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斎藤次目は恋をしたら死ぬ  作者: あつ
二章
12/22

一一話 抜き打ち監査会(後編)

 

 私、斎藤次目さいとうつぎめは絶体絶命であった。

 16年の人生における総括と遺す言葉を考えていたが特にこれと言ってなく、筋トレのメニューをなんとか記した後で、もう少し人生豊かにできたのではないかと悔んでいる。


『次目くんを落とせるシチュエーションコンテスト』。


 私にとっては断頭台ギロチンにも等しいイベントが今開催されている。

 正直なところ、かわいらしい女子三人にそんな事を競ってもらえるなど光栄極まる事態であるし過激なアプローチが含まれるとなっては私の中の男子心の高まりも留まる所を知らない。


 しかしながら男子を昇りつめた私に待つのは運命的な避けられぬ死である。

 私を落とした相手が神の定めた運命の人でなければ恋に落ちた私はそのまま命も落とす。

 こうした事態をモテ男よろしくやれやれと言いながら愉しむ余裕などなく、私は情けない顔を隠しながら生存ラインを探ることに必死であった。



 ◇◇◇◇



 私は指定された通り座布団の上に座して待っていた。


 自宅なのに借りてきたように大人しくしている私。

 審査員の梨里りりちゃん、れんが家主の様に私を観察。


『次目くんを落とせるシチュエーションコンテスト』エントリーナンバー2は森鴎褒しんかくほまれ部長である。


 部長は、私にこうして座って待機することを命じて何処かへ行った。

 もしかして放置プレイだろうか?

 それがビンビン来るタイプと認識されているのだろうか?


