1話 「……アタシに由香里の半分でも乳があれば」
初の連載となります。
読者の皆様に楽しんでいただければ幸いです。
放課後の校舎裏。
体育館とプール施設に挟まれた独特の空間。
人気のないその場所であたしは待ち人をしていた。
クラスメート経由で呼び出された、相手は二年生の先輩男子。
伝え聞くところによるとバレーボール部でけっこう女子に人気のある人らしい。
よく知らない人から呼び出されるなんて正直不安です。
うぅ、心細いなぁ。
"ひとりで来てくれ" なんて云われてなきゃ、志保ちゃんに一緒にいてもらったのに。
あぁ、志保ちゃんも今は部活中だ。
どっちにしてもひとりになるのかぁ~、う~ん……。
「ゴメン、待たせちゃったね」
体育館側からやって来たその人はウェーブのかかった前髪をなでつけながら、にこやかに云った。
笑ったら歯が光りそう。
バレーボールやっている人だからなのか、けっこう背が高い。たぶん百八十センチに近いだろう。
あたしが並ぶと肩の高さまであるかないかだろうなぁ。
女子に人気があるのが判る、爽やか系の整った顔立ちをしている。
んー、あたしの好みではないですけれど。
トレーニングウェア姿なのは練習を抜け出してきたとか、かな?
「練習が少し長引いてね。やっと休憩になったから飛んできたんだ」
……そんないつになるかあやふやな時間に呼び出さないでほしいなぁ、って思うけど口には出せません。
代わりに出たのは、
「あのぅ、それで先輩、私を呼び出したのは……どういうご用件で?」
あたしがそう云うと先輩はキリッとしたまなざしであたしの目を見詰めて、
「坪能由香里さん、俺と付き合ってくれないかな?」
と、甘い口調で告ってきました。
「――はいっ?」
あまりのことに反応出来ないあたしとの間を詰めるように踏み込んでくる先輩。
迫る圧に本能的に下がるあたし。
「俺と交際してほしいんだ、ダメかな?」
さらに甘くささやく先輩。
さ、さっきから何か云う毎に距離が近くなってくるんですけどぉ(汗)
「え、え~と」
あわわっ、いつの間にか校舎の壁が背にー。
「俺、今フリーだからさ。ね、いいだろ?」
いえ、先輩がフリーだろうがなんだろうが、あたしには関係ないことないんですがっ。
追い詰められたあたしを、先輩が壁に両手をつけて覆いかぶさるようにしてぐっと見詰めてくる。
「あ、あのぅ」
先輩の瞳から云い様のない禍々しい何かを感じるのは不安から来る勘違い?
そうであってほしいっ。
目をそらせたいのにそらせない、俗に云う蛇に睨まれた蛙ですかーッ!?
「――いいよね」
良いも悪いも、あたし何も云ってませんし、承諾してませんよーっ。
先輩の顔が近いっ近いっ。
「由香里……」
もう呼び捨てですかーっ! って、唇近づけて、何する気ですかあなたはーーっ!?
「――!」
唇を奪われそうになる瞬間、あたしの頭の中に誰かの懐かしい笑顔が浮かんだ。
状況に流されかけてたあたしは先輩の胸を両腕で思い切り押し返し、なんとか出来た隙間から体を逃がして、
「ごめんなさい! 私お付き合いできません! し、失礼しますっ!」
そう云い捨てて、振り返らずに駆け足でその場から去った。
後ろから先輩が何か云ってたみたいだけど、無視して逃げた。
「ふーん、そりゃ災難だったねー。でも、逃げて正解だよ、その先輩ってあんまりいい話聞かないし」
携帯の向こうから志保ちゃんの声が聞こえる。
あの場から逃げ出したあたしはそのまま自宅へと駆け戻り、表面上は何事もなかったように家族団欒し、夜になって落ち着いてから志保ちゃんへ電話をかけ、今に至ってます。
「怖かったよー、いきなり迫ってくるんだから」
「噂なんだけど、その先輩って中学のときから手当たりしだいで女の子喰ってたとか。高校入ってからも母校の下級生に犠牲者が出てるとか出てないとか……」
「なにそれ~怖すぎる~」
ベッド上、タオルケットに包まって涙声で話すあたし。
「うー、そんな人、断って大丈夫かな~? あとから何かされたりしないかな~?」
