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好きなまま、好きでいい  作者: シンカー・ワン
由香里~まだ友達の君へ~
5/13

5話 「……さよなら、寛ちゃん」

思う思われ、すれ違い。

人の心は摩訶不思議。

娘十六、結ぶか散るか。

さて、どう出る、坪能由香里?

 

 金曜日の夜、木村(キム)くんからメールが来た。


 日曜日の集合場所と時刻が書かれているだけのシンプルなものだった。

 こう云ったらあれなんだけど、キムくんのことだから、もっと顔文字とかいっぱい使ったデコメールが来るかと思ってた。

 それとも、ことがことだから、あえて要件だけのものにしたのかも。

 それっくらいは、やってくる人だものね。

 なにはともあれ、賽は投げられた。

 あとは日曜日を迎えるだけ。

 覚悟はいいね? 坪能由香里(つぼのうゆかり)


 そして、その日がやって来た。

 決戦の日曜日、待ち合わせ時刻は正午。

 待ち合わせ場所は駅前、海を臨む公園、そこの一番西側にあるベンチシート。

 そろそろ身支度始めよかなって思ってた九時ごろ、キムくんからメールあり。

『本日は快晴です。UVケアは忘れずに』

 文面を見て笑みがこぼれる。

 なんて云うか、ホント気が利く。

 いろんな意味でさすがだなって思った。

 うちを出て幹線道路でバスに乗って駅前ロータリーまで行き、そっから少し戻るように歩いて目的地まで。

 ポシェットから携帯を取り出して時間を確かめると十一時四十六分、まだ十分以上の余裕あり。

 だけど、やっぱりって云うか、待ち合わせ場所が見えたとき、そこには既にふたつの人影がありました。

 勿論、キムくんと(シン)さん。

 女の子は待たせない、時間前到着待機は当たり前ですか?

 ――まったくもう、どこまでカッコいい真似する気なのでしょうか。

 でもここは、お約束に従って、あのセリフを云うべきなんだろうな、うん。

「ごめんなさーい、待ったぁー?」

 ちょっと困った風な笑みを浮かべ、少しだけ駆け足で、手を振りながら声をかける。

「いいや、さっき着いたところだ」

 と、新さんが右手を手首のところで軽く振ってサラリと答えれば、

「ううん、こっちも今来たところー♪」

 と、キムくんがこちらも当然のようにおちゃらけて答える。

 両手をグーにして口元で揃え、体をくねらせしなを作る、永遠のぶりっ子ポーズで。

 うん、似合うよ。いやになるくらい。

 あはは、ホント、期待を裏切らない人たちだなぁ。

 これからのことで変に空気を重くしないようにって、わざとやってくれているんだろう。

 その心遣いが、やっぱり嬉しい。

「やっほーっ、由香里ん。今日はまた特別に可愛いね♪」

 あたしを上から下まで見渡してキムくんがそう云うと、

「うん、いいな。坪能っぽい」

 新さんまでも云わなくていいお世辞を。

「世辞じゃないぞ?」

 って、何で心の声を? あなたエスパーかなんかですか? 

 ――えっ? 顔に出てた? はぁ、さいですか……うぅ、恥ずかし。

「普通に似合ってるって云ってんだ。素直に褒められとけって」

 いや、ですから、同性からならともかく、男の子からそんな風に云われるって滅多にないことなんですよ?

 しかも、あなたたちみたいに変化なしのド直球なんてのはっ。

 ああ、もう、なんて云うか、やっぱりいろいろと想定外です、この人たち。

 ふたりが褒めてくれたあたしの格好は、パステルイエローのギャザーがいっぱい入ったロングのサマーワンピに、オレンジに近い薄いピンク色した七分袖のボレロジャケットの組み合わせ。

 髪はワンピと同系色のリボンカチューシャで押さえ、首にはチョーカー。ネコさん模様のポシェットを斜め掛け、足元は甲を籐で編んでるローヒールのレディサンダル。

 素足なのでペディキュアも忘れてません。色はパールピンクで明るめに。

 な、なんかキムくんの視線がポシェットの掛け紐に向いてますけどぉ?

