第四十六話 紛い物
連れてこられた穉瑳は予想以上に衰退していた。こうなるまで放っておいた玩愉を一瞬責めようと思ったくらいだった。
「雨は基本的に体力を奪う。穉瑳の身体には障らないよう小屋の中に入れておいたんだが」
玩愉は一度言葉を切ると、布団に寝かせた穉瑳を見る。その目がひどく焦っているように思えた。
「一瞬で衰退した」
冷たく言い放たれた言葉の中に怒りがあるように思えた。その理由は限界に達するまで穉瑳がそれを表に出さなかったことだろう。
また沈黙。
玩愉は何もいわずに立ち上がった。そして、双輝に目で合図すると玩愉は外に姿を消した。それを確認してから双輝は、穉瑳の身体を温めるべく湯たんぽを用意するようにヒコウヘ言伝た。濡れた身体は既に拭いたが、滲み出てくる汗を拭うために渇いたタオルを持ってくるようにガスイへ伝える。忙しそうに双輝の命を受けて走り回る二人を、銀葉は穉瑳を心配しつつ見ていた。
取り合えずの所、ベストの状態で穉瑳を置いておけるようにはできた。もし、穉瑳が人間であったのなら、ガスイの治癒能力で緩和することができたのだろうが、何分、穉瑳は妖怪だ。四季神の力を有している四季剣の力を行使してよいものか、悩むところだった。
「兄様・・・?」
目を覚ました穉瑳が小さな声で言う。それを聞き取ったのはそばにいた銀葉だった。
「ここに玩愉はいないよ。でも、双輝の家だから安心だよ」
「あ・・・・。そう・・・」
一瞬、驚いたような不安なようなそんな表情をした穉瑳だったが、場所が自分の兄の認めた護人の家ならば問題ないと判断したので落ち着いて瞳を閉じた。
妖怪である穉瑳がここまで弱ってしまうこの雨には一体どれほどの力が宿されているのか。正直銀葉にはわからなかった。いや、わからないのは何も銀葉だけではない。双輝とて玩愉が穉瑳をここへ置くほど、自分で何とか出来る領域では無いことを指しているために、この雨の影響力は計り知れないものだった。
銀葉は一応、穉瑳が目を覚ましたことを双輝に伝えようと思い、立ち上がろうとしたとき、穉瑳が小さな声で再び何かを言った。それが気になって腰を下ろして穉瑳の口元に耳を近づけて何を言っているのかを聞き取ろうとした。
「よく、ない・・・モノが・・・くる」
不安そうに震える声で言う。
「よくないもの・・・?なに?」
「これ、護人に伝えて」
穉瑳はかすかな声で銀葉に己の感じたことを伝えた。それを聞いた銀葉はバネのように飛び上がって双輝の元へ駆け出した。
夕食の支度をしていた双輝の背に大声が飛ぶ。
「やばいって!」
血相を変えた銀葉がお皿を数枚割って台所に入ってきた。
「きゃー!ごめんなさい!」
「いや、構わないよ。どうしたの?」
お皿の破片をさっさと片付けながら、尋ねてきたので銀葉は穉瑳から聞いたことを双輝に伝えた。そのことを聞いて双輝も表情を変えた。
「そのことを玩愉は?」
「わからない・・・。そうきいただけだから・・・」
銀葉の返答を聞いて双輝はしばらく考えたふうなそぶりを見せたあと、夕食の支度をスイセツに任せて穉瑳のいる部屋へ急いだ。
息を苦しそうにしている穉瑳だが、ここに来た時に比べたらずいぶん落ち着いたようだった。
「穉瑳、苦しいところ本当に申し訳ない。首を動かすだけで良い、俺の質問に答えてほしい」
穉瑳はうっすらと目を開けると小さく頷いた。双輝はそんな穉瑳の容態を確認しつつ、質問を始めた。
「先程銀葉に言ったことを玩愉は知っているのか?四季神様はご存知か?元凶はこの近くか?」
穉瑳はすべての質問に首を横へ動かした。四季神も妖怪も知らない、この雨の異変。
「すまない、穉瑳。これだけ教えてくれ。何故お前はわかった?」
穉瑳は小さく笑みを浮かべた。双輝の質問に答えずに穉瑳はまた小さく言った。
「近づいている・・・」
それだけ言うと穉瑳は瞳を閉じて眠りについた。双輝は欲しい解答が得られず少し残念そうな表情を浮かべたが、仕方が無いと肩を落とした。双輝は立ち上がって、四季剣全てを部屋に呼んだ。穉瑳の言った危険な可能性を対処するために。
-この雨は生きとし生けるもの全ての命を奪い取り、その要因は護人の紛い物・・・・




