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好きなまま、好きでいい  作者: シンカー・ワン
千代美~あなただけを~
12/13

12話 ホントのKissをお返しに・後編

 伝えるものは想いの丈、

 それでも叶わぬ恋なれば、

 捧げてしまうおう、己の全て。

 そして、――どう出る、滝本千代美?

    

     ◇     ◇     ◇     ◇     ◇



「改めて、ありがとう。彼女たちを二人きりにしてくれて」

 映像文化なんたらの展示会場から少し離れたところで、私はその場の面子に礼を云う。

「それから、彼女に告白させないよう気を遣ってくれたことにも、一応お礼を」

 私がそう云うと、新月(しんげつ)くんが苦笑しながら、

「やっぱ、わかってたか。あのタイミングで止めるから、かも知れねぇとは思ったけど」

「スムーズに繋いだつもりでしょうけど、無理があったから。特に木村(きむら)くんに」

 新月くんの言葉に私がそう返すと、

「え、俺?」

 案の定<、木村くんが意外そうに口を開いた。

「あなたにしてはワザとらし過ぎ。作り過ぎてたってことよ。そちらの、愛想の良さそうな彼ならもう少し自然でしたでしょうけど」

「生憎と僕はあのふたりの関係、そんなには知らないからねー」

 私がそんな風に振ると、愛想の良さげな彼はいたずらっ子の笑みで答えてきた。

「でも、そこまでわかっていて何故かな? その分じゃ(カン)のことも知っていそうな口ぶりだし」

 ハンサムくんが、板に付いた厭味にならない気障な素振りでそう問いかけてくる。

信濃(しなの)くんに彼女がいること? 勿論知っているわ。それでも告白しようとするのは彼女の意思よ。私は協力者として彼女の覚悟を尊重しただけ」

「協力者?」

 私の言葉に新月くんが、片方の眉だけを器用に上げた表情で訊いてくる。

「ひょんなことから彼女の恋心とその想いの深さを知ったのよ。自分でも柄ではないと思ったのだけど、その恋が成就するようにと力を貸したくなってね、信濃くんの近況とかの情報収集したりしてたの」

「にしちゃあ、寛の周りでサエサエの影、見たことはなかったけど?」

 ……木村くんがもっともなことを云う。

「――サエサエとか呼ぶの辞めて。……他校と接点があったから、そこからよ。具体的に云うと(ひがし)校の井流(いりゅう)さん」

 ふざけた呼称をする木村くんに一瞥くれてから答えると、

志保(しほ)リンからねぇ。つーことは情報元(ソース)由香里(ゆかり)んか、納得」

 睨まれたことを気にすることもなく、頭の回転が早いとこをみせる木村くん。

 一応、流石だと云っておこう。

「彼女は坪能(つぼのう)さんとは違って、自分で決着つける道を選んだの。それが永い想いに報いることだと信じてね」

 ――そう、恋心に気づけなかった坪能さんとも、告げることの出来なかった井流さんとも違う。

 これこそが滝本千代美(たきもとちよみ)という少女の矜持。

 私はその在り方に、素直な尊敬の念を抱く。

 女として、憧れる。

 それがおそらく、私が滝本さんに協力した一番の理由かもしれない。

「成程、わかった。滝本がそれほどの気持ちなら、俺らが口挟めることじゃないな」

 新月くんが降参したというように諸手を挙げ、静かに微笑む。

 他の面子も同じ様に手を挙げたり、苦笑してたりする。

「――場が見守る方向でまとまったところで。こちらの彼女のこと、紹介してはもらえないかな、(シン)さん、木村(キム)?」

 ハンサムくんが話のベクトルはこっちだというように自然に切り出す。

「まずはこちらから名乗りましょうか。一年電子工学科、白市穂高(しらいちほだか)。以後お見知りおきを」

 そう云って宮廷貴族も斯くやといった具合に優雅な一礼をしてくる。

 明らかに作りすぎた気障さ加減だけど、不思議とそれが許される雰囲気をまとっている。

 ナチュラルボーン(生れながらの)プレイヤー(遊び人)。私は心の中でそう認識する。

「僕は家入幸長(いえいりゆきなが)。同じく一年で新さんと同じ機械科。よろしくねー」

 愛想良さげな彼も名乗る。

 この面子の中で一番年相応に見える、けど、どこか油断ならない気配があった。

 簡単にいうと "年相応に見える振り" をしている感じがある。

 人懐っこさからふところに入り込んで、甘くみせといて寝首を掻く、きっとそういうタイプ。

 そして、それプラス、新月・木村・信濃の残念トリオ、か。

 五人揃って "残念クインテット" て、ところかしら。

 類は友を呼ぶ。映像文化なんたらはそれの具現化ね。

 良くもまぁ、都合よくこんな面子が集まったものだと思いながら、薄く微笑んで自己紹介する。

「商業、商業科一年、石嶺紗江(いしみねさえ)。お手柔らかにお願いするわ」

 それぞれの返事を聞きながら、展示会場へ思いを馳せる。


 ――滝本さん、悔いを残さないように。存分に想いをぶつけなさいな。



     ◇     ◇     ◇     ◇     ◇




「信濃くん、私――」


 そこまで云って、言葉に詰まった。

 伝えたいことはたくさんある。

 どれだけあなたを想っているか、そして想って来たか。

 でも、それを上手く言葉に出来ない。

 想いが溢れすぎてて、形にならない。

 あれ、あれれ? どうしよう、なんて云えばいいの?

 どんな言葉を紡げばよかったっけ?

