第十四話:戸惑い
冒険者一行の見送りを済ませ、店内に戻ったマシューは穴蔵トロル対策に構築されていたバリケードの撤去を行っていた。
鋼管と継手を組み合わせたバリケードを電動ドライバーで解体し、積み上げられた鉄パイプをロープでまとめ、継手はプラスチック製の折りたたみボックスに放り込む。
カートに部材を積み上げ倉庫に運ぶが、一回では運びきれず三往復を必要とした。
撤去が完了し、元通りガランとした店内を見てレイアウトについて考えたのだが、明らかに店舗の営業形態に対してスペースが広すぎる。
倉庫も在庫を貯めこむわけでもない、よって店舗の半分を倉庫として残り半分で営業したって十分な広さがある。
倉庫の代わりに工作室を配置してもいいだろう、などと考えていたところで店内を地震のような揺れが襲った。
店内設備の拡張の時も揺れはしたが、せいぜいトラックが通過するときの振動程度のものだった。
しかし今回の揺れは明らかに質が違う。
震度四ほどの揺れは三十秒程で収まり、同時にタブレットが通知音を発した。
タブレットを操作し、通知を確認する。
”ソレイラントとの空間接続解消に伴い、出入口をロックしました”
”商品メニューが更新されました”
”一時的変更状態の施設は通常状態に復帰しました”
入口に向かい、ドアに手をかけるが微動だにしない。
タブレットの通知に出ていたソレイラントとは彼らの使っていた言語名であり、地域名でもある。
すなわち、彼の地からは切り離され、恐らくは亜空間の中に隔離され、孤立したということだ。
その場に立ち尽くし、歯噛みする。
再度あの場所に接続されないかぎり、彼らと再び会うことはないのだ。
この商店のオーナーが――会ったことすらないのだから居るのかすら定かではないが――彼の地での商売は終了と判断し、接続を切り離したのだろう。
「くそっ」
ドアを殴りつけるが、コンクリートの壁を殴ったかのように微塵も揺らぐことはない。
こうなることは予測はしていた、しかし確証もなく、内心ではまた彼らが来店してくることを期待していた。
なぜこのタイミングなのか、彼らが再び訪れれば大量に買い物をしてくれるのは間違いないのだ。
彼らに売りたくないものがあるならリストに載せなければいいだけの話であり、レシピなどに関してはわざわざ用意したものであるはずだ。
計画があるのであれば事前に説明しておいてくれれば心構えもできる、あまりにもこれは理不尽だ。
収まらない気持ちを切り替えるためにドアに一発蹴りを入れ、食堂へと向かう。
ソファに身を投げ出し大きく息を吐くが、動悸は収まらず腸が煮えくり返るように熱い。
冷蔵庫からビールを取り出し一気に飲み干すが、熱さは一向に解消されることはない。
収納されていたビールを全てとハムを一塊取り出し、包装を引き裂いて丸齧りしながらキッチンにより掛かる。
無言でビールを飲み、ハムを齧っていた。
しばらくして煙草が吸いたくなり、ドアに向かいかけたが、表に通じるドアは閉鎖されている事を思い出す。
屋内で吸わなかったのは習慣によるものであり、この場において明示されたルールではなく自主的に行っていたことである。
この亜空間商店を用意し、自分を閉じ込めロクな説明すらよこさず、僅かなヒントはタブレットからもたらされるものだけというコミュ症なオーナーらしき存在に対し、こちらが遠慮するのはバカバカしい、そう考えその場で煙草に火をつけた。
◆
それから数日の間はビールと煙草を消費しながらダラダラと過ごしていたのだが、なんら状況に変化はない。
気分的にはストライキを起こしているようなつもりではあるのだが、オーナーからコンタクトを取ってくるということもなく、一貫して沈黙を貫いている。
そうなると下らないことから真面目なことまでいろいろと考える。
下らない方はネットで見た創作の中で、ダンジョンの管理者にはポンコツな案内人がついていた、それはこういう停滞を引き起こさないためだったのか、だとすればここのオーナーよりもよほど親切だ、等。
実際、この状態は後どれだけ続くのかがわからないのだ、会話する相手もなく自分はどこまで正気を保っていられるだろうか。
真面目な方は、なぜあのタイミングで切り離されたのか。
考えた結果、一つの仮説にたどり着いた。
彼らがこの亜空間商店を訪れなかった場合、撤退するかの判断に迷いながらも日暮れ前に廃坑にたどり着いていたであろう。
となれば言い訳にはなる程度に廃坑を調査し、近辺でキャンプを張り一泊してから帰還するという判断になる。
しかし廃坑内には穴蔵トロルがおり、中で遭遇してその場を無事切り抜けたとしても日が落ちていればそのまま追撃される。
調査中に遭遇しなかったとしても、キャンプを襲われる可能性は高い。
しかも最も頼りになるアキーノスが負傷し、武器を失っている可能性もある。
全滅という状況が想定され、その確率はどうこねくり回しても跳ね上がってゆく。
その悲劇を回避するために来店をお膳立てした、ということであれば、彼らが店から離れ帰還の途につき、穴蔵トロルの行動半径から離れた時点で目的は達成となる。
その結果、接続を解消したという事であれば納得は行かないまでも理解はできる。
合っているかはともかくとして、自分の中で腑に落ちる仮説を立てることができた。
そして数日を自堕落に過ごしたことで怒りもある程度収まり、仕方ないと諦め、気分転換がてら放置していた作業を再開することにした。
まず着手したのは店内の改装である。
倉庫を店舗内に移設し、店舗の奥半分は倉庫になった。
それに伴いドアの位置は中央寄りに変更され、倉庫のドアと共にカウンターで仕切る。
残ったスペースに棚を設置し、剣や槍、鎧を着せたトルソなどを並べる。
武器については手にとっても振り回りたりはできない程度にワイヤーで繋いである。
ただ置いただけでは入ってきた客がその武器を手に取りこちらに向けてこないとも限らない。
カウンターの一部をショーケースにし、ナイフなどの道具類を並べ、その上には携行食やスナックを幾つか置いておく。
ひとまず武器屋兼雑貨屋としての体裁は整ったであろうか。
次に着手したのは設備全体のレイアウト見直しである。
食堂と風呂の間に廊下をはさみ、従来の廊下に対してTの字に伸ばし、その廊下の先に客が利用することがあまり無いであろう施設を移動、ドアで区切って以下のようになった。
変更前
食堂 風呂 宿泊室 個室 倉庫 ジム
店舗 ガレージ 工作室 シューティングレンジ
変更後
個室 工作室
ジム シューティングレンジ
食堂 風呂 宿泊室
店舗 ガレージ
レイアウト変更後の各部屋を確認し、設置から今まで目にすることがなかったトレーニングジムに立ち入ることもできた。
ルームランナーにウェイトトレーニング用のベンチ、鉄アレイやダンベルのラックとサンドバッグが設置され、半分ほどのスペースはダンススタジオのような一面の鏡の張られたストレッチ用のスペースになっていた。
しかしまだ出番は来ない、アルコールの抜けた明日以降に日の目を見るはずである。
そう自分に言い聞かせ、トレーニングルームのドアを閉めた。