第四十一話 追憶の終わり
家に帰って四季剣を握る双輝。冬の四季剣に見合うだけの力がない証拠だ。双輝は俯いて必死になって考えた。どうすれば四本目の四季剣を持つに相応しい護人になれるか。
「根を詰めていても始まらんぞ」
父の言葉に顔をあげる。すっと腰を下ろして双輝の頭を撫でる。
「冬はお前の側でたえず具現化出来る時を待っている。いついかなる時でもね」
撫でながら父は優しく微笑みかけてきた。それに習うように他の四季剣達も双輝に触れる。それが何だか嬉しくて、双輝はそっと笑う。自分の周りにいるまだ会話できない冬よ。いつの日か・・・・。
四季剣をもって外に出る。持つといっても人型をとっている以上ついて来るという感じだが。
「これが双輝の四季剣なの?面白いね」
粱禾が楽しそうに尋ねてきた。霍忌も不思議そうに観察している。
「父さんもそうだったからきっとオレも同じになったんだと思う」
触れ合って互いを確認する。そして霍忌が疑問の声を上げた。
「双輝、冬は?」
「あ・・・それが・・・・」
事のいきさつを話すと二人とも笑った。それは仕方ないと。双輝の歳で四季剣を4本も所有した者などいない。それどころか、3本ですら例を見ない珍しいことだった。
「凄いじゃん。俺でもこの歳で得たのに」
霍忌が褒めて来る。その事が嬉しくてたまらなかった。父も尊敬はしている。しかしレベルがあまりにも離れているために、話にならない。その点霍忌はどこか自分に近く、見上げるのに調度良かった。
「双輝はすごいんだね!」
粱禾も言う。なんだかくすぐったくて双輝は俯いた。それをちゃかすようにガスイが笑う。楽しく賑やかに声を立てる。それが楽しかった。
四季剣を手にしてから幾日が経った。今だに冬の四季剣を出すことは適わない。そうやっている中、とある事件が起きた。
父の大声で目が覚めた双輝は慌てて声の下方へ走って行った。そこは惨劇。双輝は恐る恐る立っている父の元へ寄る。
「来るな、双輝!四季剣を持って家を出ろ!」
荒れた父の声を聞いて恐怖して飛びのいた。あんなに荒れた声を聞いたことがない。双輝はただその言葉に従うことしか出来なかった。
双輝は走った。村の外れまで走ってきてヒコウに止められた。
「ちょっと双輝!?いいのか!?どこまで行く気だよっ」
声を張り上げたヒコウの目を見て少しだけクリアになった思考は双輝に戻れと命じた。双輝はバネのように家の方へ走った。
月も沈み闇が夜を支配していた。それなのに建物や周りの人達がはっきり見えた。それは辺りに火が散らばっているからだろう。双輝はその中を走った。人の叫び声、赤ん坊の泣き声。火の燃ゆるぱちぱちとした音にヒューヒューと風が耳を打つ。四季剣達はそんな双輝の後ろを走ってついて来てくれている。自分の家目指して走るが途中で誰かとぶつかった。
「双輝っ!良かった!無事だったんだねっ!」
粱禾が震える手で双輝の袖に掴まってきた。双輝はそんな粱禾をみてどこか安堵した気がした。そして霍忌はどこか尋ねると粱禾は知らないと答えた。霍忌の事だから無事だろうし、きっと自分なりの事をしているだろうと判断して粱禾とともに双輝は家へ向かった。
扉を開けた瞬間、後ろからヒコウに顔を押さえ付けられた。何とかして外すと粱禾のほうもガスイが同じようなことをしていた。
「離して!」
双輝の言葉にヒコウは大人しくしたがったが、扉の向こうを見せてくれようとはしなかった。扉を閉めて粱禾と同じようにガスイに抑えさせ、ヒコウは扉の向こうへ入って行った。
「離してよ、ガスイ!中に・・・中に入るんだ!」
叫ぶ双輝に少し不安そうな粱禾。あまり反応を示さないガスイに、双輝は再び叫び声をあげた。
「主の言うことを聞くんじゃないの!?」
命令ではない。願いだ。それすらも聞き留めてくれないものか。そんな折、ずっと黙っていたクレハがそっと言った。