 ――されてみると、ちょっとだけ良いかもしれない。


 そんな自分の新しい側面に気付かされていると、部長が戻ってきた。

 手に本を持っている。


「開始します。」


 部長の宣言とともに審査員の二人はノートを広げストップウォッチを開始する。

 何を評価しているのか。

 競技のルールがよく分からない。

 落とされる対象である私にその辺り一切伝わっていないのは問題ではないだろうか。


「斎藤、脚広げて。あぐら。で、もうちょいこう。」


 部長の指示通りに姿勢を整える。


 完成した脚の隙間に部長がすぽっと収納されにくる。

 ちょっと大きめだが私も体格は大きいので収めることができた。

 おすわりだっこの完成である。


 さらさらストレートのきれいな髪とシャンプーの香りが鼻をくすぐる。

 部長の小さな背中が私の胸に預けられ、暖かいやら儚いやらでドギマギする。

 しかも部長の立派な胸の膨らみを上から覗き込む格好となり、服の隙間から見える谷が豊かさを視覚に刻み込んでくる。


「ご本、読んで。」


 そこに部長の追い打ち。

 こんなに大人っぽいスタイルなのにとことん甘えん坊のこの部長である。

 綺麗な顔が拗ねたように口を尖らして、ねえねえとおねだり。

 私は抗えるわけがなかった。


「どれ、何か読みたいの?」


 私はすっかりパパ気分。

 かわいい娘に読み聞かせ。

 コミックXEROZ8月号。



「エロ本やないか!!!」



 パパはすっかり目が覚める。


「やっ!これ読んで!」

「いーや、これがいい!」

「ねえねえ斎藤!こーれっ!」


 この部長、趣旨を履き違えてるのかそれとも見失っているのか。

 完全に自分の欲求を満たしに来ていた。

 ………………それならば、こちらも応じてやろう。


「『おい、こんなに見られてるのに恥ずかしくないのか』」


「んゃっ!」


 耳元でささやく。

 指定する前から望みのページを当てられた驚きと喜びに震える部長。

 昨日何度も往復して見てた奴でしょう。知ってます。

 この間読み聞かせしたときもこんなのだったし。


「『そら、見ろよ。みんな見てるぜ。』」

「ぁあ……ぃゃ……ちがぅう………………」


 審査員の二人の方を見て完全に世界に入りきる部長。

 そういえば実際、今は人の目があったんだった。

 ルール上違反があるか議論しているようだが、今のところは継続らしい。


 改めて言っておきますと、今回も私は朗読だけをしていて部長に一切手を触れてはいません。ご安心ください。

 しかしながら、この度の朗読は完全にエロ本なので、教育上よろしくなかったり放送上好ましくなかったりする表現もあり、ここで事細かにその台詞を記すのは避けよう。



 私の言葉一つ一つにビクビクンと震えながら息を荒くする部長。


「もっと、優しく読んでょぅ。」


 と言うので、より臨場感たっぷりに、耳元で囁く。

 頭をなでなで。かわいがるように。

 より反応が強くなる。

 なんだか楽しくなってしまう。


 正直なところ、こうしたことをしている私がいうのもなんだが、具体的な場所に触れてなければいいという問題ではないのではないだろうか?

 そもそも人前でやることではない気がする。

 審査員の二人も顔を真っ赤にして様子をうかがっている。


 終盤に差し掛かり、部長の表情が完全に視線を失ってきたとこで、流石に不味いのかしらと審査員の二人が立ち上がる。


「『もう我慢しなくていいんだよ』」


 最後の台詞をきちんと読み切る私。


「〜〜〜〜っ!!」


 声にならない声を上げて伸び切ったあと、動かなくなる部長。

 ぐったりとして動かない。



 沈黙が訪れた。

 重く、刺さるような沈黙だった。



 審査員の二人が無表情で私を見下ろしている。

 いやあ、そうですね。


「手は、触れては、いません。」


 まさに超常現象ではないだろうか。うん。


「「アウト!!」」


 私がルール違反として断罪された。



 ◇◇◇◇



『次目くんを落とせるシチュエーションコンテスト』。


 ラストエントリーは恋さんである。

 私がルール違反として断罪されたことによりコンテストは中止になるかと思ったがそんなことはないらしい。

 部長が気を取り戻し、人前でやらかしてしまった羞恥を思い出しもう一度気を失い、そこから目が覚めた後再開された。


 私は食卓に着かされる。

 一体何が起きるのか。


 期待と警戒に身を固めた私の前に展開されたのは

 ごはん、肉じゃが、アジの塩焼き、小松菜のおひたし、お味噌汁……。


 和の家庭食のフルコースがそこにあった。

 そういえば、ちょうど夕飯時である。

 エプロンを付けた恋さんが「召し上がれ」。


 ありがとうございます、いただきます。

 うん、美味しいです。


 おふくろの味は知らないが、あるとしたらきっとこの味なのでしょう。

 ああ、これが恋のシチュエーション。

 穏やかな家庭というものか。

 審査員から「紳士協定に反する!」「条約違反!」との声が上がっていて胃袋を掴む事は反則であったらしい事を知る。


 恋がぺろっと舌を出して苦笑い。

 うん、とてもずるかわいい。


 すっかり食べ終わって、ご馳走様。

 恋がお粗末様でした、と片付けてくれる。

 こうして平和にシチュエーションは終わりを迎えた。



 あれ?

 おしまい?



