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好きなまま、好きでいい  作者: シンカー・ワン
千代美~あなただけを~
10/13

10話 Kissに撃たれて眠りたい

それは口付けから始まった淡い想い。


彼女の恋はただ一途にひたむきに。

 

 私、滝本千代美(たきもとちよみ)信濃寛(しなのかん)くんを意識するようになったのは、小学校三年生のとき。


 秋の学習発表会というものがあった。

 生徒がいくつかの班に別れて、あれこれと調べたことを父兄の前で発表する催しだ。

 そのとき編成された班で、私は信濃くんと一緒になった。

 私たちの班が発表する内容は "世界各国のいろいろな挨拶" というもの。

 調べた、というけれど、ほとんどは担任が大まかにまとめた資料で、私たちのすることと云えば、それを実演を交えて紹介するだけのことだった。

 そして、この "実演を交えて" というのが問題で、基本男女二人一組になって、例えばお辞儀をしあったり、握手をしたりするのだけれど、世界の挨拶の中には現代に生きる日本人の感覚からすると "なんでこんな事をするのだろうか?" と思うようなものがいくつかあり、誰がそれの担当になるかでもめたのだ。

 抱擁しあうとか、頬を合わせるなんかはいくらかの抵抗はあったけれど何とか担当するペアは決まった。

 けれども、最高難易度とも云うべき(どこの国かは忘れてしまったけれど)とある部族特有の "互いの鼻の頭をすり合わせる" 挨拶を、やりたがる人は誰もいなかった。

 それはそうだろうと思う。

 抱擁や頬を合わせるなんてのは、それっぽく見えれば何とか誤魔化しも効くし、ギリギリのレベルで幼いスキンシップのうちだと云い訳も出来るのだけれど、鼻の頭をすり合わせる、なんて行為は一歩間違えれば、いや間違えなくとも、口付けする寸前のポーズ。それを誰がやりたがるというのか?

 そもそも、なんで担任はこの挨拶を生徒にやらせようと思ったのか?

 せめてもう一学年下くらいならギリギリで意識せずこなせていたろうに、小学三年生なんて自意識の中途半端な時期にこんなことをなんて。

 今となっては小一時間ほどキリキリと問い詰めたい気持ちでいっぱいだ。

 で、もめた挙句、女子の担当は私になった。

 どの挨拶をやるかをまだ決まっていないからと、押し付けられたのが真相だけど。

 私が女子側に決まったことで、男子の方はさらにもめることになる。

 担当が決まっていない男子で、やりたがる人がいなかったのが原因で、その理由は私に在った。


 その当時の私は、毎日ひどくみすぼらしい格好をしていた。

 何日も着たきりで薄汚れていた上に、それなりの体臭も放っていた事だろう。

 男子の中には、あからさまに臭いとか臭うとか云ってくる人もいた。

 あの頃の私の家は大きな借金を抱えており、両親はその返済に毎日追われてて、終日深夜まで働きづめだった。

 そんなこともあって、我が家の生活レベルはひどく低くなっており、洗濯は週に一度まとめて、お風呂にだって三日おきに入れればよい方だったりしてた。

 新陳代謝の早い子供の頃は、三日おきのお風呂ではかなり体臭が残るもので、また手入れのされてない髪の毛からも不快な印象は強く出ていたと思う。

 着ているものを新調することなどとんでもなく、穴が開けば接ぎを当て、多少擦り切れていようがお構い無しに着ていたりした。

 まれに新調出来るようなことがあっても、全て弟や妹のものを買ってもらうようにしていた。

 私は姉なのだから、我慢するのは当たり前。下の子に少しでも良い思いをしていてほしかったという気持ちがあったから。

 そんな風体の私だったから、好んで相手になろうという男子がいないのも仕方ないことだったと思う。

 未担当の男子たちがもめているのを見かねて、担任が強制指名して決めようとしたとき、

「――押し付けあってんの見るのも鬱陶しいから俺がやります。野間(のま)、お前決まってた俺の分、代わりにやってくれ。……それでいいですか、先生?」

 と、信濃くんが面倒くさげに担任へ進言し、渡りに船だったので担任はすぐに提案を受け入れ、最難関が決まったことで他の組み合わせもさくさくと決まっていった。

 ついでに担当する挨拶も少し変更され、私と信濃くんのペアには、なぜか顔を近づけるとか体を合わせるといった接触系がまわされていた。

 明らかなからかいと、ちょっぴりの嫌がらせだったのだろう。

 それまで受けてきたその手の経験から私はすぐにそう察したが、信濃くんはどこ吹く風といたって平静だった。

 その頃の私の信濃くんに対する感想は、いつも不機嫌そうな顔をしている、目つきの悪いちょっと怖そうな男の子といった程度のもので、皆が私を避けるのと同じような感じで、私も彼に関わらない様にしていた。