「Φスラ……」

「やめいっ」

 キムくんが嬉しそうになんか云おうとしたら新さんにどつかれた。

 なんなんでしょう? でも、なにか聞いたら自分に跳ね返ってきそうで躊躇われます。

「気にするな坪能。だが気をつけろ」

 はい? 新さんもたまに訳わかんないこと云う。

 さてさて、そんな殿方おふたりの今日の御召し物はと云いますと?

 新さんは、白、灰色、藍色の三色でブロックパターンが描かれたバンダナをいつもの鉢巻じゃなく包むように頭に巻いている。

 青灰色のクルーネックTシャツの上に緑灰色のフィッシャーマンベスト、ボトムはベストと同じ色のカーゴパンツにごついトレッキングシューズの組み合わせ。

 腰に少し大きめのウエストバックをしている。

 全体的にミリタリールックって云うのかな? そんな感じ。もしくは大工さん。

 キムくんの方は、前を開けた原色バリバリのアロハシャツに白メッシュのTシャツ、アイボリーのカーゴタイプのハーフパンツにスポーツサンダル。

 腰には新さんと同じ様にウエストバックをしてた。

 そして一番目立つのが、大きな麦藁帽子。

「……海賊王にでもなるつもり、かなぁ?」

「ゴムゴムのバズーカぁ♪」

 正解っ! とばかりに満面の笑みでサムズアップして答えてくれましたよ。

 よく見れば目の下にサンマ傷描きこんでいますよ、この人。もう笑うしかない。

 ひとしきり談笑したあと、

「さてと由香里ん。今日、こんなところにこんな時間に呼び出した訳、もう判ってるよね?」

 と、キムくんが少しだけ真面目な口調になって本題を切り出した。

 うん、判ってる。いくら鈍いあたしでもこのシチュエーションは、

「……(カン)ちゃんと、例の女の子が、ここで待ち合わせするんだよね?」

 そう云ったあたしの声は、自分でも嫌になるくらい硬かった。

「ああ。寛に会って話し聞くよか、現実見た方が手っ取り早いからな」

 ――現実、なんだ。

「連中の約束した時間は十三時。でも、あのふたりならたぶん三十分は前に来るだろう」

「そう思ってね、こっちの時間は正午にしたんだ」

「あまり暑い中で、坪能を長いこと待たせるわけにもいかんしな」

 こんなとこでもあたしに気を遣う。

 どんだけ紳士なんですか、あなた方?

