第五十五話 揺
むせる様に双輝は息をする。肺が傷付いたのか呼吸が至極苦しい。こんな状態では確実に霍忌にとどめを刺される。
「つまらない。あの時俺を撤退させたお前はこんな程度にしか進化できていないのか?正直失望だよ、双輝」
刀をカラカラ地面にこすりながら霍忌が言う。双輝はそれに何も答えることができない。結局。どんなに鍛錬をしたところで守られるだけの自分には守る力など持っていないのだろうか。
「お前は十分守る力を持っている!」
雨を割るように響いた声。普段では考えられないほどの大きな声。ぼうっとする意識の中、スイセツを目に移した。見たところ、クレハがいないのできっとガスイの方へ走っていったのだと推察した。
―あぁ、やっぱりスイセツに護られるんだな
双輝は自分でも思考が弱っていることを自覚しながらそんなことを思った。折れたヒコウを確認しつつ、スイセツは双輝に駆け寄った。
「この雨の中ではお前らは無力・・・ん?」
雨が弱まった。双輝もかすかにそれに気づく。それと同時に霍忌が舌打ちをした。
「四季神か。大した力を持っているもんだな」
空を仰いでいるうちに雨はどんどん少なくなっていた。ついには完全に雨はやみ、空は曇天となっていた。呼吸を苦しながらも双輝は何とかして立ち上がろうとした。ただ、斬られた部位があまり良いところではなかったらしく、動くたびに呼吸が苦しくなって頭がぼうっとした。スイセツが双輝を支えた。
ガスイは今、とにかく必死だった。クレハも同じように必死だった。
「落ち着け!気持ちはわかるけど、銀葉に何ができるんだよ!?」
「わからないけどこんなところでじっとして双輝が苦しんでいるのに何もできないでいるなんて嫌!」
銀葉は外へ通ずる扉に向かって体を進めようとしている。それを必死になって抑えるガスイ。ちょうど、戻ってきたクレハもそれに参戦して抑える。
「銀葉!落ち着いてよ!」
クレハも叫び声をあげる。銀葉の心の中が至極もやもやしていた。苦しくてもどかしくて。それからあと、とてつもない悲しい気持ち。この悲しい気持ちは正直銀葉にもわからない。どうしてこんなに悲しい気持ちになるのか理解できない。それでもその悲しさが銀葉を突き動かした。
「離して!私!何もできずにじっとしているなんてダメだと思う!」
「ダメって!じゃあ、何ができるんだよ!?」
「そうだよ!銀葉!たえてよぅ!」
二つの四季剣が全力で銀葉を止める。銀葉は仕方なく全身の力を抜いた。ガスイもクレハもやっと諦めたのかとため息をついた・・・直後、銀葉が尋常ではない速さで扉へ突っ走った。
「マジかよ?!」
「はやすぎ!」
ガスイとクレハは急いで銀葉の後を追ったが、予想外の銀葉の行動に出遅れて結局銀葉をつかめることはできずに外に出ることを許してしまった。
胸を押さえて苦しく呼吸する。スイセツがガスイを連れて来るといったが、双輝はそれを否定した。
「駄目だ・・・。感覚だが、霍忌の刀傷を四季剣では治せない。それにこの傷ではガスイも扱えない」
その言葉の力をスイセツは痛感する。主が傷ついてしまったら何も出来ない。そんな無力さを感じて途方もない感覚に陥る。動けなくなっている双輝を見て霍忌は相変わらずの無表情でその目の冷たさが心に鉛を落とす。双輝の心が揺れ動く。こんな状態になってしまったし、霍忌にら勝てないかもしれないと。
「双輝っ!」
耳に響いた声。それにはっとして振り返る。慌てた様子のガスイとクレハが走っている。その先に銀葉が仁王立ちのようにして構えていた。
「しろ・・・は?!何を・・・」
「私っ!ここにきて沢山双輝達に助けてもらった!護られてきた!でも、だからこそ!今役に立ちたい!何が出来るかなんてわからないけど!それでも足掻きたい!」
折れかけた心に響く銀葉の声。双輝は苦しいながらも、何とかして肺に空気を入れる。意識して取り入れた空気が脳に染み渡る。
「私!双輝を信じる!それと・・・自分を信じる!」
銀葉は手に力を入れる。今までにやったことないほど、その手に集中する。きっと出来る。自分の力を信じて。
「銀葉・・・」
銀葉のしようとしていることを察してガスイは一歩踏み込み、銀葉のその集中している手に自分の手を重ねる。
「ガスイ・・・?」
「俺も手伝う。力自体を受け渡すことは無意味だけど、銀葉の誘導にはなれる」
ガスイの目を見て、この世界を、四季神を。そして何より主を・・・。一心に守りたいと思う心を感じた。銀葉は大きく頷いた。