「私たちは、確かに主である双輝の言うことを聞くのが最低限のルールになっているけど、それよりも優先される、最優先事項があるんだよ」
「最・・・優先?」
こうするように双輝が漏らした声にコクりとクレハは頷いた。気持ちが少しだけ落ち着いて初めて気付いたが、粱禾がずっと裾を掴んでいた。怖くて震えたその小さな手で。
「粱禾・・・ごめん。みんな・・・ごめん・・・」
荒れた自分が恥ずかしい。双輝は大人しくガスイの腕の中に収まった。粱禾と共に。
「最優先事項ってなに?」
双輝が尋ねるとガスイが小さな声で短く答えた。
「主を護ること」
双輝はさらに俯いた。主を護るのが剣の役なのか。それが本当に四季剣と名の持つモノの質なのか。双輝にはわからなかった。四季剣は巫女を神を奉り護るものだと思っていたから。
ヒコウが中から出てきた。ガスイとクレハがヒコウを見ると、ヒコウは小さく首を横に振った。双輝の左肩が痛んだ。ガスイの握る力が強くなったからだ。
「どう、したの?」
震える声に答えてくれない四季剣。沈んだ表情に双輝は恐怖した。家の中で一体何があったのか。問い詰めても答えないので、双輝は扉を破ろうとした。
「やめて、双輝」
止めたのはヒコウ。彼女のキャラクターにしては珍しい言い方だった。双輝はその言葉に、後込みした。扉から手を離して大人しく従うことにした。四季剣といえど、思考の作りは大人のようだ。
粱禾の裾を掴んで双輝は霍忌を探した。どこにもいない霍忌を。そんな折に、村の中で大爆発が起きた。何がどうなったのか全くわからなかった。ただその爆風に吹き飛ばされて地面にたたき付けられた時はガスイもヒコウもクレハもいない状態だった。粱禾だけは一緒に吹っ飛んできたようだった。
「粱禾?大丈夫?」
「うん・・・・」
弱い声で頷いた。粱禾を何とか起こして自分達が今いる場所を確認した。
「こ、ここって・・・・」
「やばいよ、双輝・・・この森は・・・」
森にいた。しかも結構奥の方だった。森の気配で神聖な浄化されたようには感じられない。むしろ荘厳で来るものを片っ端から喰らってしまいそうな気配。つまり、ここは「妖怪の森」ということになる。この森に住まう妖怪は一味違う。そう簡単には倒すことなど出来やしないし、双輝の父もその妖怪がいるからそんなにこの森に手をださないと聞いた。
「早く出よう!危険過ぎる!四季剣もないしっ!」
双輝が粱禾の腕を掴んだその時、草を分ける音が聞こえた。血の気が引くとはこの事だろう。全身が冷たくなりぞわっとするような恐怖心。
「あ・・・」
粱禾の声が漏れた。それに続いて双輝も漏れた。草を分けて現れたのは妖怪ではなく霍忌だった。
「霍忌っ!よかった!無事だったんだねっ!」
粱禾が叫ぶ。双輝も霍忌の方へ走ろうとした時、霍忌が血まみれな事に気がついた。
「霍忌?!どうしたの!?怪我でもしたの?」
双輝の質問に霍忌は答えない。首を傾げた双輝に霍忌はやっと反応を示した。
「どうしてここに?」
「吹っ飛ばされた・・・」
「爆発があって・・・」
粱禾と双輝が順番に答えた。霍忌は不思議な表情をしてから笑った。
「双輝、父親は?」
「え?あぁ・・・解らない。みようとしたらヒコウに止められて」
「へぇ」
霍忌は笑う。双輝も粱禾もなんだか嫌な予感がした。その予感は的中することとなる。
「双輝の父親は死んだよ。俺のせいで」
「へ・・・・?」
言った意味が理解できなかった。双輝の頭の中がパニックになった。
「え・・・?霍忌が・・・?そ、それってあれだよね・・・?かばってとか」
「何温いこと言ってんの?」
せせら笑うように霍忌は口元を歪ませる。双輝はそのショックでなにもかもが解らなくなった。信頼していた霍忌が何をした?