「あっちの待ち合わせ場所はあそこ。街頭時計の下」

 キムくんが云いながらその場所を指し示す。

 あたしたちのいるところから程よく離れた、公園の中央の花壇から生えている支柱に設置された時計。

「ここからなら、向こうが気をつけない限り知られずに見てられる」

「最近はお邪魔虫してなかったから、寛も警戒してないだろうしね」

 ふたりの言葉から、寛ちゃんがその娘とこんな風に会っているのが初めてじゃないことが窺えた。

 そっか、もう何度もしているんだ、デー……。

 その後に続く言葉をあたしは浮かべられなかった。

 浮かべたくなかった。

「まだ時間はある。座って待とうか」

 そう云ってあたしにベンチに腰掛けること促す新さん。

 お言葉に甘えまして木製のベンチの……どこへ座るか少し迷ったが、中央へと腰を落とす。

 あたしが腰掛けるとその左隣に幾分かの余裕を持たせて新さんが座る。

 あぁ、じゃあ右隣にはキムくんが座るんだろうなって思ってそっちを見たら、居ない。

 あれっ? と思ったら、

「ハイ。由香里んはオレンジでよかったよね?」

 と、いつの間にか正面に立ってたキムくんからよく冷えたドリンクの缶を差し出された。

 座るやり取りしていた間に自販機まで買い出しに行ってたのか。

「あ、ありがと」

「ん、どういたしましてだよ♪」

 礼を云いつつそれを受け取ると、キムくんは微笑んでからあたしの右隣に腰を下ろした。

 キムくんの手にはスポーツドリンクのペットボトル、左横を見ると新さんの手にもそれと同じものがあった。

 しばらくは三人とも無言で、たまに喉を潤す音が聞こえるだけだった。

 会話が無い中、あたしはボーっと公園を眺めていた。


 小さい子供を芝生の上で遊ばせている親子連れ。

 一番海側のベンチに並んで腰掛けて海を見詰めている老夫婦。

 犬を散歩させてるおばさん、走り回ってる小学生くらいの子供たち。

 公園にはあたしたち以外にもたくさんの人がいた。

 海からの少し湿った風が頬を撫でて通り過ぎていく。

 すぐ横を通る幹線道路を走る車たちの音。

 信号が変わり流れ出す "とおりゃんせ" のメロディ。

 遠くから聞こえてくる電車が線路を走っていく独特の音……。

 ゆっくりと流れる時間に自分が何をしにここへ来ているのかを忘れてしまいそうになる。

 何も話さなくても、ただ傍に居てくれる安心感が、その心地良さが、ここ最近のざわついていた心を落ち着かせてくれてた。


 もう、いいんじゃないかな、このままでも――。


「――来た」

 そんな風にあたしがまた逃げようとしてたとき、新さんが小さく口にした。

 その言葉に引かれ、視線を街頭時計の方へと向ける。

 そこには、寛ちゃんが、居た。

 黒いポロシャツ、ナチュラルウォッシュデニムのボトムにスニーカー。後ろ半分メッシュになってる夏用のベースボールキャップを被ってる。

 全然カッコつけてない、いかにも普段着って感じ。

 休日にあたしと会うために、それなりのオシャレをしてきてくれたであろうふたりとは違う。

 これから会う娘は、そんなにも気を遣わなくていい存在なんだ?