 どうしよう、どうしよう、どうしよう。

 焦る、焦るよ、焦っちゃう――。


「滝本さん」

 焦りで焦点が合わなくなって視界のぶれた、そんな私の見えるところいっぱいに信濃くんの顔があった。

 それは、あの頃の、あの挨拶の練習をしていた、あのときのようで――。

「落ち着いて。大丈夫、俺はここにいるから」

 柔らかな信濃くんの声が耳に届く。

「ここにいるから、ね?」

 波立っていた心が穏やかになる。

 そして、ゆっくりと私から離れ、はじめに向かい合ってた間合いまで戻っていく。

 少し落ち着きを取り戻した私に、信濃くんは少し憂いを含ませながら微笑んでいてくれていた。

 その表情、眼差しは彼が私の言葉にどう答え、その結果私を傷つけることを覚悟していることを窺わせる。

 そっか、信濃くんはとっくに覚悟完了しているんだ。

 むしろ私の方が、先に決めてないといけなかったのに。

 これじゃあ井流さんたちのこと、どうこう云えたり出来ないな。ね、石嶺さん?

 もう一度、深呼吸。大きく吸って吐いて――。

 よしっ、当方に迎撃される用意あり!


「信濃くん。――信濃くんは、小三のあのときから、私にとってのヒーローでした」

 ゆっくりと、落ち着いて、信濃くんの目を見ながら、語りかける。

「みすぼらしかった私を避けもしない、それ以前に気にもしてなかった。それが私にはとてもありがたいことでした。――あの練習が失敗したときも、なんでもないことのように振舞ってくれた。それがとても嬉しかった」

 私の言葉を信濃くんは、少し照れた風だけど目を逸らすこともなく、ただ黙って聞いてくれていた。

佐古(さこ)くんとケンカしたときも、間接的な原因は私だったのに、そんなこと関係なく立ち向かってくれた。佐古くんが参ったしたとき、何か云ってたよね? 私、何年か後に佐古くんから聞いたんだ。なに云われたかって」

 私がそこまで云うと、信濃くんは初めて視線を外し、彼にお似合いの仏頂面になった。

 そんな表情を見て、私は少し笑って言葉を続ける。

「 "もう滝本さんをからかうな。そんなことしたら次は折る" 」

「あー、アレはちょっと佐古が鬱陶しかったからで、他意は無かったんだけど」

 過去の自分がいい格好しているのを掘り返され、照れながら慌てて否定しかかる信濃くん。

 そんな信濃くんを見て、ますます笑顔になる自分を感じながら、

「でも、私は嬉しかったんだよ。信濃くんのその気持ちが」

 あの頃はそれを知らなくて、云えなかったお礼を、心をこめてする。

「ありがとう。やっぱり信濃くんは私のヒーローだよ」

 一礼をして、そして、もう一度呼吸を整え、

「そんな信濃くんのことを、あの頃から、ずっとずっと好きでした」

 すっ、と伝えたかった言葉を自然と口にしていた。


「今も大好きです。私と、大人の関係込みでお付き合いしてもらえませんか?」


 ああ、やっと、云えた。

 彼の唇が触れたときから、恋と自覚してからの七年。

 彼のモノになる、彼の好みの女になると決めてから、三年半。

 彼が整っているといってくれた顔を綺麗に見えるようにと努力しての三年半。

 彼の好む身体つきになるように足して減らして整えた三年半。

 彼の多方面趣味に応えられるようにと、あれこれ覚えだしてかれこれ五年。

 彼が求めるなら、どんなプレイだって受け入れられるようにと詰め込んだアレな知識の数々。

 全ての努力は無駄にはならない。


 ――だけど、報われるとは限らない。


「ゴメン。俺は滝本さんと付き合えない」

 信濃くんが申し訳なさそうに頭を下げ、そう口にする。

「滝本さんの気持ちは嬉しい。だけど、俺にはもう彼女がいる。だから付き合えない」

 伝え辛いことなのに、それでも視線は逸らさず真っ直ぐ私を見て、そう告げてくる。

 うん、知ってました。

 この夏、石嶺さんから聞きました。

 でも、それでもね、諦め切れなかった。

 このまま何もなかったように、この恋を終わらせたくはなかった。

 告げることがあなたを苦しめることになっても、告げることとそれを断られることで自分が傷つくことになっても、それでも私は伝えたかった。

 私があなたを好きだってことを、あなたに出会えたことに、あなたの優しさにふれられたことに感謝していることを、あなたに直接、自分の言葉で告げたかった。

 私が私であるために。


 少しの沈黙の後、ゆっくりと私は口を開く。

「――その人のこと、好きなんですね?」

 信濃くんが答える。

「ああ」

 短いけれど、強い意思のこもった返事に私は頷き、ゆっくり言葉を続ける。

「その人のどんなところが好きなんですか?」

「……放っておけない、どこか危うくて目が放せない。守ってやりたいって思う」

 容姿とかではなくて "保護欲を誘う存在そのもの" なんだね。

 それは、小三(あの頃)の私にはあって、今の私には無いもの。

「その人が居てもいいから、私と付きあってって云っても――」

「そんなことは出来ないって、わかってて訊いてるでしょ、滝本さん?」

 少しだけ表情を崩して信濃くんが云う。

 うん、そうです。少し意地悪して訊いてます。

「もしも、もしもですけれど、その人よりも私の方が早く告白していたら、違っていましたか?」

 信濃くんはちょっと悲しそうな顔をして、

「たらればは意味がないけど、違っていたかも知れないし、そうじゃないかも知れない」

「……そんな未来があったのかも知れないんですね?」

 そんな私のつぶやきに、

「わからない。現状(いま)がその答えだから」

 信濃くんが困ったような顔して返してくれる。

 嘘でもいいから、"かも知れない" くらい云ってくださいよ。って心の中で苦笑する。

 ――でも、それでこそ信濃くんだよね。

 無用な期待はさせない持たせない。

 傷つけるならば潔く容赦無く、バッサリと。

「――滝本さん」

 再び訪れた沈黙を破るように信濃くんが口を開いた。

「俺なんかを好きになってくれて、ありがとう」

 感謝と、そして申し訳なさの混ざった表情を見せながら、信濃くんが頭を下げる。

「俺はこんなんだから、女の子から嫌われはしても、好かれるなんて思ってなかった。それなのにずっと長いこと想っててくれてたなんて、ホント、ありがとうとしか云えない」

 そんな信濃くんの言葉に私は "そんなことないよ" って気持ちで首を横に振る。

 信濃くんは気がつかなかったのだろうけれど、あなたのこと好きだった人は他にもいるんだよ。

 あなたのすぐ傍にいつも立っていたあの人や、あなたに気持ちを救われた彼女、あなたに安心を見つけたあの娘とか。

 きっと私や石嶺さんも知らない、他の誰かもいるはず。

 それに、何よりもあなたの彼女さん、その人がいるじゃないですか。

 だから――

「 "俺なんか" 、なんて云わないでっ」

 ちょっとだけ睨むようにして、強い口調で嗜める。

私たちが(・・・・)好きになったのは信濃くんだよ。信濃くんだから(・・・)好きになったの。"なんか" なんて云い方しないで。それはあなたのこと好きになった私たちを蔑ろにしてるっ」

