第八話:内と外
朝を迎え、寝過ごすこともなく目覚めることが出来たのだが、朝食として用意したきのこと野沢菜のパスタは六名の胃袋にすべて収まったため、俺は朝食を食いっぱぐれている。
「行ってきますね、夕飯も楽しみです」
ソントくんの元気な挨拶を筆頭に各自色々言いながらも、彼らの本来の目的地である廃坑に冒険者一行は出発した。
自分がもっと図太い人間であれば彼らについて行ってみるという選択肢もあったのだろうが、昨日の今日でこの商店を離れる勇気は持てなかった。
かわりに無事を祈ることに留め、彼らが戻ってきた時に出迎えられるようにしよう。
まずは俺の朝飯だ、考えた結果、麻婆丼と餃子に決定、ライスは昨日彼らにサンプルとしてみせたが、満腹だったゆえに開けられなかったものがあったため、それで済ませる。
次に昨日やり残していたことはないか、または彼らが戻ってくるまでにやっておいたほうが良さそうなことはないか考えてみる。
そういえば洗面台がしょぼいままだったな、もうちょっといいのにしてしまおうか。
タブレットの施設メニューから洗面のグレードアップを行おうと思ったのだが、追加できる機器がいくつかあるのに気づいた。
小型冷蔵庫にマッサージチェア、体重計に身長計、銭湯か。
当然浴室も集団で入れるサイズや、挙句には男女別にまで拡張できるが、そんなに大量の客をさばく想定をしたくない。
浴室は現状維持として小型冷蔵庫と二人が座れるサイズのソファーを追加するに留める。
次は表に喫煙所としてベンチと屋根でも設置してみようか、何か設置しておけば店としての存在感が上がりそうだし、ということで調べてみたものの、施設メニューには当然ながらドアの外が含まれない。
商品リストにもDIYレベルの屋根付きポーチのようなものを作るキットはなく、キャンプ用品の中にあったタープテントで代用し、そこにベンチと灰皿を置くことにした。
タープの設置は一人で作業することから悪戦苦闘を覚悟していたのだが、拍子抜けするほどあっさりと十分ほどで終了。
その分骨組みは細めで強風には耐えられなさそうではあるものの、目的としては十分すぎる出来である。
後は改装された練習場も見ておこう、中を確認しないまま統合されたトレーニングジムがどういう扱いなのかも気になるし。
拡張前の廊下の突き当りにあるドアを開け、中に入る。
人工芝が敷き詰められた、フットサルコート二面分くらいの広さがあり、右側のスペースが弓の射場、左側は開けた空間になっており壁際に近接戦闘の練習に使うであろう人の背丈くらいの杭が数本立てられているといった具合。
どうやらトレーニングジムはこの広さを実現するついでに取り込まれただけのようである、なんという不憫。
ものは試しである、早速いくつか試すことにして、弓とショートソードをタブレットから購入。
弓を試してみたが、やはりなかなか的まで届かない、アーチェリーやってみた時はもうちょいまともに飛んでた気がするんだけどなぁ、等と二時間ほどの試行錯誤の末、なんとか的の近辺まで矢が届くようになったが、久しく使っていない筋肉を使ったせいで腕も背中の筋肉も悲鳴を上げている。
コレでは剣を試すどころではないし、ちょうど昼も近いので休憩にしよう。
料理する気にもならないので冷凍ピザをオーブンに放り込み、焼けるまでの間は表で一服。
鳥の丸焼きが出来そうなオーブンがキッチンにあることに気づいた時から思っていた「あ、これならでかいピザ焼ける」その思いを今ここに実現するのだ。
焼き上がったピザを持って再度表に。
ベンチを動かし、昨日まで腰掛けていた岩をテーブル代わりにしてアウトドアでピザを食う。
ビールを持ってきたい誘惑に駆られるが、まだ昼である。
日暮れには彼らも戻ってくるのだから、あまりだらけたことをやっていては商売人として失格だろうと己の欲求を説き伏せる。
まだ昼だし一本位なら大丈夫だって、と必死に説得を試みる己の欲望ではあるのだが、客が矢継ぎ早に来るわけでもなく、三泊で契約した彼らが去れば当分は暇なのだ、その時こそ怠惰な生活を楽しめばいい、そういう結論に至る。
ピザも平らげ、空いた皿をカゴに放り込んでベンチに仰向けに横たわる。
目に映るのは青い空に白い雲、のどかで平和な空気に釣られ、まぶたも下がってきた。
一瞬このままちょっと昼寝をしたくもなったのだが、流石に無防備すぎるし下手にぐっすり寝てしまった場合、夕飯の仕込みなしで彼らを迎えることになる、それはよろしくない。
