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斎藤次目は恋をしたら死ぬ  作者: あつ
二章
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九話 抜き打ち監査会(前編)

 

 私、斎藤次目さいとうつぎめは綿菓子でできた玉のごとくやわらく愛らしく、喜びとともに生まれ、両親の愛を一身に受けてすくすく育ったのは疑いようがなかった。

 愛と共に与えられた「次目つぎめ」という名は二番手という意味でも遅れを取るという意味でもなく、『一つ先を見通す目を持て』という願いがあるとの事だ。


慎吾しんごさん)


 そのような私を、名を間違えて呼ぶ声がある。


 私はそんな面白みのない名前ではない。

 誰だそれは。

 あ、父の名であった。


(慎吾さん、また裏切るの?)


 裏切りとはなんだろうか?

 父は誰かを騙し、裏切り、傷付けたのか?


 しかしながら、人違いである。

 瓜二つながらも私の濁った双眸は父の希望に満ちた瞳達とはだいぶ異なった印象でしょう?

 何かは知らないがその責はあの世の父にお願いします。


(慎吾さん、また裏切るの?)


 だから違います。

 あなたはどちらですか?


 私は振り向いた。



 そこには、あの日、あの時、私の命を奪ったあの影が居た。



(また裏切るの?)


 そうか。

 また、裏切ってしまうのか、私は。



 ◇◇◇◇



 最悪の寝覚めだ。


 いや、夢で良かったのか。

 目覚めた幸運に感謝しよう。

 私はまだゲームオーバーではないようだ。


 あの影の夢を見たのも、近頃ずいぶんと女性陣との関わり方について油断していたからであろうか。

 この所三人とは随分な事をしてきたような気がするしその都度にアウトかセーフかを考える事もしなくなってきていた。

 本能の罪悪感、危機感が弛んだ私を警告してくれたのだろう。


 気を引き締めよ、斎藤次目。

 己が運命を切り開け。

 真摯に、真剣に、運命の人を見つけ出すのだ。


 顔を叩いて喝を入れる。

 小気味よい音と刺激ともにみすぼらしい顔が少しは締まってくれたような気がした。



「おはよう、つぎめちゃん。」

「おはようございます、れん。」


 リビングに向かうと、幼馴染の恋が朝ごはんを支度してくれている。

 彼女には本当に世話になっている。

 毎日ではないにせよ、折に触れてはこうして朝早くから様子と食生活のケアをしてくれるのだ。



「ママ、お腹空いた。」



 そこに、挨拶もできないほまれ先輩が顔を出す。

 当然のように要求している。



「ああ!手伝います。」



 お寝坊さんながらも頑張り屋さんの梨里りりちゃんが慌てながらとててと小さな歩幅で私の後ろからキッチンへかけていく。



 私は頭を抱えていた。

 この状況、悪夢のひとつやふたつで済んで幸いである。


 油断、気の緩み、そんな言葉では生温い。

 いつ影に憑り殺されてもおかしくはない。

 今更気合を入れても手遅れなのではないだろうか。


 彼女達、三人は昨日から我が家に泊まり込んでいる。



 ◇◇◇◇



 言い訳をしよう。


 当たり前だが、私が「この休みはうちに来なよ子猫ちゃんたち」などと誘い込んだわけでもないし、私がそんな男だとしたらそんな誘いに乗る女性達ではない。

 彼女達が彼女達だけで合議の上、結論として「連休は斎藤家に襲撃である。」と決定し、その金曜日の夜に押しかけてきたのである。

 トラトラトラの傍受に失敗した私はこの奇襲にされるがままであった。

 疎開する暇もない。


「ごめんね。」


 まるで悪びれた様子なく恋がウィンクして笑顔。

 私の防衛戦力は一瞬にして無効化された。

 毎度この恋の女の子なところにしてやられる。


「何を目的としているかだけ教えて下さい。」


 もうどうとでもなるがいい。

 ただせめて死因になるかもしれないから理由だけは教えて欲しい。

 女子達はニコニコとしながら元気に応えてくれた。



「「抜き打ち監査!」」



 ◇◇◇◇



 四人で囲む食卓。

 ごはんは恋の得意なフレンチトーストのいちごのせ。

 朝早くから事細かに女子力が高い。

 男の子には若干おかずが足りないがそれは贅沢というものであろう。


 ―――そうか、この卓は四人掛けだったのか。


 いつもより人が多いとそんなことに気付かされる。

 しかも、同世代の憎からぬ女子三人で埋まっているのだ。

 にぎやかやら、華やかやらで寂しい朝を重ねていた身としては正直嬉しさを感じる。


「それでは早速ですが、昨晩の監査の中間報告をいたしましゅ。」


 梨里ちゃんはもぐもぐしながら難しい言葉を朗読する。

 こら、ちゃんと飲み込みなさい、お行儀悪い。


「とりあえず発見しました重要資産はこちらです。」



 ―――おかずが足りないなんて言ってごめんなさい。


 私の私的な夜のおかずが食卓に打ち上げられた。



 そうか、なるほど。

 私の寝室を梨里ちゃんが占拠していたのはこういうことでしたか。

 かわいらしいフレンチトーストの横に明らかに似つかわしくない肌色率が高い表紙が設置。

 台無しそのものである。


「ぅゎぁ・・・なるほど・・・」


 フレンチトーストを咀嚼しながらパラ見する褒部長。

 やめて!かわいいご飯が台無しでしょう!?


「つぎめちゃん、これだいぶ前からなかった?古いんじゃない?」


 なんで知ってんの!?

 その通りです!

 最新号は別の場所にあります!


「なるほど、まだまだ探る余地はあるということですね。」


 梨里ちゃんがエロ本をおかずにフレンチトーストを完食すると腰を上げ、寝室に向かう。


 待ちなさい!

 お皿片付けてないでしょ!!


「お皿私がやっておくから。がんばってね。」

「はい!ママ!」


 ママ!やめてマーマ!!


 監査というのはこういうことか。

 とどのつまりはエロ本回収ですか。


「お母さんにエロ本見つかる体験、できてよかったねつぎめちゃん」


 恋が、優しい笑顔で微笑んでくれる。

 そんなこと、体験したくなかった!!!


 随分と静かにしているなと部長を見れば、私の美麗コミックをずっと確認しており、同じページ間を往復していた。


 堪能されてしまっている。

 本当に恥ずかしい。


 ………部長が往復してるあの絵柄は無理矢理迫る教師の話だったかな?



「ママ!見つけました!」

「あ!それ私も知らないやつ!確認しましょう!」


 お待ちになって!

 本当に、お待ちになって!!


 かわいらしい女子三人が揃い、目の前で私のエロ本をじっくりと回し読みしている。

 今、尊厳が崩れていく音を私は確かに聞いていた。


「楽しみにしててくださいね、次目くん。」


 何をですか?

 梨里ちゃんが最新号片手に笑顔で言うのだ。

 やめて、そんなかわいいお顔に私のコミックを並べないで。

 悲しくなっちゃう。



 今、私はまさに灰となっていた。


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