 私の剣幕に信濃くんが少し気後れしてる。

「だから、信濃くんが自分を蔑む云い方しないで下さい。お願いします」

 そう云って、頭を下げる私に、信濃くんは何か云い澱むけど、それをぐっと飲み込んで、

「……努力してみる。そこまで云われるほどに自分にゃ自信ないんだけどな」

 なんて、観念したように頭を掻きながらそう云ってくれた。

「それで、いいかな?」

 そんな信濃くんの態度に私の張っていた気も緩んで、

「ま、その辺りで妥協しましょう。本当はもっと自信持って欲しいけれど」

 少しだけ上から目線でえらそうに云ってみる。

「生憎と自信不足が持ち味でね」

 私の言葉にニヤリと笑いながら返す信濃くん。

 互いの軽口に、顔を見合わせて笑いあう。

 それまで経緯で固くなっていた場の空気がほぐれていく。

 ああ、いいな。こんな雰囲気。

 やっぱり、私にとって信濃くんは特別だと思う。

 信濃くんは私をただ "私" として向かい合ってくれる。

 子供のときも、今だって。

 多少見た目が良くなろうが、そそる体型になろうが関係なく、私そのものを相手にしてくれる。

 それはおそらく、私だけではなく、他の人に対してもそうなのだろうけれど。

 そういう信濃くんだから、こんなにも想いを募らせることが出来たのだろう。

 良くも悪くも変わらない人だから。

 好きになって、良かった。

 好きでいて、良かった。

 目の前で笑ってる信濃くんを見ていると、押し留めていようとした気持ちがまたざわめきだす。

 ――ああ、そうだよね。

 想いを伝えただけで満足出来るほど、軽い恋じゃないもの。

 その程度で終われるくらいなら、こんなに永く想い続けてなんていられやしない。


 意識しないで体が動いて、信濃くんへと飛び込んでいた。

 彼の首に両腕を回し、押し付けるようにくちづける。

 七年ぶりに触れる信濃くんの唇。

 あのときはホンの一瞬だった。かすめたくらいだった。

 でも、今は、違う。

 信濃くんの唇に私の唇が重なっている。

 あのときのような偶然ではなく、自分の意思で重ねている。

 ああ、信濃くんの唇。

 私、今、信濃くんと本当のキスをしているんだ。

 鼓動が早くなる。

 血流が全身を巡り、乳房が張る。

 両の乳房の頂きが自己主張を始めて、窮屈だと内側から下着を押し上げる。

 下半身が熱くなる。

 股間が潤いだす。

 恥ずかしい雫が下着を湿らせていくのが判る。

 ただ唇を合わせているだけのキスで、私はただの "(メス)" になっていた。


 どれくらいそうしていただろう。

 一瞬よりも長く、永遠よりも短い時間が過ぎたのち、私はゆっくりと唇を離した。

 彼と私、二つの唇の間に光る糸が曳かれるのが見えた。

 見詰め合う私と信濃くん。

 言葉は無い。

 信濃くんは困惑した顔つきで、私へとかける言葉を模索しているようだった。

 私はきっと上気して蕩けたような顔をしていたことだろう。

 火照った身体はまだ収まってはいなかった。

 潤んだ眼差しで見詰める私へ、かける言葉が見つかったのであろう信濃くんが口を開いた。

「……今のは、俺への罰と、滝本さんへの餞別ってことでいいのかな?」

 罰、か。

 そうだよね、彼女がいるのに他の女とキスなんてしちゃいけないよね。

 バレたら大変なことになるかもしれないしね。

 傍目にはいい思いをしたのかもしれないけれど、表沙汰には出来ない。

 だから、罰なのか。

 うん、信濃くんらしい解釈だ。

 そして、私への餞別。

 為すがままになっていたのはそういう意図だったのね。

 私の好きなようにやらせる。抵抗はしない。

 だから、抱き返しもしない、突き放しもしなかったんだ。

 唇を拭うこともしないのは、あのときと同じ、か。

 ゆっくりと火照りが収まっていく。

 惚けていた頭が回りだす。

 キスしたことに悔いは無いけれど、悔いは残った。

 落ち着いてきたはずの気持ちにもくすぶりが残る。

 いや。むしろ新しい火種を放り込んだ、そんな感じ。

 ああ、ダメだ。ダメ、ダメ。

 諦めるなんて、出来ない。

 私、やっぱり信濃くんが好きだよ。大好き。

 理性が押さえ込もうとしても、感情がそれを跳ね除けてしまう。

 彼女がいるからって、どうして諦めなくてはいけないのか? 

 ただ、告白が遅かった? 彼にその気が無い?

 それがどうしたっていうのっ。

 恋を諦める理由にして、気持ちを誤魔化しているだけじゃないか。

 彼を好きな気持ちは変えられない。

 今はまだ、変わらない。

 ――よしっ、決めた!


