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好きなまま、好きでいい  作者: シンカー・ワン
由香里~まだ友達の君へ~
2/13

2話 「――でもね、いいやつだよ」

寛ちゃんの思い出。


 信濃寛(しなのかん)


 同じ学区の小・中通しての同級生。

 女子の一部は "寛ちゃん" と呼び、男子は大体が "寛" と呼び捨てにしてた。

 変わったところだと『元祖モンゴリアンチョップ』やら『愛は勝つ』とか『カナルコード・エリア・ナイン』なんて呼んでる人もいた。

 勿論そんなのは木村(キム)くんだけだけど。

 何か睨んでいるような目つきをしてて、見た目はかなりおっかなくて取っ付き難い。

 口調も割かし容赦ないこと云ってたりするので、知らない女子からするとやはり怖い人に思われてた。

 実際お話しをすると、かなりの聞き上手なうえに物知りなので、話題が尽きることがなくてお喋りが楽しくて止まらなくなるんだけどね。

 寛ちゃん自身は女の子と話すのは苦手みたいだったけど、返してくれる言葉が的確だったりで――たまにかなり辛らつだったりすることもあるんだけれど――気持ちよく、そして面白く会話できるので密かに人気者だった。

 あとから聞いた話だと、一部の女子たちの間では、寛ちゃん及びそのお仲間とお喋り出来るのは、一種のステータスになっていたとか。

 あたしも普通にお喋りできる様になってから、その理由がなんとなくわかるようになったけれど。


 あたしが寛ちゃんと知り合ったのは、中一で初めて同じクラスになったとき。

 小学生時代は一度も同じクラスになることがなかったから。

 同じ班になって、しかも席が隣り。

 見た目と雰囲気がおっかなくて、口数が少ない寛ちゃんをなんか怖い人だと思ってた。

 他の男子が小学生のときのノリそのままに騒いでても、それを悟った風に微笑ましく眺めてたり。

 なんていうか、とても同じ中一には見えなくて、大人っぽいって云うより、おじさんくさい男の子だなぁって、そんな風に思っていた。

 まぁ、実際小学校卒業したてにしては結構な老け顔だったんで、それは半分当たっていたんだけど。

 そんな怖そうって印象が変わったのはゴールデンウィークも明け、クラスの女子の一部が寛ちゃんに何かと話しかけだし始めた頃からだった。 

 当時のあたしには、それは不思議な光景だった。

 隣りの席のおじさんくさい男の子が "めんどくさいけど仕方ない" って感じで女子たちと他愛のない会話をしていたから。 

 そして、話しかけてる女の子たちが、なんだかとても楽しそうだったことが。

 寛ちゃんが席を外していたとき、彼のお仲間とともに別のクラスからわざわざやって来てはよく話しをしている、メガネが似合う聡明そうな女の子に恐る恐る聞いたことがあった。

「……あの、信濃くんって、怖くない?」

 あたしのそんな言葉に、彼女は一瞬考えるしぐさをしてから、ケラケラと笑いながら、

「あー、わかるわかる。寛ちゃんって目つき悪いし、なに考えてんのかわかんないもんねー」

 ものすごく楽しそうに云った。

 彼女、水上直(みなかみすなお)さんは小学生時代に寛ちゃんと同じクラスになっていて、小学生らしからぬ彼の独自性に興味を持ち、自ら進んで友好関係を結んでいったそうな。

 そんな知り合ったころのことや、寛ちゃんとその仲間たちとの会話がそれは楽しいものであることを、身振り手振りを交えあたしに教えてくれた。

 それから、同性のあたしから見てもドキッとするくらいの柔らかな笑顔で、

「――でもね、いいやつだよ」

 と、とても優しい声音で、そう云ったの。

 そう告げられたときから、あたしの中でなにかが変わり、寛ちゃんに興味を抱くようになった。

 話しかける切っ掛けが出来たのは班日記。

 B五サイズのノートに班のメンバー持ち回りで書き、毎日担任へ提出する活動報告兼連絡帳みたいなものなのだけど、他のみんなが当たり障りのないこと、その日の授業の感想とか晩御飯には何を食べたとか誰々と遊んだとかを半ページ、よくて一ページくらい書いているだけだったのに、寛ちゃんだけは読んだものや見たものの感想やら、作品論みたいなものを毎回何ページにもわたって書いていた。

 あたしも含めて他の班のメンバーもそれらをまともに読んだことは無く、担任ですら内容に触れずに多く書いた努力は認めるみたいな評価しかしていなかった。

 正直、班のみんなは退いていた。もちろんあたしも。

 毎回何ページも書いて、何を独りで頑張っているのだろう、って。

 寛ちゃんに対して興味を持ち出した頃に班日記が回ってきたとき、初めて寛ちゃんが書いてきたものをじっくり読んでみた。

 新しく始まったドラマの話、古いヒーロー物への憧れ、再放送していた時代劇への感想、刑事物での新人刑事殉職の考察、歌謡曲の素晴らしさについて、働く車のかっこよさ、絵本の雪女の怖さなどなど。