「でも・・・父さんが霍忌に・・・?」
「少し手こずったよ」
にやにやと笑いながら霍忌は剣を一本取り出した。今までに見たことないほど禍禍しい気配を放っていた。そして今まで見ていた霍忌の四季剣ではなかった。
「四季剣なんて元から持ってなどいないよ。俺にあるのはこの剣だけだ」
ぶんと振った剣先が煌めく。そして霍忌が踏み込んだ。双輝の頭は白いままだった。
「そうき・・・」
声が微かにした。双輝は自分の体が後ろに倒れるのを感じた。誰かに引っ張られたととる方が正確か。
「粱禾っ!」
反射的に出た言葉。目の前で粱禾がばさりと倒れたのを見た。
「何やってんだよ!粱禾!」
「だって・・・双輝が」
切れ切れに言う言葉に双輝の中ではなにかが燃えていくのを感じた。
「霍忌ぃぃ!!」
双輝の怒号が鳴る。震えている粱禾を抱えて双輝はただ内側から燃え上がる感情に負けていた。
「そ・・・き・・・ダメだよ・・・。まけちゃ・・・」
弱い声が下から聞こえた。双輝は粱禾を見る瞳は薄く開けられ、呼吸が浅い。苦しそうにしながらも粱禾は言葉を続けた。
「ほんとうに、つよいって、なにかなぁ?ずっと、ふたりの、せなか、みていたから・・・おいかけるだけだったから。ぼくには、わからないけど、きっとそうきなら、わかるかなぁ?」
粱禾の言葉が理解できない。双輝とて、霍忌の背を追い続けていたのだから、わかる訳がない。
「つよいってきっとまけないことだよね」
その言葉を聞いて双輝ははっとした。どんなに敵を薙ぎ倒そうが、どんなに妖怪を倒そうが、どんなに巫女を護ろうが、自分の心が自分に負けてしまっていてはそれは強いとは言わない。きっとそういうことなのだろう。自分の命などどうでもいいと思っている者に、強さは宿らない。自分も守ることが出来てこそ、人を守ることが出来る。
「そうき。ぼくね。なりたいの。ひとも、かみさまも・・・そして。ようかいも。みんなが・・・なかよく、くらせる、せかいを」
双輝はぐっと手に力を入れた。粱禾はそっと目を閉じた。まだ生きている。早く治療をすれば治るかもしれない。
「話は終わった?双輝、お前っていつも俺の後を見ていたよね?そんなお前が、獲物一つ持っていないで俺に勝てるか?」
双輝は粱禾をそっと地面に寝かせると立ち上がった。そして右手を前にだす。出来ないとは思わなかった。絶対に出来るという確信がなぜかあった。
「もう名前は決めてあるんだ。吹雪だよ。凍てつく寒さの中を疾走していく・・・。オレに力を貸して、スイセツ」
光りが集まり双輝の手の中に長い矛刀が収まった。
「・・・へぇ。四季剣をねぇ・・・。うぜぇやつ」
霍忌が低い声で言う。双輝はそんな霍忌へ切り掛かる。霍忌は持っていた剣で双輝を薙ぎ払う。倒れないように踏ん張る双輝。それからしばらくの間応戦が続いた。
双輝は大きく息を切らしていた。思ったように四季剣を操ることが出来ない。四季剣の発する特殊能力があるはずなのに、それを発揮することが全く出来ない。
「あぁ、それは俺の能力ね。相手の力を封じる能力だ」
霍忌が笑いながら言う。人が本来持つ潜在能力や、治癒力等を一括して使用不能にする。こんな状態で長いこと戦える訳がない。ただでさえ、実戦をしたことのない双輝がここまで持ちこたえられたのはスイセツの助力あってこそだというのに、だんだんとそれすらも薄れてきているのでは、勝ち目などある訳がなかった。
「おっと、もうこんな時間か。遊びすぎたなぁ。さて、これで終わりにしよう」
霍忌が剣を振り上げた。双輝はどうしたらいいのか全くわからなかった。スイセツももはや反応がない。声を聞くことが出来なくなってしまっている。霍忌がこちらに攻撃をしかけてきた。頭が白くなる。そんな折、手から矛刀が無くなるのを感じた。
意外そうな表情をしている霍忌。双輝ですら混乱していた。
「これ以上主を傷つけるのはやめてもらおう」
人型になってスイセツが霍忌の剣を受け止めていた。双輝からは背中しか見えないが、その背が怒りで満ちていることはわかった。霍忌は大きく後ろに飛びのいた。それから少し不機嫌そうな顔をしてからこちらに背を向けて走り出した。
「まっ・・・・」
待てといいたかったがスイセツに止められた。
「先決があるだろう、双輝」
「あ・・・粱禾!」
踵を返して粱禾を抱えた。
「まだ生きてる・・・!助けられるかなぁ!?」
「俺は医療術がある訳ではないから何とも言えん。ガスイなら、もしくは」
双輝は粱禾を抱えようとしたが、何分ほとんど同じ背丈なため苦労した。するとスイセツが粱禾を抱えてくれた。その際に見えたスイセツの手に絶句した。
「スイ・・・セツ、手が・・・」
「問題ない」
短くスイセツは返事をした。しかし問題ないといえる状態には思えなかった。重度に焼け爛れているように見えた。霍忌の剣を受け止めた方の手だ。双輝はぐっと手に力を込める。自分の弱さが招いたことだ。なにもかも。もっと強く、つよく在らねばならない。全ての人が傷つかないように。