姉×俺×妹=ちょっと姉妹と付き合ってみた。
プロローグみたいなやつ。
……続きは未定。
「もう……ダメ……睦月く~ん ♡ スキスキ~ ♡」
朝目を覚ますと、目の前は肌色だった。
「きゃあ~睦月くんだ~睦月くん~スキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキ~ ♡」
顔全体が柔らかなぽよよんとした感触に包まれている。……何なんだこの柔らかい物体は。
朦朧とした意識の中、俺は顔全体を包み込んでいる物体に触れてみる。
ぽよよん。
「あんっ」
その物体はただ単純に柔らかいだけではない。弾性と軟性を兼ね備えており、この世の物体とは思えないほどの感触。未知との境遇。
未だかつて味わったことの無い最高級寝具のような心地よさに訳も分からぬまま、身を委ねる。
そっか……これは夢なんだ。だからこんなに気持ちいいのか……。
最高級枕に顔をこする。
すりすり。
「やんっ」
最高級寝具は庶民のモノとはレベルが違うらしく、自分が身を委ねるたびに感嘆の声が漏れ聞こえてくる。……何か新しい機能なんだろうか……。でも、気持ちいいから別に……いっか。
再び俺の意識は深い闇の中へ――――
「――――って、いい加減気が付きなさい、このバカ兄さん!」
「うごぉ!」
後頭部に何かが当たる。
何も分からないまま顔を上げると床には英和辞典。
どうやらこれが当たったらしい。
後頭部を押さえながらベッドから飛び起きると、部屋の入り口近くにふーっふーっと大きく肩で息を繰り返しているロングヘアがとてもよく似合う妹・卯月の姿が。凛としたいつもの端正な顔はそこにはなく、あるのは修羅の顔。
その手には国語辞典。
「あと姉さんもです!」
「あーん……。睦月くんー、もっともっとぐべぇっ!?」
放物線を描くことなく国語辞典が謎の人物にヒット。
涙目で人中を押さえている謎の人物は、
「えーん! いーたーいー、いーたーいーの」
子供みたいに泣きじゃくり始めた。
頭の中が疑問符でいっぱいになる。
「な、なんで卯月が……」
困惑していると卯月が顎で『いいからはよ見ろ』とベッドの上でアヒル座りをしてわんわんと泣いている謎の人物を指す。
年甲斐もなく泣いている人物は卯月に負けず劣らずのロングヘアーで妹よりも少しだけ長い。明らかに年上ではあるがどこか妹よりも幼く見え、泣いてはいるが不快感のようなものはない。恐らくその声が透き通るように綺麗な声だったからだろう。
…………って。
「お姉ちゃん!」
ぐすりと鼻を鳴らしてから、
「はい……お姉ちゃんですよ」
姉・弥生は答えた。
◇
「お姉ちゃんいつ帰ってきたの?」
「ん? ついさっきだよ。あ、ねーねー睦月くん。ご飯粒がほっぺたについちゃった。とってん ♡」
「え、あ、うん」
言われるまま弥生の頬についたご飯粒を取ろうとして指を伸ばす。
「だーめ」
「え」
「口で」
「え?」
「く、ち、で」
ほんわかと笑う弥生の顔面に鮭フレークの瓶がクリーンヒット。
投げた犯人はもちろん卯月。
「な、何するの卯月ちゃん! 瓶は人に投げちゃダメなんだよ」
「自分で取りなさい。というか自分でほっぺたにくっつけておいて人に取らせるとか姉さんはいつまで子供気分なんですか!」
「一生」
「そこで胸を張らないでください!」
「若々しくいる秘訣は子供の心を忘れないことなんだよ」
「姉さんの場合は子供というより赤ん坊です!」
「ぶーぶー、卯月ちゃんおばちゃんー」
卯月は食卓の上にあったフォークを顔の前で構える。
「私の特技はダーツです。二〇のトリプル……いっておきますか?」
卯月がフォークを構えると流石の弥生も萎縮して自分のほっぺたについたご飯粒を抓んでから口へ。
「よろしい」
カチャっと卯月はフォークを下ろす。
本気だった……。本気と書いてマジと読むレベルで本気だった。
「まったく留学しても姉さんは変わりませんね」
呆れながらそう言う卯月。
しかしそこで俺は疑問符が頭の上に浮かぶ。
「でもお姉ちゃんが帰ってくる日って今日だったっけ?」
「む」
俺の言葉に卯月が眉間をぴくりと動かす。
「確かに言われてみればそうです。こんな時期に帰ってくるなんて話聞いていませんでしたし」
卯月はキッと弥生に向き直す。
「どういうことなんですか、姉さん!」
「んお? あいんおおおおんむおんもんお」
「食べてから話しなさい。待ちますから」
弥生は小さく頷いてからリスみたいになっている口をひたすら動かす。
「もぐもぐ」
「…………」
「もぐもぐ」
「…………」
「もぐもぐ」
「…………」
「もぐもぐ」
「…………」
「もぐもぐ」
「…………」
「もぐもぐ」
「…………」
「もぐもぐ」
「…………」
「長い! 人が待つといったらこれですか! 少しは遠慮しなさい!!」
「わーん! 怒らないで卯月ちゃん。おかわりください!」
「人の話聞いてましたかっ!!」
むんずと差し出されたお茶碗を受け取ると卯月は立ち上がって台所へ。
何だかんだと言っておかわりをちゃんと持ってくる卯月は偉い子。
……まぁ、食べ終わらないと話が進みそうにないと思ったんだろうけど。
台所から戻ってきた卯月の手には茶碗一杯に盛られた白米ともう片方の手に握られたフォーク。
「さあ、話せばこれをあげますから。あとこれ……分かりますよね?」
ゴゴゴゴゴゴゴ――
卯月の背景にそんな文字が見える。話さなければそれは死を意味する。
流石に妹が本気で言っていることが伝わったのか、弥生は小さく首を垂れる。
そして、
ぴた。
何故か俺にくっつく。
頬と頬。
腕とおっぱい。
色々。
――何というか、色々。
「なななななななななななな」
慌てているのは俺だけではない。
「何をしているんですかっ!」
大きくフォークを振りかぶる卯月。
そんな卯月の様子など気にした様子一つ見せず、
「ムツキニウム」
そう言う。
「「はい?」」
俺と卯月は同時に声を漏らし、同時に首を傾げる。
弥生は俺の首元で深呼吸。
息がうなじに当たってくすぐったい。
シュパ!
