一二話 斎藤次目、選択する(前編)
私、斎藤次目は綿菓子でできた玉のごとくやわらく愛らしく生まれ、両親の愛を一身に受けてすくすく育ったことは疑いようがなく、運命を呪い恨みながらも周囲の人々の助けによってまっすぐに、しかしながら生まれた頃の愛らしさは影を潜めつつ、一六の年頃相応の男子としては健全を損ないつつも今日まで生きてきた。
先日、幼馴染の初恋に指摘された点は私の本質的な面に係る落ち度であり、全ての人に対して礼を欠くものであった。
私は恋愛が命にかかわる以上、そういう視点にならざるを得ない事情がありながらも、それは相手の心を蔑ろにする考え方であった。
誰が私の運命で、誰を選べば私は生き延びる事ができるのか?
そんな事を考えて、彼女達とのシチュエーションや状況といった側面から私が運命を感じるかどうかをどこかで検討していた。
運命である以上、状況として自然と結ばれるのだろう、私から介入しなくともたどり着くのであろう。
そうした、運命という名の状況の流れはどれだ?
それ故に彼女達の心を見ていなかった。
そして、私の心も考えていなかった。
ただ空気を読むように、私が運命に相手を選ばされることを待っていたのだ。
それを、事情は知らない恋に見透かされていた。
おそらく、他の皆もそうであろう。
「私は酷いことをしていました。」
仏壇で祖母に報告をした。
おそらく、祖母は下衆めと笑っているだろう。
改めるのだ。
命にかかわることではあるが、この選択においてはそういう論点では片付かない。
自分の心で選ぶのだ。
それが運命を拓く事と信じて。
◇◇◇◇
休み明けの教室は疲労と希望に満ちている。
休み足りない私と希望が有り余っている親友の菅原道実が対象的な顔を窓に並べている。
外から見たら枯れた向日葵と元気な向日葵がならぶ貧相な向日葵畑見えるのではないだろうか。
「次目!次目!今日遊ぼうよ!」
この男、高校生になっても小学生のような誘いぶりである。
「梨里泊めてくれたお礼もしたいし!」
大声で言うのはやめてほしい!
クラスメイトが穏やかならぬ気配を感じて何人かが振り向く。
妹を家に連れ込まれた兄のお礼参り、そんな修羅場を想像しているのであろう。
やめて!あたし何もしてないわ!
若干したようなものだけど肝心な事は何もしてないの!
「道実くん、そんな大声で言うものじゃないよ。」
恋が苦笑いしながら私達の向日葵畑に入ってくる。
雄臭い光景が一気に華やいだ。
「あ、初もありがとう!ごはんおいしかったって!」
更に穏やかではない。
教室の注目がより我々に集まってしまった。
二人同時か、と不躾な発言が聞こえてくる。
失礼な、状況としては三人同時だ。
私はもっと質がわるいのだ。
「…どういたしまして。」
あ、若干怒ってる。
恋にしては珍しい顔だった。
「道実、部活のあと行くよ。」
だから黙っておくんなまし。
承諾をとりつけた親友は満足そうに微笑んだ。
◇◇◇◇
今日の部長は大人しかった。
というか、若干そわそわしていた。
「今日は恥ずかしいことしない?」
「恥ずかしいことになったのは自主的じゃないですか。」
「……はぅ。」
先日の衆目の前で気をやったショックからまだ立ち直りきってはいないらしい。
しかしながら、このやり取りさえすこし悦びに感じているような面持ちをしている。
少々、問題のある関係性になってしまったようだ。
反省しましょう。
「最近は小説書いてないんですか?」
「書いてるよ。」
「どんなのです?」
部長は面食らった顔をした。
美人さんが不意を付かれた表情というのはギャップがとてもかわいらしく思う。
「斎藤から私について聞かれるの、初めてかも。」
「そうですか?」
「そうよ、斎藤はいつも私から喋ってばかりだったよ。」