「えーっと、滝本、さん?」

 惚けた態度から一転、何か溜め込み出している私の雰囲気に、恐る恐るといった感じに信濃くんが声をかけてくる。

 私はそれに構うことなく、バッグからポケットタイプのウェットティッシュを取り出し、一枚引っ張り出すと、それを信濃くんの口元にやり、

「ルージュが移ってるから、それで拭き取って」

 そう云って、自分用にも一枚取り出し、剥げ落ちたであろう口紅を拭い落とす。

 キスしたときに二人の顔に挟まれて、皮脂で曇ったメガネも専用クロスで綺麗にし、きちんと掛け直す。

 そして、改めて信濃くんに向きなおり、

「信濃くん、私決めたっ。諦めないから!」

 力強く宣言する。

 手渡されたウェットティッシュで唇を拭っていた信濃くんは、私のその言葉の真意を汲み取り損ねたようで、疑問符を浮かべた顔で私を見ている。

「信濃くんに彼女が居ても構わないっ。私は信濃くんのこと、好きなままでいる」

「いや、そこは構おうよ滝本さんっ」

 私の言葉に信濃くんが慌てた風に即座に突っ込んでくる。

「いいの。信濃くんは彼女さんと仲良く付き合ってて。無理やり奪おうとか、間に割り込もうとかって訳じゃないから」

 私のその言葉に信濃くんはますます疑問符を浮かべる。

「本気で諦めが付くまでか、信濃くん以上に好きになれる誰かが現れるまでは、信濃くんのこと好きなままで居ようって思うの。――ま、もし、その間に信濃くんと彼女さんが上手く行かなくなったりしたら、遠慮なく迫るつもりですけれどね」

 何か吹っ切ったようにまくし立てる私。

 あっけに取られていた信濃くんだけれども、そんな私の態度に彼も何か感じたものがあったのか、

「そいつは怖いな。――でも、そんな日はきっと来ないと思うけどね」

 信濃くんには珍しい、お茶目な表情と口調で切り返してくれた。

 そんな彼の対応が何か嬉しくて、

「あら、自分に自信がないって云っていた人が仰いますこと?」

 私も調子を合わせて云い返す。

「俺には無くても、あの子と二人ならどうにかなりそうなんでね」

「まぁ、ご馳走様」

 そして、見詰め合って、笑いあった。

 本当に楽しいと思える気持ちで笑えていた。

 きっと、ここからが私と信濃くんの始まりなんだろう。

 ひとしきり笑いあってから、

「それじゃ、私一度引き上げるわ」

 私がそう云うと、

「もうじき時間だし、ついでに見ていけば "ア○ゴ探検隊" ?」

 信濃くんがチラリと時計を確かめてから誘ってくれたのだけれど、

「 "アル○探検隊" はCSとかで何回も見ているからパス。コマ撮りアニメの方は見に来るわ」

 私の返事に信濃くんは意外そうな顔して、

「へー、見てたんだ。じゃお気に入りのパートなんてのは、ある?」

「ガイコツ剣士との戦闘シーン。素人目にもハリーハウゼンの凄さが判る気がするわ。あとタロスかな? あの金属が軋んでいるような感じはなかなか出せないと思うもの。他の作品……そう、シンドバッドシリーズとかも悪くないとは思うけれど、私は断然 "○ルゴ探検隊" ね」

 私がそんな風に云うと、信濃くんは感心したように、

「凄いね。ちゃんと見てなきゃ云えない感想だ」

 そんな信濃くんの微笑がくすぐったくて嬉しくて、

「あら、信濃くんと付き合おうって思ったら、これくらいは当たり前のことですよ?」

 って、自分の研鑽と彼への思いを混ぜて云ってやった。

 これには信濃くんも苦笑して、

「ハイハイ、訊いた俺が悪かった」

 と、両手を挙げて降参ポーズをとる。

 そしてまた二人して笑いあった。


「じゃ、お昼食べてからまた来るね」

 そう云って展示会場を後にしようとした私に、

「あー、くれぐれも校内でなんて思わないで。外で済ませるように」

 なんて、苦笑しながら信濃くんが云う。

「ん、なぜ?」

 確かこの展示会場のすぐ近くに学食があって、そこで済ませようと考えていた私は反対する理由を尋ねる。

「滝本さんのその格好。うちの餓えた野郎どもには刺激的過ぎる。間違い起こす輩が出てくるとも限らんからね」

 信濃くんが私を指して、そんなことを云った。

「これ、信濃くんに見せ付けるためにした格好ですけれど」

 わざとらしく、服の上から女の子をアピールする部分、胸やらお尻やらに手を添えながら言葉を返すと、

「う、薮蛇だったか」

 失敗したって顔して信濃くん。

「でも忠告通りにします。また後で」

 そんな表情がおかしくて、小さく笑いながら軽く手を振って踵を返す。

「ああ、また」

 信濃くんも軽く手を振って送り出してくれた。

 信濃くんとの楽しく軽いやり取りを最後に、映像文化研究部の展示会場から出る。

 そこから少し離れたところに石嶺さんと、映文研の他のメンバーがいた。


「……お帰りなさい。決着はつけられたかしら?」

 石嶺さんが少し思い込んでいるような顔をして訊いてくる。

 けれど私は、繕わずにそのときの気持ちのまま、

「云いたかったことは云ったし、気持ちも伝えた。でも、終わらなかった」

 そう答えた。

 石嶺さんからすれば、やけに明るく軽い感じでそう云ってくる私を奇異に感じたことだろう。

 でも、構わずに言葉を続ける。

「私ね、諦めないことにしたの。これからも信濃くんのこと想い続けることにしたんだ」

「――えっ?」

 ますます訳が判らないって顔になっていく石嶺さん。

「詳しい話は後々。とりあえず、外出てお昼にしましょう」

 石嶺さんの手を引きながら、正門の方へと進みだす。

「あ、新月くん木村くん、それから初めましてのお二方、お手数かけました。また後から参上するので、私の自己紹介はそのときにでも。では、失礼」

 近くに居た新月くんら映文研のメンバーに軽く会釈しながら横を通り過ぎていく。

 私たちが過ぎ去ってから、彼らが展示会場へと弾かれるように帰っていくのが見え、

「「「「「寛ーーーーーーーーっ!?」」」」」

 信濃くんへ詰め寄ろうする叫びが聞こえた。


 その後、私と石嶺さんは工業高校近くの喫茶店で、軽い昼食とティータイムを取り、十四時前に再び映文研の展示会場へと舞い戻り、彼らの作ったストップモーションアニメを笑いとともに堪能し、

