから。



「君が選んだ娘が運命の相手か、だけど。」



 私は運命の人と恋をしなければ、死ぬ。

 目の前のこの神によってそう宣告された。

 私はこの瞬間、命を奪われるかどうか決まるのだ。


 私は、一つの決意と共に神の言葉を待つ。


 運命を定めるその言葉を――




「外れ。やり直しな。」




 ――あっさりと。


 そして残酷で、冷徹な結論が神の口からすっと吐き出された。



「………。」


「まったく、勝手に運命を感じて、勝手に相手を定めて運命に逆らうなんて、馬鹿なこと。」


 神が何かをペラペラと喋っている。


「どうした?他に選択肢はないでしょ。関係を精算して正しい相手とくっついてらっしゃい。」



 何か、不快な事をペラペラと。


 なんだ?

 こいつはなんだ?


 私の意思も皆の想いも全てを勝手な都合で否定し、やり直しを命じる。

 神がなんだというのか?


「いやだな。」

「ほへ?」


 私は明確に宣言する。


「やり直しはいやだ。やり直さない。私は初恋うぶめれんと結ばれる。」



 初恋うぶめれん

 私の大事な幼馴染、大事な恋人の名。


 その名に殉じて彼女は想いを貫き通してくれていた。

 私もそれに応えよう。



「ふうん、じゃあ死ぬの?それも悲劇的で悪くはないけど。」

「それもいやだな。断る。」

「じゃあなに?どうするのさ。」



 私はここに呼び出された時、一つ、強く決意していた。


 私は運命を疑わないが、この神と認識が合うとも思ってもいなかった。

 運命に差異がある可能性を検討し、その上で一つ。




「お前を殺してやる。」




 私、斎藤次目さいとうつぎめは綿菓子でできた玉のごとくやわらく愛らしく生まれ、両親の愛を一身に受けてすくすく育ったらしいが、物心ついたその日に父母は亡かった。

 そんな私の命は早くに亡くなった若き夫婦の遺した結晶であり、愛する息子夫婦を失った祖母が願いを込めて育てた二人の証であり、愛する恋人の想いを受けた命であった。


 安易に道楽で喪失させるなど許される事ではなく、私もその運命をたやすく受け入れてはならないのだ。



 絶対に許されない。

 神だと言うなら、神でもそんなことは許されない。



「ふう……。」


「本当に怒ると激しいね。血のなせる技か、それとも阿呆か。」


 どっちでもいい。

 できるできないの問題ではない。

 絶対に、殺してでも生きてやる。



「とりあえず言っておこう。私をたとえ殺せても結果は変わらないよ。君を『死なせてしまう』のは私ではないんだ。」



「……つまり?」


「私は君に運命の事実の告知をしているだけで、私の意志が君を殺すわけではないのよ。」



 つまり、ただの親切な人?いや神?

 そして、主犯はあの影だということ?



「ごめんなさい。」


 私は即座に素直に謝る。

 誤解と謝罪は理解に大事なプロセスである。うん。



「いや、なんか私もごめんねぇ。」


 彼女は軽くケタケタ笑いながら殺害予告した相手を許すのだ。

 神か。ああ、神だったな。


「君の不幸を避けることは私の都合でもあったんだ。その一番簡単なアプローチが、運命の相手と結ばれる事。しかしそれが叶わないなら別のアプローチが必要だ。」



 神は、私に指差しこう言うのだ。



「『影』を知りなさい。」


 影を。

 あの影を?


「『影』の望みを知れば、奇跡はあるかもしれない。」


 視界から霞む。

 霧が濃くなってきたのだ。

 意識が遠ざかる感覚、どんどん加速する感覚が私を襲う。


「危機が迫れば知らせてあげる。」


 神はバイバイとばかりに手と手に持ったケータイをフリフリ。



 えっ、ガラケー?

 持ってるんだ?古いな?



 神との別れがこんなにも厳かさとは程遠いものとは。


 私はこの白い夢の中で気を失っていった。



 ◇◇◇◇



 私が目覚めたのはいつもの寝室。


 いつもの我が家。


 今のところは、生きている。

 頬をつねり、夢も現も夢ではないことを確認する。



 ◇◇◇◇


「つぎめちゃん、おはよう。」


 恋がキッチンに立っていた。

 今日は来てくれる予定の日だったけ?


 ぼんやりとキッチンで働く恋を見つめる。


 うん、かわいい。



「なんでしょう?」

「記憶によると、今日は特に来る日じゃなかったよね?」


 私はぼんやりと記憶を探り、やはり予定外の日だったよなあと思い出す。


「バレた。」


 恋はぺろっと舌をだして笑う。


「でも、恋人になった次の日だし。」


 なるほど。

 つまりなるほど。

 恋人になった次の日記念日だ!


「確認したくてきちゃいました。いいんだよね?」


 本当に、本当にかわいい。

 何その照れて、不安そうな笑顔は。

 反則ではないか。


 私は思いきり抱き締める。


「ひゃぁあ」


 恋が突然の事に聞いたことのない間抜けな声を出す。

 なんてこった、私の恋人は間抜けでもかわいいぞ。



「大正解です。」


「良かった。」


 抱き返してくる、恋。



 ああ、絶対にだめだなあ。

 こんな幸せなものを手放してなるものか。


 絶対に生き延びる。

 絶対に、絶対に生き延びるぞ。



 あの影を乗り越えるのだ。


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