 なんか、悔しい、な。

 胸の奥がチクリとする。

「十二時十七分着。予想より早いか」

 新さんが時計を確かめながらそう云うと、

「この分だと千代(ちよ)ちゃんの方も二十分過ぎには来ちゃいそうだね」

 寛ちゃんの方へ視線を向けたままでキムくんが応える。

 千代ちゃん。それが寛ちゃんの、――の名前なんだ。

 ふたりの云ったとおり、寛ちゃんが現れてから数分後、彼の元へと近づいて来る人影があった。

 その娘が寛ちゃんを見つけ、手を振る。

 互いに近づきあい、会話を始めてるふたり。

 勿論この距離だと何云ってるのかはわかんない。

 でも、なんか楽しそうだった。

「 "早いですよ信濃(しなの)さん" "そっちこそ三十分以上" "だって信濃さんに会えるから"」

 キムくんが寛ちゃんたちの方を見据えたまま喋りだす。

 驚いたあたしがそちらへ顔を向けると、キムくんは視線だけよこして、

「――読唇術。もう少し続ける?」

 と、訊いてくる。

 キムくんにそんな技能があったのにちょっとだけ驚いて、彼ならさも有りなんだなと思いながら、あたしは首を横に振った。

「……内容は判んなくても、楽しそうなのは伝わってくるから、いい……」

 声音はやっぱり硬くなっちゃってた。

「そっ」

 とだけ云って、キムくんは会話再現を止めた。

 寛ちゃんたちはまだ談笑を続けてた。

 その娘と話してる寛ちゃんの表情は、あたしが今まで見たことの無い、とても柔らかくて、優しい笑顔だった。

 そんな表情(かお)、あたしには一度も見せてくれたことなかったね。

 あたしじゃダメだったんだ。

 あーぁ、ホント、なんか、悔しい、なぁ……。

 胸の奥のモヤモヤがひどくなる――。

武蔵八千代(たけくらやちよ)。通称・千代ちゃん。現在中学三年生」

 不意にキムくんが喋り初め、

「寛の今のクラスメートの知り合いで、そいつの紹介で付き合うことになった。付き合いだしたのはゴールデンウィークくらいからだ」

 新さんが続ける。

「千代ちゃん、俺らと同じ様な趣味しててね、そんなんで話が合うだろうからって紹介されたんだよ」

「まぁ、実のところはそれだけじゃなかったけどな」

「今でこそあんな風に笑ってるけど、会った当初はすんごい暗い娘でね、会話ひとつすんのも大変だったんだ」

「交際承諾したってのに、寛を、つーか俺ら男そのものを警戒してた」

「寛が根気よく付き合ってね、ようやく警戒してた理由教えてくれたんだよ」

「なんでも二年生のときに同じ学校の先輩に手酷い振られ方したんだそうだ。散々玩ばれて、ポイってな」

「だからけっこうな男性不信に陥ってたんだけど、それを見かねた寛のクラスメート、小沢(おざわ)って云うんだけどね、そいつが絶対に大丈夫そうな男ってことで」

「寛を紹介するに至ったわけなんだが、小沢も寛を一ヶ月近く見定めて、コイツなら何とかするだろうってな」

「あ、小沢って千代ちゃんの親戚でね、昔から兄妹みたいに仲良かったんだって。だから沈んでた妹分を何とかしたかったみたい」

「お前が何とかしろってんだがな、奴曰く "俺は千代に恋愛感情は持てないから" だとさ 」

「まーそれで当てにされる寛も寛なんだけどね。実際何とかしちゃった訳だし」

「それでもあんな風になるには二ヶ月かかったか」

「俺ら正式に紹介されたの今月に入ってからだったもんねー。まーその前からこっそりと観察しておりましたけど」

「その途中で寛に会ってる坪能を何度か見かけた訳なんだがな」

「だから、ホントは何度かそれを止めさせようかって思ったことあったよ由香里ん」

 あたしの方を見ず、寛ちゃんたちの方を見据えたまま、新さんとキムくんが寛ちゃんのこれまでの経緯を教えてくれてる。

 あたしもじっと寛ちゃんたちを見詰めたまま、それを聞いていた。

 楽しそうに笑いあう寛ちゃんと、八千代、さん。

 ふたりを見ていると胸の奥のモヤモヤがどす黒く澱んでこびりつく。

 それは染み入るように広がりながらあたしの心を覆いつくそうとする。

 焼けるように熱くて、すごくドロドロとしてて――。

 あぁ、そうか。

 これって嫉妬、だ。

 あたし、ふたりが、ううん、八千代さんが妬ましいんだ。

 寛ちゃんの隣りで、そんなに幸せそうに笑えてる彼女(・・)が、寛ちゃんの彼女(・・・・・・・)が羨ましいんだ。

 どうしてあたしじゃないんだろう、どうして寛ちゃんの隣りがあたしじゃないんだろ。

 どうしてあたしは寛ちゃんの特別じゃないんだろう。

 それが、それがとても悔しくて悲しくて、そう成れていないことが情けなくて。

 

 ……どうしてあたしじゃないのっ? 

 ……どうしてあたしじゃダメなのっ?

 どうしてっ、どうしてだようっ……。

 あたしの方があなたより先に出会ってたのに!

 あたしの方が長く一緒だったのに!

 あたしの方がっ、あたしの方がっ、あたしの方がぁ!

 あぁ、そうだ。

 今なら、もうハッキリとわかる、云える。

 あたしは寛ちゃんが好きだったんだ。

 あたしは寛ちゃんに恋をしてたんだ。

 寛ちゃんの彼女になりたかったんだ。

 寛ちゃんの一番になりたかったんだ。

 だけど、それはもう遅くて、遅すぎて――。


 自分の恋心に気がついたそのとき、あたしは失恋してた。


「う…、ぐっ……あっ、う……」

 寛ちゃんたちが待ち合わせ場所から駅の方へと消えたあと、あたしの口から押さえていたものが噴き出した。

 もう止まらなかった。

「あああぁぁぁ……あぅ、うえぇぇぇーーーーーんっ」

 あたしは堰を切った様に泣き出した。

 赤子の様に、幼児の様に。

 泣きじゃくるあたしに影が差す。

 キムくんが自分の被っていたあの麦藁帽子をあたしの頭に乗せてくれてた。

 人目から遮る様に、泣き顔を隠す様に。

 そして、顔に柔らかいものが触れる。

 今度は新さんだった。

 新さんはウエストバックから取り出したのだろう、洗い立てらしい、石鹸の香りがするフェイスタオルをあたしの顔にそっと当ててくれていた。

「泣きたいだけ泣いていいよ、由香里ん」

「溜まってたもの、全部吐き出しちまえ」

 ふたりに見守られたまま、あたしは泣き続けた。

 悲しい気持ちを、悔しい気持ちを、そして届かなかった想いを、全部涙で洗い流すために。


 しばらく泣きじゃくったあと、あたしはふたりに断ってお手洗いへと赴いた。

 麦藁帽子とフェイスタオルは預かったままに。

 お手洗いの鏡に映るあたしはそれはそれはひどい顔をしていた。

 まぶたを腫らし、涙と鼻水と涎でベトベトだった。

「あ~ぁ、ひっどい顔してるな~」

 ちゃんと口に出して云う。

 自分にわからせるために、今自分がどんなんだかを。

「ぷっ」

 そんな自分のひどい顔が可笑しくて、それでもなにかキムくんならこんな顔でも "可愛いよ" って云ってくれるような気がして、そしてたぶんそれは正しいだろうということが判って、笑いが漏れた。