「次は私たちのところの文化祭で会いましょう」

 と、彼らとの再会を約束してから、工業高校を後にした。

 喫茶店での私と石嶺さんのあまり健全とはいえないやり取りやら、展示会場で信濃くんの彼女さんとの予定外の対面とか、ちょっとした出来事もあったのだけれど、語る機会があればまた何時か。


「それで、結局のところどうなったのか。わかるように説明してもらえるかしら?」

 工業の文化祭からの帰り、立ち寄った滝本家(我が家)、その私の部屋で落ち着くなり、石嶺さんは切り出した。

「お昼はなんだかんだではぐらかされましたからね。納得のいく経過を」

 石嶺さんの頭に "怒り" の漫符が見えるようだ。

 喫茶店ではまともな話にならなかったから、かなり腹に据えかねてる様子。

「経過といっても……少し昔話をして、その頃から好きでした、付き合ってって告白して、そしたら信濃くんが断って。でも、あれこれと話してるうちにやっぱり諦めるのが嫌になったから、想い続けますって云っただけ」

 なるだけ簡潔にまとめて伝える。

「……それで私が納得するとでも?」

 石嶺さんがすごい顔して睨んでくる。

「……ダメ?」

 私が少しおどけるように云うと、

「ダメに決まっているでしょっ」

 そう声を荒げると、弾けたように立ち上がり、顔を私に思い切り近づけ、怒気を含んだ声で云う。

「そんなあっさりしたやり取りした後で、真昼間の喫茶店のお手洗いであんなことをするの、あなたは? 違うでしょ! ……信濃くんと何があったの? キリキリ白状しなさいっ」

 ……石嶺さんは自分になんの利もないのに、ただ善意で私に協力してくれた。

 その理由をハッキリと聞いたことはなかった。

 それとなく聞いても「したいからしている」みたいなことを返すだけだった。

 私はその善意に甘えたままで今日まで来ていた。

 彼女に全てを晒さないのは、これまでの善意を仇で返してしまうこと。

 後でどんなになじられてもいいや。全部話そう。でも、

「云ってもいいけれど、……聞いて怒らない?」

 私がそう云うと、彼女は満面の笑みで、

「安心して、もうとっくに怒り心頭よ」

 そう仰いました。

 観念した私は、信濃くんと二人きりになった後のことを何も足さず減らさないで語る。

 昔話のこと、好きだといったこと、断られたこと、もしもの話のこと、くちづけたこと、欲情してしまったこと、諦めきれないと悟ったこと、好きで居続けることを伝えたこと、その全てを。

 私が語り終えるまで石嶺さんは目を閉じて静かに聴いていた。

 そして、徐に目を明けると、

「――やっと、納得出来た」

 微笑を浮かべながら云った。そして、

「なぜあなたがあそこであんな淫行を働いたのかを」

 と、堪らなく愉快そうな表情を浮かべて云い捨てる。

「そっちぃ!?」

 間髪入れず私は突っ込んだ。

 一瞬の間。見詰め合う私たち。

「……くっ」

「……ぷっ」

 そして、どちらからともなく笑いあった。

 涙が浮かぶくらい、おなかを抱えて笑いあった。

 ひとしきり笑いあった後、石嶺さんは先ほどとは違う穏やかさのある顔をして、

「それが、あなたの決着なのね……」

 優しく云う。

「……私ね、あなたがどんな顔してあの部屋から出てくるのかが、とても心配だったわ。泣きはらした顔じゃないのか、絶望に沈んだ顔をしてくるのじゃないか、哀しみに暮れた顔かもしれないってね」

 私に語りかけるのではなく、自分の思いを綴るように石嶺さんは言葉を続ける。

「あなたが傷ついて出てくるのがとても怖かったわ。どんな慰めを云おうか、どんな態度で受け止めようかって、私、散々考えて迷っていたのよ……」

 そこで一度言葉を切り、私を見詰めなおし、また口を開く。

「私にあなたの悲しみを拭うことが出来るのか、あなたを悲しませた信濃くんを恨まずに済むだろうかとか、これなんて筋違いもいいところなのにね。正直いっぱいいっぱいだった」

 そして俯き、何かを我慢するように身体を小さく震わせたかと思うと、

「……だのに、だのによ? あなたったら、何かすごく楽しそうな嬉しそうな顔して出て来たじゃないのっ。私てっきり振られたショックであなたがどうかしたんじゃないかって思ったわよっ、怖々声かけてみれば、訳の判らないこと云うし、こっちの頭が整理しきらないうちに連れ出された挙句、行った先であんなことまでするしで、私がどれだけ困惑したか、わかってる滝本さんっ!?」

 あ、また何かスイッチが切り替わった。

 きっと喋っているうちに感情が昂ぶってしまったのだろう。

 冷静沈着が持ち味の石嶺さんなのに、それほど思いつめていてくれていたのか。

「喫茶店で話を聞こうとしても、後から詳しくって繰り返すばかりで……。私、今の今までずっと悩みっぱなしの心配しっぱなしだったのよっ、この落とし前、どうつけてくれるのかしら!?」

 あー、拙いな、また怒りモード。

 んー、仕方ないと云えばそうなんだけれども、どう答えればよいものか……うん、よし。

「――じゃあ、石嶺さんは私にどうして欲しいのかしら?」

「……?」

 こう切り返した私に石嶺さんは疑問符を顔に浮かべる。

「石嶺さんが想像していたように泣けばいい? 悲しみに暮れればいい? いっそのことおかしく振舞えばいいのかな?」

 そう云う私に言葉を失う石嶺さん。

「……ねえ、石嶺さん。一緒に喜んでもらっちゃダメかな? "そう決めたのね。滝本さんらしいわ" って、いつもの石嶺さんっぽく云ってもらえたら、私は嬉しいわ」

 微笑みながら云う私に、石嶺さんは少し驚いた感じで頬を仄かに染める。

「私、信濃くんに告白を断られて、一応失恋したことになる訳だけれど、信濃くんのことを好きって気持ちを失くした訳じゃないわ。一度振られたくらいで失くすには永すぎた想いだしね……。想いがいつか報われるなんて楽観的には考えてはいないけれど、好きなままで居るのだって悪いことだとは思わない。恋心は大事だけれど、それが無くても好きって気持ちはあるものでしょ? ――例えば、私が石嶺さんのこと好きって思うのは、恋じゃないといけないことかしら?」

