携帯端末
ぴこーんぴこーん
レトロな電子音が響く。
真っ暗な画面にソナーのような円が広がっていく。
『よし、いけるぞ!』
耳に刺さる、高い声がこだましていた。
音のした方へと視線をやると、子どもが数人ディスプレイの前で熱気をあげていた。
『ああ、ダメだ!!』
ディスプレイに一番近い子どもが嘆息を漏らす。
何やってんだよ下手くそ、とまた別の声がした。
もう少し寝ていたかったが、ベンチから腰を上げる。
ディスプレイには爆発四散した戦闘機とGAMEOVERの文字。
懐かしさについつい目を奪われてしまった。俺が子どもの頃に流行ったテレビゲームのタイトルだ。
シンプルなシューティングゲームで、ヌルゲーかと思いきや、四面から一気にハードルが上がる。
子どもの頃に五面をクリアした友人は一躍クラスの人気者になっていた。
『今度はおれの番な!』
別の子どもがひったくるようにコントローラーを構える。
「いいなぁ……」
心からの声が漏れた。
あの頃は小さなゲーム一つで心躍ったものだ。
発売から十年以上経ったゲームに躍起になる子どもが心底羨ましい。
ゲームは何もかも忘れて集中しないと、ゲームじゃないって。
『ああ、四面難しすぎだって!』
交代した子どもが速攻で残機数をゼロにしていた。
ピリリリリ――
ほぼ同時にポケットに入れていた端末が悲鳴を上げる。
「こちらは四面どころではないな」
端末の画面にはLOSTの文字が表示されている。
これで何機目だ?
四十を超えたあたりからは数えるのをやめた。
『すぐに慣れるさ』
俺をこの世界に巻き込んだ先輩の言葉を思い出す。
何度やってもまったく慣れる気がしなし。
――自分が死ぬ姿を見るのは、全くもって慣れはしない。
「ああ、子どもの頃に戻りたい」
舌打ちしながら、端末をリセットする。
画面にはLOADの文字と、複数のファイルが並んでいる。
「じゃあ、一つ前の記録を復元しよう」
覚醒したばかりであったが、再度俺の意識は闇に途切れる。
「お、戻ってきたか?と、今度は近接スタイルか……」
先輩がライフルを連射しながら、顔だけをこちらに向けている。
銃弾が放物線を描きながら、二足歩行のやたらマッシブな牛へと吸い込まれていく。
いつものことながら、幾何学模様が目に痛い。
「設定三、各効果カット」
俺はいつもの通り、余計な情報を遮断してミッションへ専念することを試みる。
設定が通れば、やたらマッシブだった牛も、できの悪いポリゴンのようなカクカクの姿へ変わっていた。
……いや、実際にポリゴンだけど。
ゲームは好きだったけど、ゲームそのものになってしまうとは夢にも思わなかった。
このゼロとイチだけで構成されてる世界が本物だって言われて信じられる?
信じたくなかったけど、こうしている間にも世界のどこかが削れていっている。
情報が多すぎるのだ。
「お前、さっさと突っ込めよ!」
先輩はクリアレッドのボディにバカみたいな大きな方針を換装し直す。
あれで援護しているというのだ。
「さっき死んだばかりなのにな……」
文句をいいながらも、俺は皮むき器をバカでかくしたような近接武器をアクティブにした。
『ヴォモオオオオオオ――』
ペラペラの牛だっていうのに、切りかかった瞬間、俺の左足を持っていきやがった。
痛みの情報もカットしているから、無問題。
でもよだれ垂らしながら俺の脚をむさぼる牛、マジ怖い。
死んでもロードできるけど、死ぬ感覚は消えないぜ?
お給金がよくなかったら、絶っっっ対に引き受けなかった。
「よいしょっ」
一つ引いてはガキのため――
牛の薄皮をペロっとめくる。
子どもが生まれちまうから、稼がないといけないのよねぇ。
仮想現実とか言ってたけど、実はこの電子世界が本当なんだってさ。
俺が子どもの時にゲームしてた記憶も、この世界から送られた電子信号だとか先輩いうの。
何それ、俺学生時代にそういう映画みたよ?
仮想現実に支えられたこの世界に耐えられなくなった、頭のいい人が平和な世界夢見て俺らの現実世界を出力し始めたんだってさ。
現実逃避に現実つくっちゃうとか、そいつ頭のいいバカじゃね?
とりあえず、牛が暴れると、現実だと誤認してた世界にラグが起こる。
もういっちょいっとくか。
『ヴォモオオオオオオ――』
怒ったの?何なの?
牛さんが叫びながら俺の腹部装甲をもっていった。
「痛くないけどさー」
二つ引いては妻のため――
牛さんの目元をそろっとめくる。
こっちが現実だったら、今のこの状況って何?
セットしたプログラム通り、足がなくなっても高速戦闘する俺。
十年前のゲームより無双してるぞっ!
ところで現実と思ってた世界で出会った妻はこの世界じゃどこにいるのだろう?
「いいぞいいぞ、ターリホーーー!!」
先輩が上機嫌にでっけーキャノンをぶっ放す。
音カットしてればいいとかじゃないって、それ、俺を巻き込んで――――
・
・
・
『よし、いけるぞ!』
耳に刺さる、高い声がこだましていた。
音のした方へと視線をやると、子どもが数人ディスプレイの前で熱気をあげていた。
『ああ、ダメだ!!』
ディスプレイに一番近い子どもが嘆息を漏らす。
俺の端末にはLOSTの文字が流れている。
これで何機目だっけ?
取りあえず、オートセーブされた手前のデータをローディング。
「お前さっさと突っ込めよ!」
レーザー兵器をぶっぱしながら先輩が逃げ惑う。
「設定三、効果カット」
目に痛い効果をカットしながら俺は、ピカピカ光るバールのようなをもって牛さんへ再突撃。
『ヴォっ――』
あ、牛さん止まった。
いや、スローモーションだ。
敵を倒すと、こういう演出入るんだよなぁ、ゲームくさい。
メタだねっ☆
「おつかれー、あっちの世界で当面豪遊できる額がまた振り込まれてくるわー」
ふいー、とクリアブルーの装甲を外しながら先輩がこっちへやってきた。
あんたも一機減ってたのん?
「おつかれっした。じゃ、現実ってやつで遊んできます」
「おう。ラグがなくなった筈だから、のんびりやってくれ」
『よし、いけるぞ!』
耳に刺さる、高い声がこだましていた。
音のした方へと視線をやると、子どもが数人ディスプレイの前で熱気をあげていた。
『ああ、ダメだ!!』
ディスプレイに一番近い子どもが嘆息を漏らす。
俺のディスプレイには八桁ほどのマニーが振り込まれている。
「あ、せがれにゲームでも買ってやるか」
ピリリリリリ――
端末が震える。
「え、もう呼び出し?」
ディスプレイを見ると
――奥さんが亡くなられました
「はい?」
えっと、設定三にして、効果を、、、
効果を……