3話 「やぁ由香里ん、相変わらず世界一可愛いよ♪」
その話、本当?
「由香里、例の件、大丈夫になったよ」
一方的告られ事件、いや、アレを告白と云っていいものなのかなぁ? から数日後、授業の準備をしているあたしの横にやってくるなり、志保ちゃんがそう告げる。
「ですので、約束のお菓子、ヨロシクね。先輩たちも楽しみにしてるから」
そうでした、そうでした。そんな約束してましたっけ。
「ありがとう~。うんうん、腕によりをかけて作るよー」
前に云ってますが、お菓子作りはあたしの数少ない、というか唯一の特技でして、よく作っては友達に振舞ってます。
幸いなことに味の方も好評で、美味しかったと云われる度に気分を良くしてはまた振舞うを繰り返してます。
……けして、けっして糖分バンバン摂らせてみんな脂肪を溜め込めばいいとか思っていませんよ。えぇ、思っていませんとも。
あー、お菓子といえば中三のときのバレンタインにクラスの男子全員に一口チョコ作って配ったことがあったっけ。
女子の有志でお金出し合って、あたしが中心になって作ったのですよ。
えぇ、感謝されましたよぉ、男子たちに。
で、三月の頭に寛ちゃんと三年生で同じクラスになってた木村くんからお返しもらいました。
ホワイトディには卒業しているから先渡しだって。
もらった紙袋の中には数個のカルメ焼きが入ってた。寛ちゃんたちお手製の。
男子からの手作りのお菓子もらえるなんて思っても見なかったなぁ。
「ザラメたぁっぷりだから、心して食すように」
って、キムくんが実に楽しそうな顔で笑っていたのを忘れやしない。
悔しいけど美味しかった。
たぶん冷めていない出来たてのならもっと美味しかったはず。
そう思って自分用にいっぱい作っちゃって、パクパク食べてたら、月末に体重計の指し示す目盛り見て真っ青になったのは苦い記憶。
罠に嵌った自分が悔しいぞ。
偶然再会してからその後、何度となくあの本屋で寛ちゃんと会った。
会う度に少しお話しをしては別れるのを繰り返していた。
お互いの近況や学校のこと、離れてた数ヶ月を埋めるかのようにあたしは寛ちゃんと話した。
お話しといっても、相変わらずあたしが一方的に喋って、寛ちゃんから短い返事をもらうだけのものだったけれど。
たぶん、毎回五分と会話していない。
でも、会えるのがすごく嬉しくて。
会えない日は、ハズレを引いたみたいで、なんだか寂しかった。
そんなんだからだろう、あの先輩に迫られたとき、寛ちゃんを思い浮かべたのは。
寛ちゃんは、あたしにとって一番安心できる異性なんだと、いまさらながらに自覚した。
出会ったころは怖い人かもとかって思っていたのに、人の気持ちって不思議だね。
期末試験を控えたある日、授業のひとつが自習になり、これ幸いと女子何人か集まって試験勉強をすることに。
最初のうちは皆まじめに取り組んでいたのだけど、時間が経つに連れ手は止まり、口が動く方が多くなり、自然ガールズトークタイムへと成り果てていった。
集まったメンバーが皆同じ吉原中学出身者たちだったので、トークの内容も中学時代の思い出話が中心になっていった。
学校行事の思い出、好きだった嫌いだった先生たちの話、そのうち目立っていた生徒の話題になり、
「そう云えばさぁ、ニオに本屋とかオモチャ屋あるじゃない? あそこでよくキムたち見るねー」
「あぁー見た見た。でも最近はバラで見ること多くない?」
「うんうん。五月くらいまではいっつも三人揃ってたのにねー。こないだ見かけたときは新月くんと木村くんだけだったなー」
「さてはついに三角関係に亀裂? シン×キムで決まりですかっ、シン×カンも捨てがたかったのに~」
「ケーコ、腐ってる腐ってる」
「そういや、寛ちゃん独りでうろうろしてんのよく見かけるねー。商店街の方でも見たことあるよ」
「こっこれは本格的な発展的解消? 寛ちゃんハッテン場でいろいろと解消ですかっ」
「ケーコ、訳わかんない。怪しい呪文はやめて」
ニオ、って云うのは例の駅裏にあるショッピングモールのこと。
正式名はニュー・オーダー・ショッピング・シティなんだけど、でもほとんどの人はニオとしか呼ばない。それで通じるからいいんだって。
ケーコちゃんの云うシン×キムとかがどういう意味なのかは良く判らないし、知ったらなんか拙い気もするので聞かなかったことにして少し思い返す。
云われてみれば、あたしが再会したときから寛ちゃんは独りでいたっけ。
吉原中の残念トリオと云われてたあの三人が揃っているときに会ったことってなかったんだ……。
仲違いしたとか思いたくもないし、寛ちゃんと会ったときも二人のことは普通に話してたもの。
三人が別々に動く何かがあったのかなぁ……。
「寛と云やぁ、この前女の子と歩いてんの見たぞ」
あたしたちと同じように男子で集まって試験勉強していた隣のグループから、いきなり声が飛んできた。
「えっ、何々? どういうこと武石くん?」
「この前の日曜、試験前最後の出稽古で北校へ行ったんだわ。そんとき天光寺の方へ寛が女の子と、こう、なんかイイ感じで……」
武石くんも吉原中出身者で、出稽古というのは彼が所属してる剣道部でのことだろう。
えっ、でも、なに? 寛ちゃんが、女の子?
