異世界召喚ノススメ
王国首脳部は困っていた。
周辺国家が騒々しい上、果ては魔族国で新たな魔王が現れたらしい。
おまけに物価は上がり税収は落ち込み、貴族たちは領民を奴隷に売ってなんとかしのいでいる有様だ。
このままでは遠からず、貴族たちの生活は破綻する。
その共通認識のみを接点として、普段はいがみ合う無数の派閥の貴族が一同に会したのだ。
多すぎて収集が着かなく、まるで意味はなかったが。
そこで各派閥の長が代表として会議を開き、それでも人数と意見が多すぎたので、結局王国首脳部に丸投げしたのだ。
ただし自分たちの権益に関する根回しは継続して。
よって着地点なき不毛の論争は意見と思考の砂漠を生み、叫びまくった口内と(つかみ合いで)掻き毟られた毛髪は枯れ切っていた。
このままでは遠からず、王国首脳部の権威は地に落ちる。
既に色々落ちてはいるけど、こればかりは維持せねばと思うも、いざ口を開けば…という事態である。
が、これを打開する手段が魔法研究所よりもたらされた。
異世界人召喚術である。
文字通り、異世界から人間を召喚する魔法である。
魔王やら周辺諸国やらへの戦力をこれにて喚び出せばよいのだ。
ちょうど都合よく、異世界人限定の一方的強制隷属化魔法や翻訳魔法もセットで開発された。
王国貴族たちは早速貴族院議会に於いて、異世界人の人権を剥奪する法案を全会一致で可決した。
正確には、異世界人召喚魔法陣から喚び出されるものは人間であると証明できない限り、人間とは認められないという内容である。
確かに、いかに姿形が似ていても、それだけで人間と認めることは難しい。
ましてや亜人や魔族がいる世界である。
人間とは何かという哲学や学問が……なかった。
貴族が幅を利かせる封建社会なので。
奴隷制度や貴族位があることからもわかるように、一応人権というものがこの世界にも存在するのだ。
もっとも今まで成立した法律を全部読むと、何故か正気度が激減するような不可解な内容ではあるが。
時代時代に合わせて都合よく付け足していったので、矛盾は当たり前の解読不能文章である。法律なのに。
まぁ裁判官に必要な技能は、都合よく法律の条文を『うっかり』忘れることなので、今までに問題になったことはない。
ひどい話である。
こうして下準備を終えた王国貴族たちは、競ってこぞって異世界人の召喚を始めたのだ。
ちなみに王族は、貴族院議会で可決された大量の法案に署名する日々を終えて長期休暇に入っていた。
周辺事態への対処はどうしたという話はない。それより腱鞘炎の方が心配だ。
なにしろ貴族院議会で可決される法案というのは、まずありえない。
冒頭で記述したように、纏まるほうが皆無な仲の悪さなのだから。
……よく王国として纏まっているなぁと思えば、王族の有能さが…わかる、かも。
署名した紙の数は、王族の名誉のために沈黙させていただく。
ちなみに王族直轄地は王国中心部がほとんどであり、まずは周辺国に接する貴族たちが戦力を整えなければいけないのだ。
それに異世界人召喚術が危なかったら嫌なので、実験台代わりにしようという目論見もあった。
安全で戦力になるのなら、それこそ貴族たちとは比べ物にならないほどの財物と宮廷魔術師を使って、一気に大量召喚してしまえばいいのだ。
だてに碌でもない貴族たちの上に君臨しているのではないのだ。
悪辣さでいえばって自慢できるようなことでもないのだが。
とある貴族の地下室。
そこにはそれなりに貴重な触媒を用いて作られた魔法陣が描かれており、お抱え魔術師によって儀式が執り行われた。
召喚光が収まると、そこには黒目黒髪の美少女と見事な化粧の金髪美女がくったりと横たわっていた。
「おおっ、おおっ、ぶひひひひひひひひひ」
好色で知られる貴族は、それはもう飛び上がらんばかりに喜んだ。
…実際に髪の毛数本ほどの高さを飛んだのだが、体重量爆撃により地下室が結構沈んだので、差し引きでめりこんだと見るべきであろうか。
「おっと、いけないぶひひ」