先ほど拡張したばかりの洗面で顔を洗う。
改装前は小さな水受けと蛇口に小さな鏡という徹底的に割りきった最低限のものだったが、改修の結果頭も洗えるシャワーヘッド型の蛇口がついた小綺麗なものになったため、風呂場全体の雰囲気に馴染むようになってくれた。
リフレッシュ出来たので、夕飯の仕込み作業に取り掛かる。
唐揚げ用の鶏肉を漬け込み、米の準備も万端である、量は昨日よりは少なめにしたが、カレーほど米が大量に食われることはあるまい。
一段落したので例のごとく表に出ると、日はやや傾向き始めていたが、日暮れまではまだ余裕が有るだろう。
などと考えながら煙草をふかしていると遠くから声がする。
目をやると遠くではあるがソントくん一行が手を振りながら戻ってくる。
こちらも手を高く上げて答え、彼らをの到着を待つ。
「なんとか無事に戻れました」
「怪我とかは大丈夫だった?」
「軽い怪我はありましたけど、ミアーナがいますから」
そういえば回復魔法あるんだもんな。
「まあとりあえず中に戻ろうか」
今の俺なら往復だけで座り込みたくなるだろう。
食堂に入ると小柄な三名は荷物をおいてソファーの方に体を投げ出し、残りの三名はテーブルに着く。
水を出してやると、案の定スパンドが酒を要求して来たのだが、今飲むと夜の分は有料になるぞとボーマーに言われ悩み始める。
「今日は順調だったのか?ちょっと早めに戻ってきたように思えるけど」
葛藤しているスパンドを横目にアキーノスに聞いてみる。
「スライムに不意を突かれてしまって僕の弓がダメになってしまったんです、坑道内で弓を使うことはあまり無いので続行しても良かったんですが、予定していた範囲は見ていたので切り上げました」
アメーバのようなドロッとしたスライムが天井の死角に潜んでいて、最後尾のアキーノスに降りかかって来たのだそうだ。
ギリギリで気づき弓で叩き落とすことに成功したおかげで、手の皮をほんの少し溶かされたもののミアーナの治療で完治している。
しかし体にまとわり付かれてしまった場合は引き剥がすのに手間取るとそのまま溶かされるか窒息死、引き剥がす方法は松明を押し付ける等の火攻め一択で助かっても死ぬよりはまし、という怪我を負うので、かなり危なかったそうである。
「後から調べたけども、天然の罠になっていたからまず気付かないなぁ、用心に越したこたぁないけど、そうそうあるパターンでもない、なもんで気にしすぎてもダメってとこだ」
なるほど、設置された罠でそうなったのなら今後も気をつけないといけないが、偶然の積み重ねでできた罠が幾つも存在するとは考えにくいから過剰に警戒すると時間を失う。
スライムは本能で動く生き物なので、今回のように前衛をスルーして最後尾を狙うような知恵はなく、最後尾以外に同じように降りかかろうとすれば後ろが気づくので対応が間に合うということらしい。
「昨日お借りしたライトですけど、すごく便利で本当に助かりました」
常時使うのではなく、基本はマトルの魔法で周囲を照らし、気になる場所をフラッシュライトで照らす、といった具合にうまく使いこなしてくれたようで、アキーノスのピンチを救ったのも振り返ったソントくんが照らしたおかげだったという。
このままプレゼントしてしまおうかとも思ったが、バッテリーの問題がある。
多めにバッテリーを渡すにしても、使いきった電池の処理はこちらでやらないと環境破壊である。
充電不要の亜空間バッテリーとかないかなぁ、と思いつつタブレットで調べるが、当然ヒットせず。
そういやマトルがトイレからインスピレーションを得て魔法で再現できないかと考えていたな、ちょっと聞いてみよう。
「確かにそのライトだと一カ所を照らしたりできるから便利だったわね、コップの中で光らせれば似た感じになるかしら」
早速実践しているが、ライトほどではないにしてもある程度収束して照らせるようだ。
「意外と使えるんじゃないか、それ」
「そうね、知り合いに魔法道具を研究してる人がいるから戻ったら話してみるけど、多分ここに来たがるわね」
確かにそうだろうなぁ、うちの商品や店の設備は武器に制限が入っているとはいえ、保存食だけでもこの世界の常識が変わる。
「ただ、次に君たちがここに来たとしても、店が移転してる可能性もあるんだよな」
一同の動きが止まり、沈黙が場を支配した。