 だから、彼が何を考えてあんな提案をして私とのペアを組む事を決めたのか、その真意が判らなくて、どう応対すればいいのかとても困っていたのも事実。

 でも、彼はそんな私の悩みも知らん顔で、ごく当たり前に発表会の練習を淡々とこなして行くだけだった。

 皆が汚いとか臭いとか云ってる私と、顔を近づけようが肌が触れようがお構いなし。

 逆にその平然とした態度に私は助けられ、いつしか彼と同じ様に普通に対応していくことが出来ていた。

 でも、世の中はそんなに上手く行くことばかりではなくて、待ち構えていたかのように事件が起こる。

 発表会の練習中、例の鼻の頭をすり合わせるやつのときだった。

 信濃くんが平気そうにしていても、必要以上に近づきすぎるのはやはり女の子として抵抗があったから、いつも微妙な距離を保っていたのだけれど、この日のこのときはそれが上手く行かなかった。

 少しバランスを崩してしまった私は、彼に寄りかかる形となり、そして必然的に鼻と鼻を合わせる距離はゼロからマイナスに。

 ――私の唇と、信濃くんの唇が、触れ合ってしまったのである。

 一瞬の出来事。だが、衆人環視の中だ、ましてやまだまだ子供な小学三年生たち、それを見逃す筈もなく、皆がざわめき、そして一部の騒がしくしたい子たちが一斉に囃し立て出す。


「チューした」「信濃と滝本がチューしたぞ」「チューだ、チュー」「キスだよ」「キス?」「キスしたキスしたぁ」


 私は反射的に信濃くんから離れ、自分の口元を両手で覆い、事態にどう対処すればいいかわからずに、ただオロオロとその場に立ち尽くすだけで。

 一方の信濃くんは、皆の囃し立てる声に少しムッとした顔を見せたけれど、それに云い返すとかもせず、ただ舌で自分の唇をペロッと舐めただけだった。

 私は、彼が手で、あるいはハンカチとかで拭ったり、唇を水で洗い流しに行ったりとか、そうするものだとばかり思っていた。

 だから、その対処の仕方に驚きと、何か暖かいもので胸が満たされていくのを感じていた。


 ――数年後、信濃くんの趣味を知るためとそれに合わせるために読んでいった多くの名作漫画のひとつ、『ジョ○ョの奇○な○険』第一部の序盤で、ライバルキャラに無理やりキスされたヒロインが、そのあと泥水で己の唇を洗うという描写があった。

 あなたのしたことなどなんともない。これくらいのことで自分は穢れたりしないという意思を表す素晴らしい描写。

 小学三年のあの時、信濃くんがやったのはこれと同じ様な意味合いだったのだと気づき、彼のその行為にいっそう想いが深くなったのは云うまでもないことで。


 皆の囃し立てる声はなかなか収まらず、担任も注意をするのだが、それで静まる気配はなかった。

 業を煮やした、担任がついに大きく声を張り上げようとしたそのとき。

 スチール製の教卓の横の面を、信濃くんが思い切り平手で叩き、よく響く大きな音を立て、自分に皆の注意を集め、

「幼稚園児じゃないんだから、いい加減静まれ。ガキかお前ら?」

 思い切り下げ荒んだ目で見据えて、呆れた様に云い捨てたのだった。

 云ってるあなただってまだ小学三年生でしょうが? という私の心の突っ込みはさて置いて、そんな風に云われた騒ぎたいお年頃の一部はさらに何かの文句を信濃くんに飛ばすのだけれど、