 いや、良いのだが。

 命を落とすリスクなく美味しく終わったので良いのであるが。

 いつもの恋さんなら、このタイミングでちらりと見えるスカートやら隙間やら、そういう仕込み刀でぶすりとやってくるものだと。

 片付けてくれている恋をじっと見つめる。

 視線に気がついた恋が、手で小さくバッテンを作り「ないない」と言う。


 今日は、ないらしい。

 ちえっ。


 安心した、それとともにちょっと、いや、だいぶ残念。

 それが素直な感想であり、同時に違和感も覚えていた。



 ◇◇◇◇



『次目くんを落とせるシチュエーションコンテスト』。


 全ての演目が終わり、コンテストであるので勝者を選出することとなった。

 選出は私に一任された。

 今回の勝者として、彼女達三人から一人が選ばれる。



 私が、誰か一人を選ぶということだ。


 それはそこまでの意味でなくとも、選ばなければならないということだ。

 その事に気づき、私はふと、恋の方を見た。


 恋は、にっこり笑って手で小さくバッテンを作った。



 ――そういう事か。



 この子は私を見通していた。

 だから、こんなよくわからない行事を催したのだ。

 だから、自分はあんな中途半端なアピールだったのだ。



 意図を汲み取った私は、意を決して選択する。



「梨里ちゃんの勝利です。」



 わっ!と湧き立つ梨里ちゃん。


「ぐっと来ましたか?」

「反則だけどね。」

「みんな反則だもん。」


 いやー、と照れる梨里ちゃん。


 対して、あーあ、と笑いながらも曇った顔をしている部長。

 気持ちが伝わってくる。

 本当に、すみません。


「私は何がだめだったの?斎藤。」

「部長、自分の欲求優先したじゃないですか。」


 思い出し、顔を真っ赤にする部長。

 また倒れてしまいそうなのでそこで切り上げた。


 恋の方を見る。

 選ばれなかった彼女はまだニコニコと笑っていた。



 ◇◇◇◇



 その日も女子は泊まっていくことになった。

 打ち上げパジャマパーティらしい。


 秘密の花園、女子サミット。

 男子禁制、たち入るべからず。


 私は家主なのに寝室から追い出されリビングに寝ていた。寂しいなあ。

 今日は随分なことがあったからあの影の夢を見るだろうか。


 ……怖いなあ。


 そう思い眠れずにいる深夜、誰かがリビングを通りバルコニーに出る気配があった。


「恋。」


 追うと、パジャマ姿の恋の姿があった。

 うん、女子のパジャマ姿はなんでこんなにかわいいのやら。


「寂しくさせてごめんね。」

「混ざるわけにもいくまいて。」


 そんな事をしたら本格的に死の運命が稼働しそうだ。


「聞いていいだろうか。」

「どうぞ。」


「私に誰かを選ぶことの重さを思い知らせるために、こんな事を催したのだね。」


 そういう事なのだろう。


「そして、選びやすい恋を選択肢から除外する事でその重みから私を逃さないようにした。」


 私と恋の付き合いの長さは全員の知る所であるし、全員恋の事を一定の敬意(バブみ含む)を抱いている。

 ああいった場で選ばれて全員が「仕方ない」と納得がいき傷がつかない無難な選択肢。

 それがあの場における恋だった。


 事実、私はそうするつもりだったのだ。

 全員のバランスを考えて、その結論は早い段階から出していた。

 それを見抜かれて、恋に封じられてしまった。


 結果、私は無難ではない明確な『勝者』として梨里ちゃんを、『敗者』として部長と恋を定める事をする羽目になった。

 あの時の部長の一瞬の表情、形の綺麗な口が悔しさに歪むその瞬間は私の目に焼き付いている。

 これが、いつか私が三人のうち二人、場合によっては全員にさせる表情なのだ。

 その重さから私が逃げ出すことは許されない。


「部長さんのフォローはしてるからね。」



 安心してね、と笑顔をくれる恋。

 本当にできた子だ。

 私が及ばない所に気付き、私の視野をそこに拡げてくれる。

 昔からそんな気遣いをしてもらい、私は真っ当に育つ事ができた。


「でも、それは半分だよ。」

「なるほど、まだ半分。」


 私はまだ及ばない所があるらしい。



「――わたしを『無難』になんて選ばせないんだから。」



 真剣な顔。

 見たことのない、恋の表情。


 いつも笑顔で優しく私を許してきた恋の顔。

 それが、今は真剣な一人の女の子の顔だった。


「他の誰を傷つける結果になっても、わたしがいい。わたしが欲しい。そんな気持ちで選ばれたい。」


「場を丸く収める選択肢だなんて、絶対に許さない。」


 一人の女の子の、真剣な願いだった。


 また私は及んでいなかった。

 こんな近くにいる女の子の誇りにも気づいていなかったのだ。


「失礼いたしました。」


 私は頭を下げて謝罪する。

 本当に、申し訳ない。


「いいえ、お願いします。」


 そう応えお辞儀をし、返ってきた恋の表情は満面の笑顔だった。


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