4話 「――それが、本当は由香里んが知りたくないことでも?」
残念な人たち無双。
寛ちゃんに会いに行って、そのお仲間に再会した。
いろいろ積もる話しもあるし、立ちっぱなしもなんだからと、ニオにあるファーストフードのチェーン店へ。
"ここは奢るからねー" と、木村くん。
気前いいなぁ、って思ったらお財布は新さんが出してる。
カッコわるぅ(笑)
フライドポテトの大をひとつとそれぞれの飲み物を買って空いてるテーブル席に。
四人掛けのテーブル、ちゃっかりとあたしの横に座ろうとしたキムくんをすかさず新さんが引っ張って対面の席に着かせる。
残念そうに横目で睨むキムくんに、文句あるかって視線を飛ばす新さん。
あぁ、こんなやり取り見るのも久しぶりだなぁ。
「では、世界一可愛い由香里ん♪ との再会を祝してー」
かんぱーい、と飲み物のカップを掲げようとするキムくんだが、その前に新さんにやんわりと阻止された。
「うん、俺たちだけならいいけどな、坪能にまで恥ずかしい思いさせる必要はないな、キム?」
その無駄に良く響く声でにこやかにキムくんを恫喝するとあたしの方へ顔を向け、少しだけ首を傾けて、 "いいから飲みな" って男前な笑みで促してくる。
うーん、カッコいー。
新月和浩、新さんは強面で筋肉質の体格してて、怖そうな雰囲気を纏ったおっさん風味な人。
寛ちゃんのソレが枯れた感じとすれば、新さんのは現役バリバリ世代のソレだ。
ハッキリとした優しさで接してくれるので、粗野な感じがあっても乱暴者といった趣はない。
口の方もけっこう荒っぽいんだけど、性格がサッパリしているので男女問わず親しまれてた。
ただ、そのハッキリサッパリした態度が寄ってくる人を選んでいたことも確かだった。
キムくん、木村邦明くんは……まぁ、言動通りの人だろう。
変な人。その一言で片付けられてた。
だけど、ただのおかしな人ではなく、運動神経抜群でスポーツ万能、学科を問わずトップクラスの成績を誇る文武両道な変人。
なんていうんだっけ? 前にケーコちゃんが云ってたんだけど……、チープ、じゃない、……そうそうチート。ゲームなんかにいるチートキャラだって。
そんな能力的にすごいところを、性格の残念さが全てを台無しにしているって皆に云われてたなぁ。
無論、あたしもそう思ってる。
「で、あんなところで何してたのかな? 世界一可愛い由香里ん♪」
遺憾なく変人振りを発揮しながら、恥ずかしい言葉をあたしに向けてくるキムくんに、
「あ、あのお願いだから、その枕詞はやめてっ。ものすごく恥ずかしいっ」
止めてくれるように懇願するあたし。
「えー、どうしてぇ? 由香里んには "世界一可愛い" が付く、これは常識だよー」
けど、聞く耳持たずで、恥ずかしい言葉を投げかけてくるキムくんである。
「いや、だって、あたし、世界一可愛くなんてないし、そんな常識聞いたことないですし……」
あたしの必死の抵抗も、
「王国住人なら当たり前なんだけどなー」
しれっとかわし、そんなよくわかんない常識を受け入れさせようとする。
「だからそんな王国知らないってばーっ」
半泣きになって抗うあたしを見かねたのか、
「――キム、俺らの常識を一般人に押し付けるな。坪能困らせるのが王国人か?」
あたしとキムくんの不毛なやり取りに新さんが割って入ってくれた。
あ、でも、新さんにとっても "常識" なんだ、アレって……。
そう思うと新さんまでなんだか残念な人に見えてきちゃう。
というか、キムくんとつるんでいる時点で "残念な人" なんだよね。新さんもここに居ない寛ちゃんも。
「ハイハーイ。じゃ話し戻すけど、何してたの、世界一じゃないけど可愛い由香里ん?」
「あぅ、可愛いって云うのやめてぇ……あたしそんなんじゃないし」
いや、だからぁ、その形容詞、似合わないから。
「えーっ、由香里ん、可愛いよ~。――ねぇ?」
でもキムくんはあたしの云うことなんか聞かないで新さんにまで振る。
新さんならそこらへん上手くかわしてくれるよね――、
「あぁ、それについては俺も同感だな。坪能は可愛いと思うぞ」