今の衝撃で美女と美少女が目を覚まさないことに胸をなでおろし、早速隷属化の魔法をかける。
もちろんご主人様は、貴族本人である。
これにより、奴隷は主人の命令に逆らえず、嘘をつけず、怠慢遅滞行動を取ることも許されない。
それからは、もう当然のごとく、お楽しみタイムである。貴族本人限定の。
無論その前に貴族は色々質問したのだが、何一つまともな答えは返ってこなかった。
「ぶひひひひ。お嬢ちゃんたちの名前はなーんていうのかなぁ」
「えっと、すみません。おぼえていません」
「てゆーか、ここどこだし」
「ぶひっ、では、どこから来たのかな」
「あの、それもおぼえていません」
「はぁ? って、あれ? そういやどこにいたっけ?」
(著者注釈:「ここは誰、私はどこ?」水準の知能と見受けられます)
「ぶふむぅ。そっか、おぼえてないなら答えられないか」
(魔術師減給だぶひぃ)
「うっすらと、本当はこんな姿じゃない気がするのですが…」
「あぁん? あたしはいつもどおりの美人じゃん。マジナニイッテンの?!」
「じゃあ、お楽しみタイムだぶひぃ」
「えっ…(さーっと顔から血の気が引く)」
「うっわ、マジ最悪。えーと、なんか10枚もらっても、マジ勘弁」
「ぶふひぃ。不敬罪だぶひぃ。でも可愛いから恩赦で、ぶひぃのことをだいだいだいすきになるぶひぃ」
「えっ…はい、ご主人様。だいだいだいすきです」
「はぁー?ーぁぁぁああん、ご主人様ぁん。大好きですぅ」
「ぶっぶっぶひぃー。この魔法セット、最高だぶひぃ。じゃぁ
(著者注釈:原典の汚損により、数ページに渡り判読不能です。よだれが激しく飛び交ったのでしょうね)
「おおっ、黒髪ちゃんは、初めてだぶひぃねぇ
(著者注釈:原典の汚損により、数百ページに渡り判読不能です。汁が激しく飛び交ったのでしょうね)
「はぁはぁ。初めてだったにもかかわらず、凄いぶひぃ。しかも男ゴコロをわかりきった反応が凄いぶひぃ。黒髪ちゃんは魔性だぶひぃ」
「さて次は染め金髪ちゃんだぶひぃ。おおっ、反応がいいぶひぃ。ちょうどいいぶひぃ。ぶひぃは疲れているから、お前が頑張るぶひぃ」
(著者注釈:原典の汚損により、数ページに渡り判読不能です。ヨダレが激しく飛び交ったのでしょうね)
「なんという魔窟だぶひぃ。ぶひぃを上回る経験とはおそれいったぶひぃ
(著者注釈:原典の汚損により、数十ページに渡り判読不能です。汁が激しく飛び交ったのでしょうね)
「ぶひぃぃぃぃぃぃ。凄い貪欲だぶひぃ。きょ、今日はここまでだぶひぃ」
よろよろと、骨と皮だけになった…訂正、骨とたるんで余って垂れ下がった皮だけになった貴族がよろよろと寝室を後にしました。
そのまま食堂でいつもの5倍は摂食すると、ようやくひとごこち付き、体型も元に戻りました。
そこへお抱え魔術師が声を掛けます。
「あの、その、お楽しみだったようですね」
「なんだぶひぃ。そんな当たり前のことを聞くとは、やっぱりお前は…」
「ちょ、ちょっとお待ち下さい。これは本来、戦力となるものを喚び出す目的だったはずです。お楽しみを続けるならば、対策を取るべきかと」
「確かにそうぶひね。よし、任せるぶひ。うまい言い訳を考えついたら、減給は取り消しにしてやるぶひぃ」
そう言うと補給の済んだ貴族は、追撃戦を行いに寝室へと果敢に突撃を敢行しました。
「え、げ、減給?! な、なんで…」
なんかやる気をなくしたお抱え魔術師は、残った触媒を使って追加召喚を行うと、奴隷を連れてさっさと逃げ出してしまいました。
貴族は怒って指名手配を掛け、連れ去った奴隷を奪還するよう命じました。
なにせ最初の奴隷だけでも最高だというのに、連れて逃げられた奴隷も揃えば、まさに地上の天国かと思えたからです。
もっとも連れ去られた奴隷は戻ってきませんでした。
そりゃ賞金がかかっているわけでもないし、誰もが独占したくなるような奴隷でしたからね。
貴族は憤慨したものの、最初の2人の奴隷に癒やされ、いつしか体を貪ることしか考えなくなりました。