「そういうところが幼稚園児だっつーんだ。今はお遊戯の時間じゃねぇぞ?」

 と、あの不機嫌そうな顔と目つきで凄まれ、ほぼ同時に担任にも注意され、とりあえず大人しく引き下がっていった。

 場が落ち着くと、信濃くんは何ごともなかったかのように、

「じゃ、先生、続きからやりますか?」

 と、発表会の練習を続けるように促してた。

 この一件でクラスの皆の信濃くんを見る目が良くも悪くも変わったのは確かで、後日悪い方の目がまた騒ぎを起こすこととなる。


 例の一件から数日、学習発表会まであと少しとなったとある日のこと。

 担任が急な用事でどうしても抜けなくてはならなくなり、午後の最後の授業が自習時間になったとき、事件は起こった。

 発端は先の一件で一番騒いでいた男子、佐古(さこ)くんが、担任の居ぬ間にあの日やりこまされた相手・信濃くんにやり返そうとしたことから。

 先頭に立って騒いだりする男の子というのは、基本目立ちたがりで、その上に妙なプライドだけは高く、他人に凹まされたりとかしたらそのことを根に持ったりするもので、佐古くんはそんな典型的なタイプだった訳。

 佐古くんは取り巻きの男子数人を引き連れ、既に終わっている出来事を持ち出して、ネチネチと信濃くんに絡み始める。

「信濃ー、滝本とチューしてどうだったー? また練習のときするのかー? 本番のときも父ちゃんや母ちゃんの前ですんのかー? やるんだろー?」

 ニヤニヤと笑いを浮かべながら、信濃くんの机を囲むようにして煽る佐古くんとその取り巻きたち。

 対して信濃くんはいつもの仏頂面で三白眼の視線をチラと送っただけで、彼らの声など聞こえてないという風になにか本を読んでいた。

 その信濃くんの態度に佐古くんのボルテージはますます高くなり、言葉だけでなく、ついには手を出しはじめる。

 この手の人種は、人に無視されるのをとにかく嫌がる。

 常に誰かに相手をしてもらっていないと自我が保てない。

 注目されていないと気がすまない。

 要するに、自分が無い。

 そんな佐古くんだから、信濃くんに相手にされて無いのが判ると、彼の邪魔することに躍起になったのも無理はない。

 信濃くんを取り巻きたちが小突いたりして、気をそちらに向けさせた隙に彼の手から本を取り上げる事に成功すると、戦利品を高々と上げ振り回してから、

「すかして何読んでんだよ、どうせ漫画だろー?」

 信濃くんの読んでいた本に目をやるが、佐古くんには縁の無さそうな、まだ知らない漢字もいっぱい使われた文字だらけの本(どうやら文庫の小説か何か)は荷が重すぎたようで、それがまた佐古くんの肥大化してる矮小なプライドをいたく傷つけたらしく、

「ちぇ、なんだよっ、こんなもんっ」

 と、負け惜しみを口走って、信濃くんの本を床に叩きつけ、さらに踏みつけようとした。が、

「――オィ」

 いつぞやと同じ様に、平手で机の天板を思い切り叩き派手な音を立て、皆(この場合は佐古くんとその取り巻きたち)の注意を引いてから、飛び切り不機嫌なきつい目つきで彼らを睨みつけて、

「その本は今のお前らなんかより俺にとっちゃ価値があるんだ。手荒に扱っていいもんじゃないんだよ」

 なんて、押し殺したような声で一言云ったあと席を立ち、床に投げ捨てられた本を拾い上げ、パンパンと埃を払うようにしてから机の中にしまいこむ。

 それから、佐古くんたちに振り返って、

「ケンカ売りたいんなら買ったげるから、こんな回りくどいことするなよ」

 と、呆れた様に云い、ズイっと佐古くんの前に立ちはだかる。

 体格的には佐古くんの方が勝っていたけれど、態度とか格っていうのか、そういうのは明らかに信濃くんの方が上だと、クラスの皆には見えてただろう。勿論私にも。

 自分にマイナスになることに関しては空気を読むのに長けている佐古くんは、自分がバカにされていることを敏感に感じ取って、即信濃くんに手では無く、脚を出した。

 佐古くんが信濃くんのすねを蹴り上げたのを合図に、取り巻きたちが四方から信濃くんへと襲い掛かる。

「これで正当防衛成立」

 信濃くんがすねの痛みに顔をゆがめながら、そうつぶやいたのが私には聞こえた。

 周りから蹴られたり殴られたりされながらも、信濃くんはただ佐古くんのみに狙いを定め、佐古くんの首に片手を回すと柔道の大外刈りみたいな感じで彼の脚を刈って床に叩き伏せ、そのまま彼の上に覆いかぶさり、右手で佐古くんの左手首、というか手の甲近くを掴み、左腕を佐古くんの左腕に巻きつけるようにし、左手で自分の右手首を掴んで、そのまま絞り上げる。