 そう云って私は石嶺さんの細い身体に腕を回し、彼女をそっと抱きしめる。

 そして、今までの全てに対して思いをこめて伝える。

「石嶺さん、今までありがとう。石嶺さんが力を貸してくれたから、私信濃くんのところまで行けた、告白出来た。石嶺さんが居なかったら、きっとそこまで行けてなかったと思うわ」

 石嶺さんは黙って私の言葉を聞いてくれている。

 抱きついているから顔は見えないけれど、頬に触れる彼女の頬がとても暖かいのが伝わってくる。

「信濃くんに付き合っている人が居ることがわかったのも石嶺さんのおかげだし、前もって知ることが出来たから、どう心構えすればいいか考える時間も取れた。本当、石嶺さん、様々です」

「……結局のところ、あなたにいい話は持っていけなかったけど、ね」

 石嶺さんが自嘲気味につぶやく。

「それでも、よ。……独りで心細かったときもあったわ。でも石嶺さんが居てくれたから乗り切れた。私、石嶺さんのこと、大好きだよ。ね、石嶺さん、すごく今更なのだけれど、私と友達になってくれませんか? 私の恋の協力者じゃなくて、ただの友達に」

 とても今更な、でも、いつの間にか出来上がっていた関係に、改めて向き合うために。

 利も益もない善意の協力者から、良いことも悪いことも分かち合う、そんな友人になるために。

「石嶺さん……?」

 抱きついたまま、彼女の答えを待つ私。

 そんな私の背に石嶺さんの腕がかかる。そして、

「……紗江」

 顔を合わせないままの抱き合った格好で、石嶺さんの声が頭の後ろ側から聞こえてくる。

「え?」 

「親しい人には名前で呼んでもらいたいのよ、滝本さん」

 そんなこだわりを持っていたんだ。でも、

「自分は名前を呼んでもらおうとするのに、こっちは名字呼びなの?」

 そう訊ねると、

「名前で呼ぶのは好きになった人だけにしたいの」

 と、返してくる。……ふーん、だったら、

「私のことは好きじゃないのかな? なら私も石嶺さんのこと名前じゃ呼べないわ」

「――え?」

 石嶺さんの云い分に私がそう返すと、少しあわてた風に言葉を詰まらせる。

「名前で呼んでもらいたいなら、私のことも名前で呼んで欲しいな、紗江?」

 彼女にもっと寄りかかるように体を預け、甘えるように云ってやる。

「え、それは、……その」

 石嶺さんの動揺が伝わってくる。

 たぶん、上手い切り返しとか用意していたのだろうけど、私があんな風に云ってくるとは思ってはいなかったみたい。

「さっき云ったように私は紗江のこと、大好きよ。紗江も私のこと好いてくれているのなら、名前で呼び掛けて欲しい」

 これでもかという風に、彼女が呼んで欲しいといった名前を連呼。

 私の背に這わせていた石嶺さんの腕に力がこもり、抱きしめ方が強くなる。

「――ち、千代美……」

 私の肩に顔を埋めるようにして、くぐもった声だけど、それでも確かに聞こえたつぶやき。

「なぁに、紗江?」

 石嶺さんの背を軽くはたくようにして優しく声を返す。

「千代美――」

 さっきより、ハッキリした声で私の名を呼ぶ。

「ハイハイ」

 優しく、あやすように彼女の背中を撫でていく。

「――すごく、恥ずかしいわ……」

 それはおそらく石嶺さんの降参宣言。

 見えないけれど、きっと彼女の顔は真っ赤になっていると思う。

「これからも、よろしくね、紗江」

 私の言葉に石嶺さんは、肩に埋めた顔を押し付けるように何度も上下させた。


 高校一年の十月の終わり、七年越しの想いは叶わなかったけれど、生涯の友を私は得た。



 十一月の初旬、我が商業高校の文化祭が開催された。

 開催される土曜日曜の両日ともに一般公開。

 最も土曜の午前は一般参加のお客さんは少ないので、商業校生同士でのやり取りが活発に行われる。

 お昼が過ぎた辺りから外部の参加者が増えてきだし、文化祭も本番となる。

 私は土曜午前のみクラス展示の担当をし、それ以降は所属クラブの方に掛かりきりになった。

 受付けやったり売り子したり。

 漫画やアニメが趣味というのもかなり認知されてきたからか、お客さんはそれなりに多い方だった。

「今日がこれくらいだと、明日はもっといけそうだね。うん、楽しみ♪」

 部長さんが、本日分の売り上げを確かめながら、鼻息を荒くしながらそんなことを云う。

「確実性を増やすための秘策が我に。お耳を拝借……」

 いかにも切れ者って風体をした副部長さんが部長になにやら耳打ちする。

 この人の策とか案は斜め上に向かうのが多いので、出来れば大人しくしてほしかったのだけれど、そうは上手くは行かなくて、火の粉は突然に降りかかってくるもので。

「ふむふむ、成程。――へいっ、タッキー&(つばさ)っ、カモン」

 副部長からなにやら策を預かった部長が、素晴らしきヒィッツカラルド、もしくは往年の名コメディアン、ポ○ル牧さんみたいなポーズで指パッチンして、私と、同じく一年部員の鳴沢翼(なるさわつばさ)さんを呼びつける。