俺の首と弥生の間に出来た僅かな隙間に卯月が投げたフォークが通り抜けた。フォークの矛の先が家の壁に突き刺さる。
「ち、ちちちちちち近いですっ!! じゃなくて、何をしているんですか何を! 兄さんも鼻の下を伸ばさない!」
何故か俺まで怒られた。
「んもう、何? 卯月ちゃんもムツキニウムが足りないの? だったら一緒にぎゅーってしよ。ぎゅーって」
「そ、そもそも何なんですかムツキニウムって。そんな物質この地球上に存在しませんよ」
「えー! もしかして卯月ちゃんムツキニウムを知らないの」
「知りませんそんなえせ物質!」
「仕方ないなー、卯月ちゃんは。じゃあ教えてあげるね。ムツキニウムっていうのは睦月くんから発せられる癒しオーラ。これは疲れたお姉ちゃんの体を心の底から癒してくれるんだよー」
むぎゅう。
「――――――はうっ!?」
力が入って腕にとてつもない感触が走る。
「は、離れなさい! 兄さんも姉さんを振りほどくとか努力しなさい!」
「い、いや……結構力が強くて」
「男でしょう!」
慌てふためく俺と卯月を差し置いて、弥生はぎゅっと俺の腕にしがみついたまま離れようとしない。今度はフォークが通るような隙間一つないので卯月はフォークを投げることが出来ない。
「っていうか、今その話は関係ないでしょう! 何だってこんな早く帰ってきた理由を言いなさい!」
「……私、病気なの。……不治の病」
「「え?」」
病という単語が聞こえ、二人は固まる。元気そうに見える弥生からそんな言葉が出てくるとは思わなかったのだ。
「病気って……どういうことですか?」
神妙な面持ちで卯月が訊ねる。
「お姉ちゃん……」
俺もそれに続く。
その空気に観念したのか、弥生もまた目を伏せる。
そして、
「ムツキニウム欠乏症」
そう言った。
聞き覚えのない病気だった。
………………というか、何?
「…………はい?」
同じ事を卯月も思ったのか神妙な顔つきは何処かに消え失せ、弥生に詰め寄る。
「…………姉さん。病気って……癌とかじゃ……」
「ううん。ムツキニウム欠乏症」
どうやら聞き間違いではなかったらしい。
「それってどんな病気なの?」
「……これは発症すると死に陥る病気で……留学中にね、お姉ちゃん……それにかかっちゃったの」
「欠乏症ってことは……」
「うん。お姉ちゃん、どうにもムツキニウムが切れちゃった」
むぎゅう。
「はわぁっ!?」
俺と弥生の顔面に飛んでくる英和と和英辞典のセット。
「ぐべっ!」
「どぎゃっ!」
床に崩れ落ちる俺と弥生。
見上げるとそこには修羅が。
「ふーっ、ふーっ……私の辞典コンボは一〇八まであります」
両手には辞典よりも分厚い電話帳が。
死ぬ。それは、死ぬ。
「な、何を訳の分からないことを言っているんですか! そんな架空の。姉さんの中だけの設定の病気、知りませんよっ! まさか、そんな道理の通らない理由だけで……」
「てへっ♪ 恥ずかしながら帰ってきちゃった」
「ほ、本当に恥ずかしい……」
顔を真っ赤にして卯月は電話帳で顔を隠す。
そんな卯月に対し俺は深くため息。
「ほら姉さん。兄さんもこんなに呆れています。悪いことは言いません。今すぐ頭を下げて留学先に戻ってください」
「えー」
「えー、じゃありません。姉さんはもっと自覚してください。姉さんは大人なんです」
「……睦月くん」
しょんぼりする弥生を見て、思わずその頭に手を乗せた。
「ごめんごめん。別に呆れていた訳じゃないんだ。ほっとしたって言うか……嬉しかったんだ」
「うれしい……?」
「うん。お姉ちゃんが病気なんかじゃなくて、本当によかったよ」
「睦月くん…… ♡ 睦月くん!」
弥生は辛抱たまらないという感じで俺を押し倒して、そのまま馬乗りに。
優しく包み込むように、頬に弥生の手が当たる。
弥生のその表情は俺と卯月の知っている子供っぽい顔とは違っていて、どこか大人びて見えた。そのせいもあってか、卯月は手に持った電話帳を投げつけることも忘れて、二人の情景を眺めた。
そしてそのまま顔を俺に近づける。
三〇センチ。
二〇センチ。
一〇センチ――。
顔はどんどん近づいていく。息と息が交錯。
「……お姉ちゃん?」
