ゲーム
お盆休みに実家へ帰ったときの話である。
両親が父方の実家へ帰省するというので、僕が留守を任された。
「掃除洗濯は勝手にやってね」
と母。息子の食事はどうでも良いということか。帰った意味がまるでなくなったが、まぁいい。
どうせなら本格的に勝手にやろうと考え、何か面白いものはないか物置をあさってみた。
人形やら、ぬいぐるみやら、ヌンチャクやら、プラスチックの模造剣やら。子供の頃の玩具箱を見つけて引っ張り出した。
その中にソフトがセットされたままの古いゲーム機があった。
タイトルのところを剥がしてしまったらしく、サインペンで『ゲーム』とだけ書いてある。いちいち書かなくとも、それは見れば分かるのだが。
しかし僕には見覚えがない。
テレビにセットしてみると、激しいノイズのあとにいきなりキャラ選択の画面が映った。
どうやらバトルもののようだ。古くさい造形のキャラが数匹並んでいる。
人だったり動物だったり、一貫性がないのが気になったが、一匹だけやたらごつい既知のキャラクタがいた。
大好きな格闘ゲームのキャラで、子供のころ小遣いをためてフィギュアを買った覚えがある。まだ取ってあるはずだから、あとで探してみようと考えた。今では十倍近くの値がついているレアもののはずだ。
僕は迷わずそのキャラを選んだ。
キャラのあとはバトルフィールドの選択画面に移る。
“混沌の牢獄”、“永劫の通路”etc……。僕は“魔物の住処”を選択した。そしてバトルが始まった。
相手は包丁を構えた着物姿の少女だった。何となくホラーである。
あたりは薄暗く、ときおり鬼火のようなものが飛ぶ。観客たちは得体の知れない黒い影。これが魔物なのだろうか。
少女が跳んだ。着地するところを狙って、僕の操るキャラが槍を振るう。切っ先が少女の顔をかすった。
素早く横に跳ねた少女の、華麗な回し蹴りが炸裂。僕のキャラは吹き飛び、壁に激突した。
ガツン!と隣室で音がした。が、僕はそれどころじゃない。無視してボタンを操作する。
包丁を突き出す少女の腕をつかみ取り、そのまま床に投げ飛ばした。
ゴトン!と再び何かの音。
すかさず槍を構えなおし、少女の腹めがけて突き下ろす。しかし少女は反転して避けると、壁に体当たりした。
画面の中で壁が破れた。フィールドの限界域がないらしい。
その瞬間、隣室とへだてている襖がバリバリと音を立てて破れた。
小さく悲鳴を上げて振り向く僕の目の前を、包丁を構えた日本人形が横切った。その後をごついフィギュアが追う。僕はテレビ画面と人形たちを交互に見ながら、必死にボタンを操作した。
ついに僕のキャラが、ごついフィギュアが得物の槍で少女を、日本人形を串刺しにした。
画面の効果音(ザシュッ)と生の打撃音(ぼごっ)が重なった。画面の中の少女がそうなると同時に、日本人形は断末魔の悲鳴を上げて霧散した。
2日後、帰ってきた両親が目にしたのはメチャクチャになった我が家と、疲れ果てて眠る息子の姿だった。
二人はすぐさま僕を叩き起こした。しかし、僕は疲れていた。魔のゲームから大事なフィギュアを守るために一晩中ゲームをしていたのだから。
一度始めたゲームは簡単にはやめられなかった。やめるには負けを認めなければならなかったが、それはすなわちフィギュアが消滅することを意味した。
僕とフィギュアは次々とバトルを戦い抜いた。時には台所で、時には風呂場で、廊下で、階段で……。
それから三日、盆休みを返上して我が家の片づけをすることになったが、バトルの苦しみに比べれば楽なものだった。
その後、僕はフィギュアを玩具屋へ持って行った。意気揚々としている僕に、店主は言った。
「これは人気ないね。600円」
「……」
あのゲームは今も実家の物置にあるが、二度とやらないつもりだ。
片づけを終えて再びスイッチを入れると、キャラクタが増えていたのだ。
両親に似た、二つのキャラだった。