「そ、それって寛ちゃんのお姉さんじゃない? よく一緒に出かけたりするくらい仲がいいって聞いたことあるし……」
「うんにゃ違う。寛のねーちゃん、俺知ってるからな。一緒だったのは中学生っぽかった」
「えっ、中学生?」
「おおっ寛ちゃん、淫行に走りますかっ。それもまた一興」
「いや、だからケーコ、あぶないセリフやめてって」
喧騒の中、それなのにあたしにはみんなの声が何か遠くなっていった。
寛ちゃんと、中学生の女の子。――おんなのこ。
この言葉がなぜか耳から離れない。
そしたらなにか胸にモヤモヤしたものができた。
そのモヤモヤがなんなのかハッキリしないまま、あたしはそれに悩まされてる状態で期末試験へと突入。
結果は散々で、高校最初の期末試験はひどい有様だった。赤点を回避できていたのが本当に不思議なくらいの。
期末が終わり、授業が午前中だけになったある日、あたしはニオに立ち寄った。
前に寄ってから試験期間の前後を挟んで二十日ぶりくらいかな? なんとなく足が遠のいていた。
胸のモヤモヤはまだ晴れていない。
むしろ寛ちゃん(と中学生らしい女の子)のことを考えると曇る一方だ。
試験が終わってから志保ちゃんと電話でもこのこと話したけど、志保ちゃんにもよく判らないよって云われた。
それでも、このモヤモヤが何かを、寛ちゃんに会えはハッキリするかもしれないという期待をこめ、あの本屋へと進む。
会ったら会ったでどうするんだろ?
何も考えてない。いいや、行き当たりばったりで。
でも、いざ本屋まで来たら、中へ入れなかった。
店の中を見渡せるところに立ったまま、店内を眺めていた。
寛ちゃんがいるであろうと思われるコーナーを見渡す。
居ない。肩が落ちるのが自分でもわかる。
どうしよう、これから?
来るまで待つ?
来なかったら?
どうする? どうする? どうする? どうする? どうする? どうす……、
「やぁ由香里ん、相変わらず世界一可愛いよ♪」
思考のループに入りかけていたあたし。
突然の耳元への甘いささやき。
「ひゃいっ」
いきなり現実に呼び戻された、そのぞくりとした甘い感触に驚いて一歩前に飛び出して振り返れば、
「……よっ」
片手を挙げて、何か申し訳なさそうな顔をした新さん、元・同級生、新月和浩くんが通路の向こう側にいた。
えっ新さん? わぁ、久しぶりだ。
散切り頭にバンダナ鉢巻、ちょっと強面、半袖のシャツから見える筋肉質の二の腕、変わんないなぁ。
でも何かおかしい。さっきのささやき声、アレは新さんの声じゃなかった。
新さんの声はもっと低くて、男の人って感じがする。でもさっきのアレはもう少し柔らかかった。
なにより、新さんの立ってる位置じゃあたしの耳元でささやけるはずがないし、えっ、じゃ誰が――、
「やはりこうやって見上げると、この御山の神々しさが良く判るというものですなぁ。あぁ、ありがたや、ありがたや」
下、あたしの足元の方から声がした。
声のした方へ顔を向けると、そこにはしゃがみこんだ姿勢で、あたしを見上げ、両手を合わせてあたしの胸を拝んでいる、怪しいメガネ男子がいた。
「やぁ♪」
にこやかに、とてもにこやかにそして爽やかに挨拶してくるメガネ男子。
なぜだかわかんないけれど、あたしは左手で胸をガードし、右手でスカートの前を押さえて、さらに後ろへ飛びずさった。
見えるわけがない。スカートはひざ丈まであるし、第一あのアングルでは頭があたしのおへその辺りだ、覗き込めるわけがない。
だのに、だのに、あたしはスカートを押さえたまま動けなかった。
「やだなー、そんなに警戒しなくても、パンツなんて見えていないよー。淡いブルーの、生地が薄手でフロントの悩ましい翳りがうっすらと透けてて、サイドにはレースが入ってる、お気にだからなのか結構履いてるから少しゴムがくたびれかけてるやつなんて見てないって」
ど……どうして、どうして見えてないって云いながら、そこまで詳しく描写出来るんですかあなたはっ、あたしが今まさに履いてるパンツのぉーーーーーーっ!?
「――からかうのもいい加減にしとけ、キム」
やれやれといった感じで苦笑しつつ、新さんがしゃがみこんでいたメガネ男子の首根っこをひっ捕まえて、そのまま持ち上げる。
引き上げられるがままに立ち上がり、あたしと視線が合うところまで来たとき、
「ゴメンね由香里ん♪ お久しぶり、元気、してたぁ?」
と、メガネ男子キムくん、木村邦明くんは満面の笑みでそう云った。
次回、男祭り。