さて、異世界人の召喚が始まって10年。
王国の治安は乱れに乱れました。
なにせあちこちに絶世の美女やら美少女やら、一部美幼女がいるのですから。
というのも、何故か異世界人召喚魔法陣からは、一定年齢以下の美しい、または綺麗な女性しか召喚されなかったからです。
戦闘能力はありませんでしたが、そんなことに好色貴族たちが拘ることはありませんでした。
政務を忘れ、寝室にこもる日々。
結婚生活が破綻して実家に帰っても父兄弟らの碌でもない姿を見るしか無い婦人・令嬢たち。
しかも良妻賢母と育てられたので、夫の代わりに政務を執ることなどできようはずもありません。
もっとも愛想がさっさと尽きたので、貴金属を慰謝料代わりに纏めて持って行き、身分を捨てて外国で大商家と再婚したりと、結構たくましく生きていますが。
しかし治安の乱れは、それが1割の原因としか言えないような理由があったのです。
それは異世界人の彼女たちは主人には絶対服従の上、その権利は譲渡出来るだけでなく、殺して奪うことも出来たのですから。
男たちは血で血を洗う争いを繰り返し、仮に独占しても快楽に溺れてあっさり強殺されることになりました。
異世界人でない女たちは見向きもされなくなり、労働奴隷として他国に売り渡されることになりました。
他国の奴隷商人は、かなりの美女・美少女でも未使用品、しかも性奴隷ではなく労働奴隷として入荷する事態に戦慄したそうです。
そして貴族たちが女奴隷を売ったカネで召喚用の触媒を買いあさり、すごい勢いで帰国するのを呆気にとられながら見送りました。
さらに王国全土のみに謎の病気が発生し、瞬く間に蔓延しました。
異世界人の女たちは発病しないことから迷信も広まり、生き血を飲んだり生け贄に捧げられたりもしました。
この頃には男はかなり数を減らし、喚び続けていた異世界人がかなりの数になっていたこともあります。
その中でランク付けやらお気に入りやらスクールカーストっぽいものができるのですから、男も異世界人女も業が深いというものです。
もっとも良いこともありました。
王国のあまりの惨状に、周辺国も魔王も決して手を出さず、それどころか協力して隔離結界を張りました。
ここに人類と魔族は、初めて共同で偉業を成し遂げたのです。
まぁ安全が確保された途端、元の殺し合いを再開しましたけどね。
そんな滅びに向かう王国の魔法研究所。
その最奥で、1人の魔法研究者が嗤っていました。
「はっはっはっ、やったやった、やってやったぞ。僕が世界を救ったんだ」
その部屋には、召喚魔法陣の原型がありました。
普及させたものとは違い、圧縮も複層化も行われていない、解読力次第で読み取れる魔法陣です。
それは異世界より召喚する人物を特定し、変化させるものでした。
異世界の記憶を消去し、空いた部分に翻訳魔法を焼き付ける箇所。
経験豊富な女性を召喚し、余命を使って規定年齢まで若返らせ、ついでに美形にする箇所。
社会適応性が低いか、異世界に行きたい男性を召喚し、余命を使って規定年齢まで若返らせ、ついでに美形にする箇所。
性病持ちの男女を召喚し、同上の処置を取る箇所。
誰にも知らされることなかった、悪意ある箇所が満載です。
「これで僕の世界は、心清らかなる童帝・処女は守られるんだ。なんて素晴らしい世界なんだ!!!!」
あーはっはっはと高笑いを上げると、異世界渡航魔法を唱え、召喚元の異世界に渡りました。
途端、研究所の魔法陣がとてつもなく輝きました。
世界最高水準の威力を発揮します。
輝きが収まった時、そこには1人の美女がほけっとへたりこんでいました。
「あれ? ボク…私、なんでこんなところにいるんだろう。なんだか見覚えのあるような部屋だけど…うーん…?」
魔法陣がとても威力を発揮したのか、今まで異世界人が感じたことのない感覚もあります。
「ううー、かゆいよう、がまんできないよう…」
ボリボリと股間を掻きむしりながら、短い余命が尽きるのを待つことになりました。
(おしまい)