「あ゛ぁぁーーーーーーーーっ」

 佐古くんが声にならない悲鳴を上げて信濃くんの下でもがき足掻いていた。

 その佐古くんの必死な様子に、ただごとじゃないと気がついた取り巻きくんたちが上になってる信濃くんを踏みつけたりして佐古くんから離そうとするけれど、信濃くんは掴んだ手首を放そうとせず、いっそう絞り、極めようとしていた。

 佐古くんの、もはや言葉になっていない泣き声が響き渡るが、信濃くんはそれでも放そうとはしなかった。

 取り巻きくんたちも、自分たちが信濃くんを踏んだりすれば、それが逆に佐古くんを痛め付けることにつながっていることに気がついて、手を出さず遠巻きして様子を窺っている。

 散々踏みつれられたりしてボロボロになってた信濃くんだったけれど、まだ手首を放さず極め続けたまま、佐古くんの耳元で何か囁いているのが見えた。

 何と云ったのかわからないけど、答えるみたいに佐古くんは涙やなんかでグチャグチャになった顔を何度も上下させる。

 それでやっと信濃くんは組んでいた手を解いて、佐古くんから離れると、机を支えにしてしんどそうに立ち上がり、そのまま机にもたれかかってた。

 佐古くんのひどい泣き声とバタバタしていたことで騒がしさを感じとったのか、今頃になってやっと隣のクラスの先生が私たちのクラスの様子を覘きに来て、騒動があったことを知り、その当事者たちから話を聞こうとするも、仕掛けた側は泣いていて、仕掛けられた側もボロボロの有り様。

 どっちが悪いのかなんてわかりゃしない状況で、とりあえずケンカ両成敗ということで罰として指定された場所の掃除当番を後日することで決着はついた。

 翌日、佐古くんと信濃くんは学校を休んだ。

 佐古くんは左肩の痛みで、信濃くんは背中の広範囲の打撲から来る発熱でというのが欠席の理由だった。

 この怪我? のことで佐古くんと信濃くんのご家族の間でひと悶着があったとか無かったとか。

 でも、仕掛けたのは佐古くんで、怪我の状態は信濃くんの方がひどいことから有耶無耶になったそうな。

 さらにその翌日、肩からすごい湿布臭をさせながら佐古くんが登校して来た。

 信濃くんはまだ休みのまま。

 復帰した佐古くんは、なぜか以前のように私のことをからかったりしなくなり、逆に妙に避けるようになっていたのが不思議といえば不思議だったけれど、相手にされなくなったことで気持ち的に楽になったので、それはありがたいことだった。