 部長のよからぬことを企んだ笑顔が不安を生むけれど、部内ヒエラルキーの低い一年は逆らえない。

 鳴沢さんと二人、顔を合わせてこれからを成り行きを思い、ため息をこぼすのでありました。


 明けて翌日の日曜日。

 午前十時の開門直後から、外部からの参加者がドッと流れ込み、あっという間に商業高校の敷地内は人で溢れかえる。

 私はといえば、漫画研究部に割り当てられた教室前で、鳴沢さんと二人して、チラシと笑顔を振りまきながら、客引きをやっていました。

 とあるアニメキャラのコスプレをして。

 少し前に紗江が覘きに来たけれど、私の格好を見るなり、必死に笑いをこらえながら、

「……頑張って」

 と口元を押さえ震えながら云い捨てて、足早に去って行った。

 ……コスプレなんて、恥ずかしがったら、負け。

 開き直って堂々としていれば、特に奇異には見られない。平常心、平常心。

「――あ、のー」

 後ろから声がかかる。あ、お客さん? 思い切りの営業スマイルで振り返り、チラシを渡しつつ、決められた口上を媚を込めて一気にまくし立てる。

「いらっしゃいませ♪ こちらは漫画研究部です。イラストの展示や文化祭特別号の会誌の販売も行っています。どうぞ立ち寄ってご覧になって下さいませ♡」

「あー、どうも。滝本さん」

 その声に私の笑顔が凍りつく。

「かなり似合ってるね、その格好」

 少しだけ苦笑気味に、それでも他意はないのがわかる声音でそう云ってきたのは、誰あろう、我が愛しの信濃くんでした。

「くぁwせdrftgyふじこlp」

 言葉にならない叫びを上げてしまう私。何事かと、周りの視線がいっせいに集まる。

 うっかりしていた。失念していた。信濃くんたちも文化祭に来るのだった。

 う、一番見られたくない相手に見られてしまった。……いや、信濃くんで良かったと思おう。

 これが木村くん辺りだったら、後でどんなに囃されることになるやら……って、信濃くん、今携帯で何してましたか?

「あ、漫研見つけたってキムたちに連絡を。ついでに滝本さんがコスプレしてるって伝えたら、写メ送れって」

 ……とっ、撮ったんですか?

「あ、ゴメン。一言入れとくべきだったね」

 そのとき信濃くんの携帯から着信音がし、「失礼」といって確認する信濃くん。

「キムから。グッジョブ! ですと」

 にこやかに死刑宣告をしてくれる信濃くん。

 ……悪気が無いのは判っていますよ。そういう人だって知っていますから。

 でも、それでも、この仕打ちはあんまりです。

「……滝本さん、大丈夫? 急に顔色悪くなったけど? 救護室とか行く?」

 いきなり沈んだ雰囲気になった私に方向違いな心配をしてくれる信濃くんであった。

 気にしないでいいですよ、あなたのせいだけど。

「タッキー、平気? 少し休んでもいいよ。先輩たちには云っとくからさ」

 鳴沢さんまでもが心配してか、そんなことを云ってくる。

 でもその目配せから、外部から来た友人たち(・・・・)と少しくらい話してきてもいいって意味が含まれているのが察せられる。

「じゃ、お言葉に甘えて少し休んでくるわ」

「ん、ごゆっくり……って云ってあげたいけど、なるだけ早く帰ってきてねー」

 さすがにひとりで大勢の相手するのは大変だと、暗に云ってくる鳴沢さんであった。



「こっち」

 と、漫画研究部に割り当てられた教室の近くの階段から上に行き、二ヶ月ほど前、大倉(おおくら)くんから告白を受けたあの屋上へと続く扉前の踊り場へ、信濃くんたち(・・・・・・)を伴う。

「……信濃くんは下で待っててもらえないかしら?」

 ふたりきりにして欲しいと彼に願う。

 信濃くんは彼の隣に連れ添うその人に確認するように視線を送る。頷き返されると、

「じゃ、下で待ってる」

 そう云って、ひとつ下の階へと降りていった。

 屋上扉前の踊り場、私と彼女のふたりきり(・・・・・・・・・・)

「――先日は慌ただしくしていてきちんとした挨拶も出来ませんでしたね。滝本千代美です」

 名乗って軽く頭を下げる。

「あ、わっわたし、武蔵八千代(たけくらやちよ)です。よろしくお願いします」

 彼女。――信濃くんの彼女さんは少し慌てた感じでお辞儀をして名乗ってくれた。

「――そんなに畏まらなくていいですよ。捕って食おうって訳じゃありませんから」

 武蔵さんの緊張を解すためもあって、穏やかに笑みを浮かべながら柔らかく云う。

 でも、そんな風に云われたとこで、いきなりよく知らない女(しかもコスプレ姿)とふたりきりにされたら、警戒するのが当たり前よね。

 しかも、彼氏と知り合いでなんだか訳あり風にやり取りしているしで、武蔵さんの中じゃ不安がいっぱいだろうなって思う。

「いきなりでごめんなさいね。あなたとは一度ちゃんとお話したいと思っていたの」

「あのっ」

 落ち着いた気持ちで話をしようと私が言葉をかけたそのとき、武蔵さんが強い口調で割り込んできた。

「間違っていたらごめんなさい。滝本さんは、信濃さんのこと、好きなんですか?」

 少し怯えの宿る、それでも真剣な視線を私に向け、武蔵さんが問いかける。

「……信濃くんから聞いたの?」

 一拍おいて返した私の言葉に首を振る武蔵さん。

「信濃さんは、そういうことわたしには話してくれません。たぶん、わたしに心配させたくないからだと思います」

 なんだ、よく判っているんだ、この娘。

 信濃くんのことも、彼に自分がどんな風に見られているのかも。

「うん。そうだね。武蔵さんの云う通りよ。私は信濃くんのことが好き。現在進行形でね」

 そんな武蔵さんなら受け止められるだろうと思って、隠さずにストレートに自分の気持ちのことを伝える。

 それでも、驚き怯えの表情を浮かべる彼女。

 もう、心配性だな。自分がどれくらい信濃くんに好かれているのか、その大きさまでは判っていないのかな?