 あぁ、これが恋に敗れた女の顔か、これが失恋した女の顔なんだ。

 覚えとこう。

 もう二度とこんな顔しないように。

 もう二度と自分の想いに気がつかないふりをしないように。

 もう二度と誰かに奪われるような真似をしないように。

 自分を戒めるために。

 まぶたの腫れはどうしようもないけど、せめてベトベトを洗い流すため、洗面台で顔を洗う。

 たっぷりの水を遣って念入りに。

 うん、サッパリした!

 新さんから借りているフェイスタオルで水分ふき取って、キムくんの麦藁帽子を被りなおし、あたしはふたりのところへ戻っていった。

 胸を張って。

「由香里ん、もう大丈夫?」

 お手洗いから戻ってきたあたしにキムくんが何事も無かったかのように話しかけてくる。

「うん、大丈夫。ご心配掛けましたっ」

 軽くお辞儀してそういうと、

「まったくもう、ダメだよ、いくら男の目があるからって漏らしそうになるまでトイレを我慢するなんて。膀胱炎になったらどうするの?」

「なっ」

 何を云い出しますか、この人はっ!?

「そっそんなんじゃないよぉ~」

 ……いえ、実は、行ったついでにしてますけど小さい方……。

 生理現象、生理現象ですからっ、仕方ないのっ!

 とは云っても、男の子の口から云われると恥ずかしく思ってしまうお年頃でして、つい否定してしまいます。

「ハイハイ、そういうことにしときましょうねー(棒)」

 信じてない、絶対信じてない口だ、アレ。

「お、坪能、帰ってきたか」

 そう云えば、お手洗いから戻ってきたときに居なかったね新さん。

 どこからともなく現れましたよ。

「これ、ハンカチにでも包んで目んとこ当てときな」

 といって新さんがあたしに手渡したのは、よく冷えてる缶ジュース。

 あ、これで腫れをひけってことなんだ。

 これも気遣い、か。

 考えてみるとさっきのキムくんのトイレで用を云々って、涙を洗い流しに行ったの無かったことにするため?

 あぁ、これも気遣いだ。

 あたしって、ホント守られてるな。

 あたしの前に立つふたりに深く頭を下げて、心をこめて云う。

「キムくん、新さん。ありがとう」

 そんなことするあたしに、

「別にー」

「いいってことよ」

 さらりとかわすふたり。

 本当、ありがとうね。

 しばらく時間が経ち、あたしのまぶたの腫れも収まってきたころ、キムくんが唐突に宣言した。

「では、これからの時間は由香里んの残念会ということで」

「え、何ですか、それは?」

 初耳ですよ?

「文字通りの意味だよ。傷心の由香里んを俺たちふたりが歓待してあげる」

「艦隊? というとあたしは提督?」

「うわ……由香里ん、その返しは予想外。一本取られたな~、くくっ」

 え、キムくんがしゃがみこんで笑い抑えてるよ? あたしそんなに上手いこと云った?

