Goodbye in the Warning Warmth
掲載日:2012/06/19
彼の息が肩にかかった。
私は初めて、彼が今まで呼吸をしていたことを知った。
白いシャツには深紅の染み。
まるで生きているかの様に、彼の血液がアスファルトの上に広がっていく。
私は銀のナイフをそっと置いてから、両手で彼の左手を握った。
ゆっくりとした息遣いで、彼が言った。
「早く洗わないと」
「……何を? シャツ? それとも」
「そのナイフさ。……錆びて使えなくなる」
私は小さく息を漏らしてから、髭の生えた彼の頬を触った。
「何も心配することはないわ」
「俺は、何だかこのまま、死んでしまうような気がするよ」
「人はみんな、いつかは死ぬわ」
「……君もか?」
「ええ……」
世界には今、自分たち以外には誰もいないのではないかと思うほど、とても静かな夜だった。
私は、彼の胸に耳を当てる。
何も聞こえない。
ただ、血が流れていくだけ。
彼の身体が、私の頭を撫でる彼の手が、あたたかい。
「人は、なんで死ぬんだろうね」
彼の、最後の息もあたたかかった。
「自分がもといた場所に、帰るためよ」
私はもう一度ナイフを触って、その無機質な冷たさを確かめた。
そして彼の胸に身体を預ける。
私は初めて、彼が今まで生きていたことを知った。
「……おかえりなさい」