 ……ハッキリ云ってほとんど理解不能だった。

 書いてある大半が何年、何十年も前の作品や物語のことだったこともあるし。

 ひとつだけ良く判ったのは、寛ちゃんは濃ゆい人なのだということ。

 やっぱりついていけないなぁって、思った。

 ただ、その中に古い少女マンガへの思いが書かれているものがあって、その作品のことは知らなかったけど、なんだかすごく読んでみたくなるような書き方をしていた。

 それくらい、なんていうのか、その漫画のことが大好きなんだなーって伝わってきたの。

 でも、寛ちゃんと少女マンガ。とても想像出来ない組み合わせだった。

 そのミスマッチ感がなんだかとても不思議で、でも何かしっくりきて、ある日の休憩時間、珍しく誰にも話しかけられることなく、のんびりと次の授業の準備をしていた寛ちゃんに、あたしは内心かなりビクビクしながら声をかけた。

「し、信濃くんて、少女マンガ読むの?」

 このときのあたしの声は間違いなく裏返ってた。それっくらいに緊張したの。

 ただ、いつもとは違う言葉をかけるだけなのに。

 隣りの席になって一ヶ月といくらか、その間必要最低限の会話しかしていなかった女子から、いきなりそんな言葉をかけられた寛ちゃんは、その何もしなくてもキツイ眼差しをあたしに向け、あからさまに "突然なに聞いてきたんだ?" って顔をしたあと、

「読むよ」

 と、短く、いつもの様に、必要最低限の言葉で答えてくれた。

 用は済んだと顔を前に向けようとする寛ちゃん。

 返事をもらったあたしはどうしたことだか、この機会を逃しちゃいけないとばかりに、

「ど、どんなの読んでるの? どうして読み始めたの?」

 また裏返った声のまま、立て続けに質問をした。

 これには滅多なことでは動じたりしない寛ちゃんも驚いたらしく、いつもの不機嫌そうな顔からさらに眉をひそめて、

「……白○社系の古い作品が主かな。最近のはあまり知らない。読み始めたのは……」

 それでも律儀に、いつも倍以上の口数で答えてくれた。

 それから、少しずつ少しずつお喋りするようになって、夏を迎える頃には普通に会話するようになってた。

 大体はあたしが一方的に話題を振って寛ちゃんがそれに二言三言返してくれるだけのものだったけれど、あの時水上さんが教えてくれたとおりで、寛ちゃんとの会話はとても楽しいものだった。

 知らないことを聞けばあたしにも判るように難しい言い回しとかをせず、丁寧にゆっくりと教えてくれたりして、判らなければまた違う言葉で説明てしてくれたりと親切だったりで。

 寛ちゃんとのお喋りであたしはそれまで知ることのなかった、いろんなことを知った。

 役に立つのもあったし、全然無駄な知識もあったけど、何かを知ることは面白いことだと教わった。

 他のクラスからやってくるキムくん、(シン)さんら、寛ちゃんの怪しくもおかしい友人たちと親しくなったのもこの頃。

 彼らが加わっての会話は寛ちゃんひとりとするときより、話題があちらこちらへと広がって収拾がつかなくなるほどで、常に笑いが耐えず、休憩時間が短いことが残念に思えるくらいのとてもとても素敵な時間だった。

 でも楽しい時間は続くことはなく、夏休みが過ぎ二学期になり、席替えで寛ちゃんとは離れてしまった。

 席が離れても同じクラスだから、お喋りする機会はあったけど、隣だった頃とは違ってそんなに頻繁にって訳じゃなくて、なにか寂しかった。

 三学期も同じ班にはなれなくて、二年生に進級したときにはクラスも別れちゃって……。

 三年生になったとき、また同じクラスになれて、なんだかとても嬉しかった。

 名字じゃなく、寛ちゃんと愛称で呼べるようになれたのがこのころで。

 三学期にやっと同じ班、しかも隣の席になれて、中学最後の時間をとても楽しく過ごせたのを忘れない。

 そして、卒業。

 あたしは普通科の高校、寛ちゃんは工業高校へ進学、接点はなくなっちゃった。

 

 ――はず、だった。


 高校入学後の六月初旬。

 あたしたちの住むこの街で初めて出来た、駅裏から少し奥に入ったところにあるショッピングモール、その中にある大型書店。

 学校からの帰りになんとなく寄り道したら、そこの少女マンガ単行本のコーナーに懐かしい顔が。

 いつもの睨むような眼差しで少女マンガを熱心に立ち読みしてる、信濃寛、その人。

 その姿が何かとても嬉しくなって、こっそり近寄って、後ろから声をかけたの。

(カ~ン)ちゃん、お久しぶり」

 ちょっと驚いたようにビクッとしてから、ゆっくりと振り返り、あたしを見て、

「――坪能(つぼのう)? あ~おひさ」

 少し照れた感じの笑顔で答えてくれた。




 

次回、由香里ちゃんモヤモヤしてきます。

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