「安心して。見事に振られていますから。あなたが居るから私とは付き合えないってね」

 私のその言葉に少し安堵の表情になる武蔵さん。けれどすぐにまた不安気になって、

「で、でも、現在進行形って――」

 ああ、それね。元々そのことを伝えるために話し合いの場を作ったんだし、

「正直に云うわ。私、まだ信濃くんを諦めきれていないの。さすがに七年も想っているから、そう簡単には忘れられないわ」

 七年と告げた、その月日の長さに言葉を失う武蔵さん。

 でもね、実際は月日の長さなんて大した問題じゃなくて、大事なのは想いの深さと強さじゃないのかな?

 それ以上に受ける側の気持ちが大切なんだけれど、ね。

「だから、ね、武蔵さん。あなたにはしっかりしてもらいたいの」

「え?」

 私の言葉に、意外でよく判らないって顔をする武蔵さん。

「あなたが信濃くんから離れたりしたら、私、遠慮なく奪いに行かせてもらいますから。――だから、そんなことが無いように、信濃くんのこと放さないようにして下さいな。出来るでしょ? 好きで居続けているだけでいいのだから」

 私の云っている意味が届いたのか、徐々に内側から明るさを増していく彼女の顔。

「私に信濃くん、奪わせたらダメだよ。判った?」

 念を押すように顔を近づけてから、少し砕けた風に言葉を告げると、

「は、はいっ。負けませんっ。滝本さんにも、他の人にも捕られないように信濃さんのこと好きで居続けます!」

 いい返事。これが聞きたかった。

 長年想い続けていた人を任せるんだ。これくらいの気概を持っててくれないとね。

 まだわずかの邂逅だけれど、彼女がすごく良い娘なのは心に伝わった。

 ん、いい人を選んだね、信濃くん。

 ……まーもっとも、これくらいのレベルじゃないとアブラゲ浚われた身としましては、納得がいきませんけれど。

 あ、そうそう。

「ね、さっき "他の人にも" って云ったけれど、それってもしかして坪能さんのことかな?」

 坪能さんのこと彼女が知っているのかは判らないけれど、ちょっと気になったので取り合えず確かめてみると、

「あ、はい。夏休みに偶然会って、そのときに中学時代の友達だって紹介されました。あの、でも、坪能さんが信濃さん見詰める目とか話してる言葉の感じとか、もしかしたらって……」

 意外と察しがいいんだ。でも、同じ相手好きなんだから、そこら辺はなんとなく判っちゃうのかな?

 もしかしたら、坪能さんの態度があからさまだっただけなのかも知れないけれど。

「さて、と。武蔵さん」

「あ、八千代でいいです。年上の人からさん付けで呼ばれるのってなんかこそばゆくって……」

「そう? じゃ……あ、信濃くんからはなんて呼ばれてるの?」

「えっ、あ、その、……千代ちゃん、て……。あーけどけど、新さんたちもそう呼んでくれてますからっ」

 照れながら必死で云い訳めいたことを口走る千代ちゃん。

 なんか可愛いなぁ。

 木村くん辺りはからかって楽しんでそうだなって思った。うん、勘だけれどたぶん当たっているはず。

「では、千代ちゃん。改めて恋敵宣言。それから友好条約締結ね」

 そう云って右手を差し出す。

 千代ちゃんは差し出された右手と私の顔を交互に見て、それから、

「よろしくお願いします。千代美さんっ」

 と、闘志を明るく顔に出し、力強く私の手を握り返してきた。

 ニッと笑いあう私たち。

「あ、でも、恋敵はわかりますけど、友好って……?」

 千代ちゃんが説明を求めてくる。

「恋敵といってもギスギスしあうのは嫌だし、同じ人好きになったもの同士にしかわからない事もあるでしょ? 信濃くんに直接云えない不満とか愚痴っぽいこと云いあえる相手が居ると楽でしょう? そういうこと」

 そう簡単に云ってあげると、パァっと明るい顔をして、

「はい、そうですね。本当、よろしくです千代美さんっ」

 握った手をぶんぶんと振り回す。痛い、痛いってば。

「ち、千代ちゃん、ちょっとっ」

「あっ、ごめんなさぁい」

 しかめっ面して言葉をかけると慌てて手を放して謝ってくる千代ちゃん。

 平謝りする彼女をあやしながら思う。

 この娘が恋敵でよかった、と。

 この娘なら、彼と一緒でも安心出来る。

 彼と一緒に好きになれる。

 七年の恋心はいつか昇華出来るだろう。

 信濃くんを想う千代ちゃんの気持ちと共に。

 私は彼のことを好きなまま、居ればいい。

「さて、そろそろ信濃くんも待ちくたびれているだろうし、私も持ち場に戻らないとね」

「あ、そうですね。……良かったです。千代美さんとお話出来て」

「私もだよ、千代ちゃん。……それにしても」

「ん、なんですか?」

「うん、どうでもいいことなのだけれど、滝本千代美と武蔵八千代って似てるなって。名字の響きもそうだし、名前なんて一字違いの大違いだしね」

「あ、そうですね」

「――だったら、信濃くんが私に傾く可能性も割りと出てきたり」

「しませんっ、きっとしませんっ。もう、千代美さん、意地悪ですよー」

「あら。古今東西、正妻は苛められるものですよ、千代ちゃん?」


 楽しく笑い合いながら階段を下りていく私たち。

 その先には信濃くんが居る。

 壁や天井に反響して聞こえたであろう、私たちの他愛ない話にきっと苦笑いをしながら。

 それでもきっと、どこか楽しそうな顔をして。

 信濃くんは居る。

 けしてこの想いが届くことのない、だけど、私の大好きな人が。




各話の文字数がそれなりに多くて、

いつまで続くのかと思われた千代美編もこれにて終了。

永のお付き合いありがとうございました。


次回、エピローグ。最終話です。


もうちょっとだけ、続くんじゃよ。

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