「ぷっ……坪能がそんなネタを持ち出してくるとは。意外と侮れん?」

 あれ? 新さんまで掌で口元押さえてそんなことを云う。

 なんだかわかんないけど "艦隊といったら提督" なんて謎の呪文教えてくれてたケーコちゃんに感謝だわ。

 今度なにか奢ってあげよう。

「ええい、それはそれとして。つまりだ由香里ん、今日のこれからは楽しくやりましょうってこと。さぁ行くよ」

 復活したキムくんが立ち上がり、あさっての方向を指差しながら、進もうとする。

「え、えっ?」

「まずは腹ごしらえかな、行くぞ坪能」

 あたしの背に軽く手を添えて新さんがそっと押し出す。

 それにつられて、前へ進みだすあたし。

「ゆーかりーん、なに食べるー?」

「行きたいとこ、あるか?」

 目的地も定めず進んで行くあたしたち。

 なんにも決まっていないけど、それはそれでいいのかも。

 今のあたしみたいでちょうどいいや。

 あたしたちは駅前の海を臨む公園を後にした。


 それからの時間、あたしたちはあちらこちらへと遊び歩いた。

 デパート屋上のレストランで(キムくん曰く)チープな食事を取り、商店街を練り歩き、ニオヘ行き、ウィンドウショッピング。

 楽しかった。

 そして締めとして、今居るのはカラオケボックス。

 歌っているのは主に男性おふたり。

 あたしはほぼ観客と化してた。まさしく歓待でした。

 もう、圧倒されまくり。

 正直、ふたりが歌いまくるって、アニメソングとかそーゆーのでいっぱいだろうと思っていた時期があたしにもありました。

 ところが予想は意外な形で裏切られまして。

 いや、アニメソングとかも歌わなかったわけじゃないんだけど、メインはなんとジャ○ーズ。

 田○俊彦、シブ○き隊から始まって、近場? ではTO△IOやKink△Kids。

 SM△Pのメドレーはすごかった。シングル・アルバム曲お構いなし。

 あたしも歌いましたよ、一応。

 リクエストされたんだけど、曲知らなくて悪いことしちゃった。

 『Butterfly※Kiss』ってどんな曲なんだろ?

 だから代わりってわけじゃないけど大○愛さんの『サク○ンボ』を精一杯に。

 喜んでもらえたので何より。

 そして飽きれるくらいの楽しい時間もそろそろ終わろうとしてたとき、

「最後はね、俺らから由香里んへ送る曲。……この店はこの手の古いマイナー曲もあるから嬉しいんだよね」

 キムくんはそう云って曲をセットした。

「森○美穂さんの『PRi△E』 歌詞、追っかけながら聞いてね」

 キムくんが歌い出したその曲は、恋に破れた娘をその女友達が "相手を間違えた" "今度は上手くいく" なんて力強くも優しく励ます歌だった。

 あたしに向けて、あたしのためにそんな風に歌ってくれてる。

 追いかけて読むその歌詞が、本当にあたしを励まそうとしてくれているふたりの気持ちそのものな気がして、聞きながらいつの間にかあたしは泣いていた。

「うっ、ぐ、ひっ……く」

「――まったく、由香里んは泣き虫だなぁ」

 歌い終えたキムくんがそういうのが聞こえた。

 優しい声音だった。

 そして新さんは泣いているあたしの頭をよしよしと撫でてくれていた。

 おっきくて、暖かい掌だった。

 時間たっぷり楽しんでカラオケボックスを出る。

 そろそろ時計は十八時を指そうとしていた。

 まだ帰るには早いんじゃないかなとあたしが云ったのだけど、夏の日の入りは遅いからといえ、よそ様のお嬢さん預かっといて暗くなって帰すなぞ言語道断と、ふたりが主張したため今日はこれで解散することに。

 今日は素直にふたりに送られてます。

 ふたりが一緒だと帰り道も楽しいな。

 他愛のないお喋りをしながら歩いてく、でも、家が近づいてくるほどにあたしの口数が減っていく。

 まだ、離れたくない、別れたくないってあたしの気持ちが騒いでた。

 とっても優しいふたり、居てくれて安心できる傍ら。

 あれ、これって、まさか、え、ほんとに?