 佐古くんが登校してきた日のお昼休み、担任から呼ばれた私は信濃くんからだという言付けを聞かされる。

 "発表会の練習、出来なくて申し訳ない" というシンプルなメッセージ。

 班全体ではなく、私個人宛だと、そう担任に云われた私は、彼が唇を舐めたあのときと同じ様な、胸に暖かい何が満ちるのを感じていた。

 信濃くんが登校してきたのは結局発表会の前日で、最後の練習に何とか間に合った形だった。

 私はもう、例の鼻をすり合わせる挨拶で不必要な抵抗をすることは無い。

 また唇が触れたって良いって気持ちでやってた。

 むしろ、触れてくれれば良い、そんな思いですらあった。

 でも、そんなウレシハズカシな出来事はなく、発表会当日を迎える。

 忙しくしていた私の両親も、この日は時間を作って見に来てくれていた。

 発表会そのものは特に問題もなく進行していき、無事終了。

 私は口上とかをとちったりしたけれど、実演そのものは失敗することなくこなせてた。

 例の鼻合わせは父兄にも衝撃的に写ったらしく、発表会後の懇談会では一番の話題になっていたと、後で両親から教えてもらった。

 あれを照れもせず、淡々とこなしていた私の相方、信濃くんの事をいろいろ訊かれたりもした。

「ああいうのは変に意識したりする方が上手く行かないものだから、その点あの子はすごいね」

 とか、お父さんは妙な感心をしたり、私が練習のときからあんな感じだと教えると、

「私達のせいで千代美が普段あんなのに、嫌がったりもせずに? 出来た子ねぇ」

 と、私に申し訳なさそうにしながら云う母。

 私はそんなことは無いって気持ちで、母に思い切りの笑顔を向け、

「うん、信濃くんはすごいんだよ」

 なんて、彼が褒められたことが何かすごく嬉しくて、そんなことを云う。

 そんな私の嬉しげな様子に、父は愛想を崩しながら、

「千代美は信濃くんのことが好きなんだねぇ」

 私の頭を撫でながら云った。


 ――好き。


 父の云った、何気ない一言。

 友達に対して抱く、そんな意味合いで云ったのだろうその言葉。

 幼かった私が信濃くんへのよくわからない感情の、その意味を知った瞬間だった。

 そしてそれが、ただのクラスメイトからひとりの男の子への思いとしての "好き" になるのに、さして時間は必要なかった。

 でも、それは伝えられなかった。

 ――彼に拒否されるのが怖かったから。

 発表会以降、それまで接点のなかった私と信濃くんだったけれど、普通に話をするくらいのお友達にはなっていた。

 だけど、私が抱いているような感情を、彼も持っているのかはわからない。

 そんな状況で、男女としての "好き" の関係を求めて、彼との友達の関係まで壊れるのが怖かった。

 彼に嫌われるのが、――ただ怖かった。

 云い出せないままの関係で三年生は終わり、持ち上がり式で四年生も一緒だったけれど、それなりに仲の良いお友達の関係は変わらないまま。

 信濃くんがあのケンカの一件で、女子たちから敬遠されているのが救いといえば救いだったけれど。

 そして五年生になるとき、クラスが分かれ、信濃くんとの接点は無くなってしまった。

 我が家の借金が完済され、生活にゆとりも出来始め、以前の様なみすぼらしさのなくなった私を、彼に見てもらえなかったのが残念であったりしたけれど。

 それでも、こっそりと彼のいるクラスの様子を確かめたりもしていた。

 幸い? というか、五年生のときの彼は相変わらず女子から避けられている感じで、私はホッとしてた。

 代わりにというか、信濃くんと似た雰囲気を持った男子が彼と急接近して意気投合してたのが気にはなったけれど、男子の中でも浮き気味だった信濃くんに同性の友達が出来るのはいいことだなんて軽く見ていた。

 のちの、残念トリオと呼ばれる存在の誕生だなんて思ってもなかった訳です。

 六年生になって状況は一変。

 水上(みなかみ)さん。彼女が信濃くんたちと親しくなり、自分を介して他の女子たちに信濃くんたちの良いところを喧伝し始めた。


 ――余計なことを。


 私はハッキリとそう思ったけれど、クラスも違うためにどうすることも出来ない自分が歯痒かった。

 信濃くんたちへの認識を改めた女子の中から、井流(いりゅう)さんという信濃くんに思いを寄せる娘が現れたのが判ったとき、彼の魅力をわかってくれたことに感謝をし、同時に恋敵の出現に焦ったりもした。

 ありがたいことに井流さんはその想いを告げる気がなさそうだったので、助かったけれども。

 信濃くんに想いを寄せる娘が出てきたことで、私の中で明確な目的が出来た。

 彼の好みの女の子になること。彼の一番になること。

 外見だけではなく、中身も含めて。

 それから私の、人に云えない努力が始まった。

 高校に入って石嶺(いしみね)さんに看破されるまでは、誰にも気づかれずに。



「それで、結局のところ、どうするつもりなのかしら?」

 そろそろ互いの帰る道が分かれようとする辺りで切り出す石嶺さん。

「どうするって?」

「あなたの恋の決着のつけ方」

 足を止め、向き合って言葉を交わす私たち。

 石嶺さんの眼差しは深く、そして険しい。

 私はそれをやんわりと受け止めて、

「そんなこと、決まっているじゃない」

 笑って答える。

「告白するわ、信濃くんに。私の想いのありったけを」

 その返事に石嶺さんは一瞬驚いたように目を開き、そしてすぐに破顔して、

「ったく、あなたらしいわね」

「でしょ?」

 やれやれって感じで告げる彼女に応え、それから二人して声を出して笑いあう。

 十分にその場の空気を楽しんでから、再び石嶺さんが切り出す。

「それで、決行するのは、いつ?」

 決め顔で私は答える。

「十月の終わりの工業の文化祭。彼の元に乗り込んでね。それまでは自分磨きを続けて女っぷりを上げとくわ」

 石嶺さんが彼女に似合わないくらいに表情を崩して、

「乗った。付き合うわ」

「ありがとう、心強いわ」

 そして、また見詰め合って笑いあう。


 決戦は一ヶ月先。

 それまで、首洗って待ってなさいな、信濃くん!



 





次回、千代美編最終話。

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