不意打ちに、顔から火が出た。
な、なんてことを真顔でサラリと云うんですかあなたたちはっ!? 特に新さんっ。
バレー部のあの先輩なんか問題じゃないくらいの軟派っぷりですよ。
「まぁ、俺らなんかに云われてもピンとこないだろうが、もっと自分に自信持っていいと思うぞ、坪能?」
男前笑顔とイケメンボイスであたしにそう云ってくる新さん。
あぁ、あなたの方こそ、その濃ゆい趣味を何とかすれば、きっときっとモテまくりでしょうに。
もう恥ずかしくて顔上げてられない。
しばらくは下向いてオレンジジュースをストローで吸い上げてた。
飲み干すまでの間、キムくんはあたしに云い聞かせるかのように "可愛いよ~" とささやき続けていた。
これ以上はないってくらい楽し気に。
「で、坪能は本屋になんか用でもあったのか?」
ブラックのコーヒーを軽くすすりながら新さんが聞いてきた。
「そのわりには中に入るのためらってる様子だったが……」
あー、やっぱり見抜かれてるなぁ。
まーそうですよね、入り口近くで突っ立ったままだったんだから。
新さんは答えを急かさない。
ゆっくりとコーヒーを飲みながらあたしが口を開くのを待ってくれていた。
そういった年相応に見えない振舞い方が、様になりすぎるのが新さんのらしさだ。
同い年なのにかもし出される圧倒的な大人っぽさに、自分の幼さ気持ちの弱さを嫌でも実感してしまう。
心にしまっている気持ちを正直に伝えてしまうべきなのかな?
たぶん寛ちゃんの動向はこのふたりが一番良く知っているはずだもの。
もしかしたら、あたしの胸にあるモヤモヤがなんなのかも教えてくれるかも知れない。
なんて云おうか口が上手く動かせない、そんなあたしに、
「寛に会いに来てたんだよね?」
とっくに飲み終わったコーラのストローで遊んでいたキムくんがそれを止め、おふざけのない口調で静かに云った。
一瞬、息が止まる。
でも、寛ちゃんがこのふたりにあたしと会ったこと話しているのは当然だろうって思った。
あたしも寛ちゃんに会えた日は電話で志保ちゃんによく話してたから。
俯いてた顔をゆっくりと上げてふたりを見る。
「……坪能は気づいてなかっただろうけど、ニオで寛と会ってたの俺ら見てたんだよ」
あたしの視線を受けてから、新さんがそう云うと、
「寛に会えなくてしょんぼりしながら帰っていくのも見たことあるよ」
キムくんも言葉を続ける。
ああ、そんなところまで見られてたんだ。
じゃあ、もういいかな、聞きたいことみんな聞いちゃおう。
「……寛ちゃんが中学生っぽい女の子と一緒にいたって武石くんから聞いたの」
あたしがそう云うと、新さんが少しだけ眉を動かした。
キムくんの表情はメガネに隠れて判らない。
「それ聞いてね、胸の奥にモヤモヤっとしたのが出来て、なんだかおかしいの」
ふたりは何も云わない。ただじっとあたしの言葉を受け止めてくれる。
「だから……これ、ハッキリしたくって、寛ちゃんに会えば、寛ちゃんに聞けばわかるかな、なんて……」
そこまで云って、言葉を続けられなくなった。
これ以上云おうとするとなにかが溢れてしまいそうだった。
そんな喋れなくなったあたしに、
「――由香里ん、本当に知りたい?」
キムくんの、これまでの付き合いの中で初めて聞いた、とてもまじめで優しい声色の言葉が耳に届く。
「ん」
あたしが頷いて応えると、
「――それが、本当は由香里んが知りたくないことでも?」
さっきと同じ口調で告げてくるキムくん。
「ん」
と、頷きかえすあたしをじっと見詰め、
「――そう、なら止めない」
あたしの覚悟のほどを窺って、なにか諦めたようにひとつため息をついてから、
「今度の日曜、時間空いてる? 知りたいのならその日俺らに付き合えば全部わかるようになるよ」
当日の待ち合わせの時間や場所は後で連絡するからと、キムくんとメアド交換して、その日は別れた。
ふたりは帰り際に "送ろうか?" って云ってくれたけど、断った。
ひとりで、自分の足で、しっかり歩いて帰りたかった。
次回、由香里編・最終話。