顔をギリギリまで近づけて、
「睦月くん……好き」
そう耳元で囁く。
いつもと同じ言葉。でもいつもと違う口調。
「ずっと好きだった。睦月くんが生まれた時からずっと……ずっと好きだった。睦月くんは……私のこと……好き? ね。付き合おう。結婚しよ」
「な、何言ってるんですか姉さん! 私たち兄妹なんですよ!」
ようやく現実に戻ってきたのか、卯月が猛抗議。
そんな卯月の言葉に弥生は視線を俺に落としたまま、
「ホームステイ先のダディが言ってた。『自由を愛せ。愛することは自由。むしろフリーダム!』って。だから弟でも愛しても構わないとお姉ちゃんは思うの。お姉ちゃんだけど愛さえあれば関係ないと思うの」
言う。
「そ、そんなわけないですっ」
「本当にそう? 卯月ちゃん」
「えっ?」
見たこともないような弥生の表情に卯月はたじろぐ。
「睦月くんって……可愛いだけじゃなくてかっこいいと思わない?」
「きゅ、急に何を言い出すんですか……っ。べ、別に私はそんなこと思ってません……よ」
「私もね。睦月くんは可愛い弟だってずっと思ってた。……でもこんな私を心配してくれて、頭を優しく撫でてくれて、ずっと睦月くんから離れた生活を送ってて、こうしてもう一度睦月くんに出逢って。再認識した。……私は、睦月くんのことが好き。卯月ちゃんはどうなの?」
「わ、……私は……別に兄さんのこと、なんて……」
「……ふーん」
「そ、それに……私は妹で……兄さんは兄さんで……」
「卯月ちゃんさぁ……」
「な、何ですか……」
「……そうやっていつまで自分の気持ち、誤魔化すの?」
「――――――――っ」
「睦月くんに彼女が出来てもいいの? 私は嫌。絶対に嫌。……だって好きなんだもん。ただ血が繋がっているだけで恋人になることも結婚して夫婦になることも諦めるなんて、嫌」
「…………でも」
「法律が許さないって言うなら私はこの国を出てでも、睦月くんと一緒になる。兄妹で結婚した例なんていくらでもあるよ。……卯月ちゃんは諦めてるだけ。無理だって、――決め付けてるだけだよ」
「………………」
「……どう思ってるの卯月ちゃん。睦月くんのこと」
「…………………………………………………………………………………………………………うぅ」
「きしし。顔真っ赤っか。もう答え出てるじゃないの」
「う、うるさいです!」
卯月が投げた電話帳は弥生には命中せず。
卯月は色々な羞恥を誤魔化すために小さく唇を噛む。
にっこりと笑ってから弥生は視線を卯月から俺へ。
「ね。こんなに私たち……睦月くんのことが好きなんだよ。……睦月くんは……私たちのこと……好き?」
もう一度向き直ってから俺を見つめる弥生。
その顔に熱を帯びる。
「…………好き、は好きだと思う。けど……やっぱり兄妹だから」
「……そっか」
言葉に弥生はしばし逡巡してから、拍手を打つ。
「…………本当、睦月くんと卯月ちゃんはザ日本人って感じよね。……じゃあこうしよう。私たち全員両思いだと思うの。だから、ちょっと付き合ってみない?」
「「え?」」
同時に漏れる困惑の声。
「そういうとこは仲がいいんだから。……別に難しいことじゃないよ。好き同士が付き合う。普通のことでしょ?」
「それは……他人だったらの話じゃないですか。……私たちは……その……兄妹……です」
「だから……その考えを改めさせるために、付き合うの。別に……特に問題なんかないって。すぐに分かるから。だいじょーぶだいじょうぶ。怖くない怖くない」
俺と卯月は横目で視線を逢わせる。
きっと心の中で思ったことは同じはず。
((大丈夫なのかなぁ……?))
「きしし……。楽しくなりそぉ……」
悪戯っぽく笑う弥生を見て同時にため息。
そんなこんなで、俺・愛澤睦月は姉・愛澤弥生と妹・愛澤卯月と暴走お姉ちゃん――略して暴姉の思いつきで、ちょっと付き合うことになった。
何となく思いついた設定を半日で綴った作品。
こんなラブコメが書きたい……。
続きが見たいなーとか思ってくださった方はぜひ感想を。作者の原動力になります。
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