私が甘えてばかりだったからかもしれないけど、と付け加え
「嬉しいな。」
とても綺麗な顔を赤く、かわいらしくして笑うのだ。
私はこれまで彼女に対して求められるまま応えていただけで、私から何かを求めた事はない気がする。
それは、彼女を能動的に知ろうとせず、ただあちらから求め、与えられるものだけを受け止めていただけなのだ。
私はそれを改め、自ら彼女達を知らなくてはいけない。
知った上で、選ばなくてはいけない。
そうして、私は『ネアンデルタール人が悪役令嬢に転生したらホモサピエンスに攻められて』というコンセプトの小説の話を部活の間中聞いていた。
少し、後悔はした。
◇◇◇◇
「ご馳走様でした。」
部活後は菅原家に遊びに行き、今日もまた夕飯のご相伴に預かった。
菅原家のご両親はニコニコとしている。
つい先日大事な娘さんを自宅に泊めていた男だというのに。
「本当に大きくなったね次目くん。」
「そればかりが取り柄です。」
本当に、体ばかり大きくなったがまだわかっていないことだらけです。
「そろそろ、君に話しておかなきゃいけないかもしれない。」
菅原のおじさんが神妙な顔をする。
え、なんでしょう。
……どう考えても、梨里ちゃんとの関係性に釘を刺されるあたりしか心当たりがない。
すみません、本当にすみません!
はっきりします!改めます!!
「まだ早いわよ、やめてよ」
おばさんが抑止する。
「しかし」
「初さんと相談してから」
初の家と相談?
「私の父母に関するようなことですか?」
「いや、いいんだ。わたしもすこし急いていた。
君がもう少し大人になったら話そう。」
切り上げられてしまった。
気にはなるが、私がまた子供で、それを知るには時期尚早ということだろう。
これはおじさん、おばさんの思いやりだ。
ありがたく受けとめて、私は道実と連れ立ってリビングを後にした。
部屋に戻る途中、お風呂から上がった梨里ちゃんにであった。
トレードマークのツインテールはさすがに下ろしている。
――何処かで見ただろうか?
既視感がある。
なにか、似ている。
しかしながら、誰に似ているのか、結びついてこない。
想定しない、記憶の何処かの誰かに似ているのだ。
彼女が髪を下ろしているのを見るのは初めてではない。
しかし、今日は何故だか記憶を掻き乱されるのだ。
「どうかしましたか?」
「いや、ごめんなさい。風呂上がり姿にぼんやりしてしまいました。」
嘘ではない。
「助平さん。」
ぺしっと、顔を叩かれた。
しかしながら梨里ちゃんはしてやったりという顔である。
さすがは『次目くんを落とせるシチュエーションコンテスト』勝者であった。
「ほんと、兄の前で堂々口説くとはやるなあ、次目」
本当に申し訳ありません。
「むしろ兄さんが気を遣って姿をくらましてください。」
「やだ!俺も次目と遊びたい!仲間はずれにしないで!」
抱きつかないでくれ、親友。
君の筋肉は痛いんだ。
「梨里ちゃんも後で一緒に遊ぼう。」
梨里ちゃんはキョトンとしている。
「いいんですか?」
彼女はなんやかんやで遠慮してきた。
私と道実が遊んでいるときは昔から邪魔をしないように、わがままを言わないように離れていた。
それが兄妹の友達としては普通のことだろう。
「うん。」
しかし、私は知りたかった。
彼ら兄妹の普段の姿を。
普段の、梨里ちゃんの姿を。
「わかりました、後で行きますね。」
そう応えて梨里ちゃんは、無邪気に楽しみにしてくれていた。
「そっか!梨里も筋トレする?」
「「しない。」」
遠慮していたのは兄妹だからというより、この兄の遊びについていけないというのもあったのかもしれないが、そんなことも、私はあまり気づいていなかったのだ。
皆のことを知っていこう。
もっと自分から、彼女達を見据えていくのだ。