第四十四話 接点
しばらく待っていると玩愉の妖気を感じ取って立ち上がった。
「待たせたなぁ。こんなにも早くここを訪れるとは思ってもいなかったんでね」
嘲笑うように玩愉が言う。
「すまないな。どこへ行っていたんだ?」
「答える義理はないな」
「そうか・・・」
玩愉がスイセツを見る。スイセツも玩愉を見る。どちらかというと睨むような。何故だかは双輝にはわからず、双輝はスイセツを何とかなだめようとした。
「ずいぶん反抗的な四季剣だな」
玩愉が笑う。双輝は焦りながらスイセツに落ち着くように言ったが、スイセツはついに踵を返した。
「俺ではなくガスイでもよかったんじゃないかと思ってな」
「ヒドイこというな・・・。俺の選別に苦情か・・・?」
「・・・別に」
あまり感情の篭っていない声で返事を返してきた。
「・・・・で?」
やり取りを見ていて暇した玩愉が催促する。双輝は慌てて玩愉の方に意識を傾けた。玩愉がここを留守にしていたようだが、付近に玩愉の気配を感じなかった。唐突にこの森に気配を感じた。
「聞きたいことはそれか?そうだというなら答える気はない。帰れ」
鋭く短く玩愉は言い放った。双輝はそれを否定して自分がここへ足を踏み入れた本来の目的を達成することにした。
かい摘まんで過去のことを玩愉に話し、その元凶となった霍忌について尋ねる。
「遥か昔に存在し、現在にも生きることが出来るものか?」
「お前は馬鹿か?」
「いや・・・」
「トキだって俺らも生きているしなぁ?」
「四季神様は・・・。それにお前達は妖怪だろう」
「霍忌が妖怪ではないという確信がお前にはあるのか?」
「いや・・・確信はないけど。でも四季剣を持っていたし。何より父さんが気づかないなんて事は・・・」
「まぁ、妖怪ではないな」
「はい・・・?」
玩愉は興味が失せたようにそっぽを向いた。玩愉は再び双輝を見た。その瞳の煌きの強さに双輝は一瞬呑まれそうになった。軽くその瞳から目線をはずしてもう一度戻す。玩愉は小さく笑った。
「トキはどうなんだ?アイツは俺たちと同じように生きている」
「四季神様は違うでしょう・・・。あの方は・・・」
「俺からしてみたら同じさ」
玩愉は頬杖をついて笑っている。スイセツは相変わらず冷たい眼をしてる。その眼が意味することを双輝には理解することができなかった。どうしてこうも玩愉に対して不機嫌なのか。
「まぁ、いい。それがなんだという。そんな人の生命の長さを俺に尋ねてきて何がしたい。それこそそれだけか?」
玩愉の言葉に双輝は一瞬だけ悩んだ。有り得ることなのかすら双輝には見当もつかない。それを玩愉に伝えていいものか。
「くだらん、それだけのために俺の帰還を催促したのか?」
軽く怒りを感じるその気配に負けて双輝は語る。妖怪と四季神を断裂させた能力を持った者と霍忌が同じ存在ではないかと。すると玩愉は珍しく表情を曇らせた。双輝は返答を待ったが中々玩愉は口を開からなかった。
「玩愉?どうした・・・?お前がそんな風に回答を渋るなんて」
「うるせぇ」
いつもの雰囲気で見下すように言い放った。その眼が気に入らなかったのかスイセツが軽く殺気を放った。
「スイセツ・・・!!」
何とかなだめて玩愉を見て、それから再びスイセツへ視線を戻した。
「・・・なぁ、スイセツ。玩愉に対してなぜそこまで敵意を持つ?」
「気に入らんものは気に入らん」
軽く言うスイセツに肩を落とす双輝。それを聞いた玩愉が珍しく高らかと笑った。それに驚いて双輝は目を丸くして玩愉を見た。相変わらずスイセツは不機嫌そうだったが。穉瑳ですら驚いた表情をしているのが視界の隅でわかった。
「冬、だよなぁ?その四季剣」
「え・・・?あぁ、そうだが」
「・・・なるほど。それで俺に敵意を向けるのか。 だが、お前とてわかっているだろう。それはお門違い、八つ当たりということだと」
嘲笑うように言った玩愉の言葉にぷつんと切れたようにスイセツが怒りを見せたので双輝は焦った。滅多なことではスイセツが感情を表に出すことなどなかった。
「スイセツ!落ち着け!相手は妖怪、玩愉なんだ!今の状態で敵うような相手じゃない。敵対するな・・・」
「・・・」
ひとまず落ち着いて黙したスイセツ。そんなスイセツに問うのはさすがにまずいと思い、背後へ視線を送る。先ほどと同じように笑っている玩愉の方へ。
「いったい、何が・・・?お前とスイセツとの接点などないはずだが・・・?」
「無論、接点などないさ。会話とてしたことないわ」
「なら、なぜ・・・」
「知っていたんだろう?あの時、俺があの場の付近にいたことを」
玩愉の言葉に双輝は一瞬頭が白くなった。あの場の付近にいた、とは。つまり双輝と粱禾で霍忌へ対峙していたあの場にいたというのか。
「いるに決まっているだろう。得体の知れんモノが森に侵入したんだ。邪魔なものなら消す必要がある。だが、あの時俺は消す必要はないと判断した。それだけだ。無論、貴様ら人間に力を貸すなんてこともするわけがない。今とてしないさ」
あの危機的状況を玩愉は見ていた。余裕をもって止めることができたかもしれないあの場をずっと見ていた。いや、言われてみればおかしなことではない。ここは妖怪の森。そしてここを牛耳っているのは玩愉なのだから。その森の異変に気づき足を運ぶのは当然のことなのだろう。
「わかっているさ。だが、気に入らないんだよ。あの時は一切干渉する気はなかったのだろう。お前は妖怪だ。それはわかる。だが、今になって干渉するようになったことが気に入らない」
スイセツが怒りを交えて玩愉へ言葉を飛ばす。それを受けた玩愉は再び笑った。
「俺に怒るのか?それも違うだろう。干渉するようにしてきたのはお前の主だ。俺は何もするつもりなどなかった」
笑いながら言う玩愉に対してスイセツがどんな感情を抱いたかということを双輝に理解することはできない。しかし、これ以上この話をつづけたら互いに一線を越えてしまいそうだったので双輝はこの話に区切りをつけた。
話を元に戻して玩愉が言い淀んだことに、双輝は問い詰める。玩愉は再び言葉を渋った。
「ねぇとは言い切れねぇ。でもあの時見た餓鬼風情が俺らを陥れることが・・・果して出来ただろうかねぇ」
感慨深い表情をして玩愉は答えた。妖怪の目で見ても、あの霍忌が四季神の力を奪い取ったとは考えにくいということだ。だとしたら、双輝の思ったことは勘違いとなるわけだ。双輝は良からぬことを持ち込んで悪かったと玩愉に謝罪をしてその場を後にしようとした。その際、玩愉が思わせぶりなことを言った。
「俺もあの時はちゃんと見ていなかったけどなぁ」
それ以上のことを聞くことは玩愉の表情からして無理だと悟った。スイセツを連れて双輝は森を後にした。
戻ってきた双輝に飛びつくクレハ。ガスイとヒコウはその隣にいるいかにも不機嫌な顔をしているスイセツの様子を伺っていた。
「双輝?話はどうだったの?」
銀葉は双輝に尋ねた。双輝は少し残念そうな表情をして空振りだったと答えた。内容を知りたかった銀葉にとってこの回答はあまり良いものではないが、得るものがなかったのなら聞いても仕方のないことなのかも知れない。