「んー、そこまで粘着質とは聞いてないなぁ。どっちかって云うと次から次で飽きたらポイってタイプらしいし。――心配なら、うちの部長とかに頼んでそれとなく釘刺してもらっとこうか?」
志保ちゃんとこの部長さんは運動部全体に顔が利くとか何とか。そういう人にお願い出来れば云うことはない。
「助かるよ~お願い~」
拾う神ありって感じのあたしに、
「上手くいったら、由香里の手作りお菓子でも差し入れしておくれ」
以前、作りすぎたお菓子を志保ちゃん経由でお裾分けしたことがあったけど、意外と好評だったらしい。
あ、お菓子作りはあたしの趣味なんです。
その程度のお礼でよいのならば、
「うんうん、作るよ作る~、持ってく~」
あぁ、志保ちゃん。持つべきものは友だよぉ。
「はいはい、期待しとくよ」
半泣きですがるようなあたしの顔を思い浮かべているのだろう、苦笑いを押し殺したような志保ちゃんの声が返ってくる。
笑ってる? 笑ってないと他愛ないやり取りを少しばかり続けたあと、
「……でも、何であたしなんかに手を出そうとしたのかな?」
そんな言葉が口からこぼれた。
自分から云うのも淋しいことなんですが、あたし、そんなに目立つタイプじゃない。
むしろ没個性で皆の中に埋没してる側なんだけど。
「そりゃ決まってるでしょ。夏服になってさらに目立つようになった由香里のだらしない身体のせいだよ」
そんな悩むあたしに、志保ちゃんは鋭利な言葉で容赦なく斬りつけてくる。
「だらしないって……ひどいよ志保ちゃん」
袈裟切りされたあたしが返すと、
「出るとこが出すぎている分際で何を抜かすか。……アタシに由香里の半分でも乳があれば」
電話の向こうからギリギリと何か食いしばるような音が。
「あ、あたしからすれば志保ちゃんくらいの背が欲しいよ。せめてもう十センチ……」
しばしの沈黙。
「……止めよ、お互い無いものねだりは。虚しくなってくる……」
と、志保ちゃんがポツリとこぼし、
「……うん、同感」
あたしもそれに同調する。
互いの携帯越しにため息が漏れる。
そのあと、しばらく志保ちゃんと他愛のない話しを続け、また明日と云って電話を切った。
志保ちゃんこと井流志保は小・中・高と同じ学校に通ってる同級生。
陸上部に入っててトラック競技をやってる。
自称 "東校のカモシカ" (笑)
女の子にしては結構背が高くて、百七十センチ近くある。
実際は百六十七センチくらいなんだけど、三センチ分はサバ読み。
すらりとしたスタイルで格好いいのだけど、本人的には身長に対し控えめなバストが悩みの種だ。
空気抵抗がなくて早く走れていいんじゃないの? って云ったら、ものすごい顔して怒ってきたっけ。
部活焼けした茶色い天パー気味のショートカットと小麦色の肌をした、健康的で明るくって頼りがいのある自慢の親友。
あたしはといいますと、ふわっふわのネコっ毛の肩までかかるこげ茶のゆるいウェーブヘア。
癖の強い髪質のせいで、毎朝セットに時間がかかるのがちょっとした難点。
でも、自分に合ってるなって思ってる。
身長は百五十センチを何とか越えるくらいで、……あんまり云いたくないけど無駄に肉付きがいい。
胸とかお尻とかがキレイに出ているのならカッコ良くて嬉しいのだけど、お腹周りや脚とか二の腕とかにもそれなりにお肉がついていて、それが志保ちゃん云うところのだらしない身体なのだ。
お、おデブじゃないよっ、最近流行のぽっちゃり系なんだから、うん。
中学時代、同級生の木村くんに "独り寝を持て余す熟れた人妻の身体" なんて云われたこともあったっけ。
キムくんはそれ云ったあと、周りにいた女子たちからセクハラだって凄く責められてたなー。
なんか一部の男子は "ごもっとも" って顔してたけど。……これ、怒っていいよね?
キムくん的には最上級の賛辞――それはそれでどうかって思うけど――だったらしいけど「中三女子に人妻はないだろ」って寛ちゃんにもとがめられてたっけ。
寛ちゃん、かぁ……。
先輩に襲われかけたあのとき、あたしの頭の中に浮かんだ顔。
それは、あたしに向けてくれた寛ちゃんの笑顔だった。
次回、中学回想編。