 ……だとしたら、あたしって節操ない女だな。

 昨日の今日どころか今日の今日だよ、しかもひとりじゃなくてふたり一緒になんて……。

 あたしの家にもうそろそろ着こうかって距離、あたしが不謹慎な思いに惑わされて無口になってたとき、

「由香里ん、間違えちゃいけないよ」

 キムくんが静かにそして云い含めるように口を開いた。

「え? なに、どういうことかな?」

 振り向いたあたしの顔はそのとき抱えてた思いを見抜かれたような気がして、きっと青くなっていただろう。

 いつの間にか三人の足が止まってた。

「今ね、由香里んが抱えてるその気持ち、それは間違いだから」

「傷ついてるときに優しくされたことで勘違いしてるだけだ」

 キムくんが、そして新さんが諭すように言葉をつむぐ。

「か、勘違い? 間違いって……」

 それまで優しすぎるほど優しかったふたりから突然突き放されたみたいで戸惑うあたし。

「……由香里ん、その気持ちは恋じゃない。寂しいから誰かを求めているだけの感傷だよ」

「寛に開けられた穴を、俺らで埋めようとしてるだけの代償行為だ、坪能……」

「そんな気持ちで俺らと付き合ったら、今以上に傷つくだけだよ、由香里んも俺らもね」

「何より、寛でダメだったから俺らってのは、俺らのこと、そして寛のこと侮辱してる」

 辛らつな言葉があたしに突き刺さる。

 でも、ふたりの云ってることはたぶん事実だろう。

 あたしは寛ちゃんに失恋したことの寂しさをふたりに紛らわせてもらって、それを恋愛感情に摩り替えようとしてたって訳?

 失恋の辛さや苦しさから逃げるために、ふたりの優しさを利用しようとしていた、と。

 ……あはっ、なんだ最低だなあたしって。

 失恋しちゃった傷ついちゃった寂しいの、だから構って優しくしてよ、か。

 ――嫌な女だ。

 ふたりの顔が見れなくてうつむいた視界が歪む。

 また、泣いてんのかあたしは。

 泣いて済まそうなんて、本当嫌な女のやることじゃないか。

 でも、泣き声はあげない。食いしばる。

 声まであげちゃ、本当最低だから。

「――だけどね由香里ん。俺らが必要なときはいつでも声掛けてくれていいよ」

 あたしをきつく諭していたキムくんの声が不意に柔らかくなって、そんなことを云う。

 その声に恐る恐る顔を上げると、あたしの顔の高さにキムくんの顔があった。

「彼氏さんにはなってあげられないけどさ、俺らは由香里んの友達だから」

 いつもの、あの掴みどころない微笑みで、キムくんはあたしを見詰めてくれてた。

「正直、俺らは坪能に恋愛感情はこれっぽっちも湧かないんだけどな。それでも大事な友人だと思ってる」

 こっちは新さんだ。優しい声で結構失礼なこと、云ってくれてます。

「小沢がさぁ、千代ちゃんに持ってる感情って、きっとこれなんだろうね~。なんか理解できた」

「うむ、なんと云うか、手間のかかる妹、か?」

 え、あたし妹キャラ確定なんですか? しかも手間のかかる?

「誕生日だけで云ったらお姉さんなんだけどね、由香里ん」

「あー、俺ら乙女座で、坪能は牡牛座だったか」

「身体の一部は牛さん並だけどね、由香里んてば」

 そういいながらキムくんの視線があたしのとある箇所に。

「どっどこ見て云ってますかっ、セクハラだセクハラだー」

 反射的にそこを手でかばいつつ、羞恥の混じった口調であたしが返すと、

「うんうん、由香里んはそれくらい元気な方がいいよー」

 キムくんは笑い声でさらっと受け流した。

 あれ、いつの間にかいつものやりとりに戻ってる?

「あぁ、泣いてる顔なんかより、ずっといい」

 新さんが持ち前のイケメンボイスで、人を恥ずかしい思いにさせてオチをつけるところまで。

 改めてふたりを見る。

 あたしに恋愛感情は無いと断言しつつ、それでいて大事な友達と云ってくれる、優しくて、そして手厳しい、少しだけ年下の男の子たち。

 でも、あたしに向けてくれる視線は包み込むような大人のもので。

 きっと、これからも、こんな風に見守っていてくれるんだろうな。

 あたしがふたりに頼らなくていい、誰かに支えられるまで。

「これからも、お世話になっていいですか?」

 そんないろんなものを包んだ気持ちでそう云ってみる。

「いいよー」

「坪能にいい人が出来るまでの、期間限定だろうがな」

 思っていたとおりの、求めていた答えが返ってくる。

 あぁ、本当、なんて優しくて残酷な人たちなんだろう。

「それじゃあ、これからもしばらくよろしくお願いしますね?」

「「承知!」」


 こうして、あたしの失恋と失恋もどきの面倒だった一日が終わった。



 後日談というか、その後の話を少し。

 夏休みに入ってから、ちょっとした買い物をするために、あたしはニオヘと出かけた。

 エントランスを潜り抜けた先に、見覚えのある男の子と女の子のふたり連れの姿が。

 寛ちゃんと、その彼女、武蔵八千代さん。

 ふたりは少し話をしたかと思えば八千代さんが昇降口の方へとひとり消えていった。

 あっちの方向って……あぁ、たぶんトイレだ。

 少しだけ悪戯心が顔を出したあたしは、いつかのあの日のように、ゆっくり、そぉっと寛ちゃんの後ろに回りこんで、

(カ~ン)ちゃん、お久しぶり」

 って声を掛けた。

 ちょっと驚いたようにビクッとしてから、ゆっくりと振り返り、あたしを見て、

「――坪能? あ~おひさ」

 あの日と変わらない、少し照れた感じの笑顔で答えてくれた。

 その笑顔を少し眩しく感じながら用意してたセリフを告げる。

「見てたよー。さっきの娘、誰? 寛ちゃんの彼女さんかな?」

 きっとキムくんたちはあの日曜日のことは寛ちゃんたちに伝えていないだろう。

 だからあたしは今日この日、初めて見かけたんだってふりして、寛ちゃんにそう訊ねるの。

「あぁ、そうだよ」

 寛ちゃんの口から彼女宣言を聞くために。

 あたし自身に敗北宣言を刻み込むために。

「あーじゃあ、デートなんだ。邪魔しちゃ悪いからあたし行くね」

「あ、すまんな。気を遣わせて」

「いいっていいって。」

 手を振り、寛ちゃんから離れながら、もう一言だけ云っとく。

「今度紹介してね。寛ちゃんの彼女さん」

「あぁ、きっと」

「うん、きっと、ね」


 笑顔で別れ、一度潜ったエントランスからまた外へ出て行く。

 少しだけ歩いて人ごみを抜けて立ち止まる。

 鼻の奥がツンとする。

 顔を上へ向けて、何かが零れ落ちないようにして、


「……さよなら、寛ちゃん」


 そう小さくつぶやく。

 ――さよなら、あたしの初恋。


 ネコさん模様のポシェットから携帯を取り出し、登録してあるナンバーをコール。

 呼び出し二回で相手が出る。

「――あ、キムくん、今空いてる? 買い物付き合って。うん、新さんも呼んで。どうせふたりで暇もてあましてんでしょ? ニオの正面エントランスで待ってるから、うん、早く来てねー」

 携帯をしまいつつ、静かに目を閉じて寛ちゃんの面影を心の奥底に沈める。

 古い恋はこれで清算出来た、はず。

 新しい恋が見つかるまではあのふたりに甘えとこう。

 妹ポジションなら、それは許されるよね?

 ふたりが来るのを待つために、もう一度エントランスへ。


 ガラスの扉に一瞬映りこんだあたしの顔は、微笑んでた。




割りあい描写Q&A


Q:麦藁帽子とフェイスタオルはどうなったのか?

A:麦藁帽子は木村に返却済み。タオルは洗ってから後日返却。


Q:お昼はなに食べた?

A:オムライス(由香里)カツカレー(新月)チャーシューメン(木村)


Q:カラオケのセットリスト。

A:Identity Crisis(サイバーフォーミュラSAGA)

 HEATS(真!ゲッターロボ)

 ELEMENTS(仮面ライダー剣)

 仮面ライダーBlack RX(仮面ライダーBlack RX)

 恋=DO(田原俊彦)

 ケジメなさい!(近藤真彦)

 Zokkon!命(シブがき隊)

 ABC(少年隊)

 乾杯(TOKIO)

 花唄(TOKIO)

 愛されるより愛したい(KinkiKids)

 情熱(KinkiKids)

 サクランボ(大塚愛)

 笑顔のゲンキ(SMAP)

 オリジナルスマイル{SMAP}

 失くしたり見つけたりのeveryday(SMAP)

 Jive(SMAP)

 オレンジ(SMAP)

 男はひとりで道を行く(快傑ズバット)

 PRiDE(森川美穂)



 次回から新章『志保~それじゃ、バイバイ~』始まります。

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