第四十話 追憶の真ん中
母の手伝いをしていた四季剣が部屋に戻ってきた。二つの四季剣、性別はメス。
「あら、出かけたの?最近多いわね?」
夏の四季剣、カフウが部屋の様子を確認して双輝の父の不在を認識していた。
「嫌なことでも起きなければいいけどねぇ」
双輝の鼻を軽くつまむようにイタズラをしながら春、シュンプウが言っていた。
「何か・・・起こるの?」
双輝が不安そうに尋ねるとカフウが頭を撫でる。
「何もないですよ。シュンプウ、余計なことを言って不安にさせるものではありませんよ」
「まぁねぇ~。でも、事実・・」
「シュンプウ」
シュウフウが言葉を切らせる。さすがにシュンプウは言葉を続けなかった。
帰って来た父に即座に双輝はたずねる。
「父さん?何か悪いことでもおきるの?」
「は?何を言っているんだ?何も起きやしない・・あぁ、四季剣たちの誰かが余計なことを。問題ないよ、双輝。何もない」
「本当に?」
「無論」
双輝は納得して笑った。
それからしばらく経ったある日。父に呼ばれて表に出ると四季剣が刀の状態で並んでいた。
「父さん?」
「お前に譲ってやるよ」
「・・・・・は?」
思わず出てしまった言葉に恥じらい慌てて口を押さえる。霍忌ですら、もっと上の年齢で四季剣を有したというのに、こんなにも早く自分が所持するなんて、双輝にとっては有り得ないことだった。
「父さん!?正気?霍忌でも・・・」
「あの子はあの子、お前はお前だ。それとも双輝は受け継ぎたくないのか?」
「そんなこと無い!」
双輝は叫ぶ。憧れの父から譲り受けられる四季剣。それがどれ程嬉しいことか。双輝は四季剣に手を伸ばす。
「あぁ、待て。お前にはまだ覚悟が足りない」
「覚悟?」
「四季剣を持つことの大変さをまだお前は知らない」
双輝は手を止めて父を見上げる。
四季剣は持ち主、つまり護人の魂に比例する。どれ程努力しても、持てない者は持てない。双輝にその四季剣を持つ資格があるか、判別しなければならない。
「お前に扱えるか?」
父の言葉に双輝は一瞬震えた。幾多に渡り四季剣を振るってきた父の後を、その四季剣たちに自分が受け入れてもらえるのか、そんな自信は一切ない。それ故に、父の言った言葉の重みが理解できた。
「アハハ!そんなに堅くならなくても!」
突然笑い出した父に驚いて硬直した双輝。
「何しているのさ」
冬、トウフウが人型になって笑っている。いつも楽しく話をしてくれるトウフウは冬の四季剣で最も所持することが困難な四季剣。
「お前がビビってちゃ俺達は誰につけばいいんだよ」
笑うトウフウ。その笑みと言葉に双輝は受け取った確かなものを胸に抱き、父を見上げた。視界の隅にトウフウが四季剣になったのを確認した。
「よろしい。その目が出来るようになればいいんだよ」
父は双輝の頭を撫でて笑い声を立てた。双輝に四季剣を手にすることを言い渡す。
「四季剣・・・」
双輝はそっと四季剣に手を伸ばす。春の四季剣に触れた直後、そのほかの四季剣が砕け散った。驚いて春の四季剣を落とすとそれすらも砕けてしまった。目にはほとんど見えないほどの塵となって。言葉も出ずに固まる。自分はまだ、四季剣を有するに適していないのかもしれない。切なげに俯く双輝の頭を撫でる手があった。
「自信を持て。お前が俯いてどうする。トウフウの言葉を忘れたのか?」
震えた瞳で父を見上げる。温かいその視線に双輝の手は震えた。そしてその震えを握り締める。何を恐れている。恐れることなど何もない。自分を信じてくれた、認めてくれた父に応えられるのは自分だけなのだから。
「春・・・」
双輝はそっと手を前にだして呼び掛けた。するとその手に見たこともない不思議な形状の四季剣が現れた。その感触に鳥肌が立った。父の四季剣を持った時とは違う、繋がりと息吹を感じる。双輝はそのままその四季剣を空に放り投げた。春の四季剣は光りを帯びて双輝の前に降り立った。父よりも少し背の高い陽気そうな男。
「あ・・・・えっと・・・」
言葉を詰まらせている双輝ににっこりと笑いかけて来る。
「あんたが主だね?小さいなぁ、あははっ」
「あっと・・・春の・・・・?」
「そうさ。ねぇ、名前を決めてよ。俺の」
きょとんとした顔を見せた双輝に春の四季剣は楽しそうに笑った。
「主でしょ?だったら名前をちょうだいよ!」
自分の想像していた春とは全く違うその風貌と性格に双輝はただ固まっていた。そして父の視線に気づいて父を見上げて口をぱくぱくさせた。
「なんだ?同じ性格の四季剣になると思ったのか?」
「い、いやぁ・・・」
「なんだよ、俺が変って?」
春の四季剣が口を挟む。そういわけではないと、否定を入れた。笑いながら春の四季剣は双輝の前に膝を着いた。
「はい、名前を下さいな、主サマ」
「主サマって・・・」
「ワザトに決まってるじゃんっ」
にこやかに笑うその顔が春の温かさを感じさせた。
「め・・・き」
「ん?なんて?」
双輝の頭の中に浮かんだ芽吹きという言葉。しかし男につけるニュアンスでもないし、何よりそのままと言うのは。迷った双輝は言葉を探す。
「あ、ガスイ」
「がすい?」
「うん。芽吹きって書いてガスイって読む。春らしくていいでしょ?」
「いいねっ!気に入ったよ、双輝!」
ガスイはぴょんと跳ねて後ろに下がった。自分の名前を知っていたことに驚いた気もするが、主である双輝の名前を知っているのは当然なのかもしれない。
「それにしても妙な形をしていたな?」
「あ?あぁ、『逆刃刀』っていうんだよ」
父の質問にガスイが応えた。
「さかば・・・とう?」
双輝の疑問の声にガスイはにっこりと微笑む。
「刃が逆についているんだ。つまり俺は『切らない』タイプだよ」
ガスイの言葉に父が感嘆の声を上げた。それにたいしてどんなものかと偉そうに笑うガスイ。
「ほら、他の四季剣も待ってるぜ、双輝」
温かい声音でガスイが促す。双輝は辺りを見てキラキラと光る粒子があるのに気づいた。それが四季剣の「元」となるもの。そしてその粒子はそれと同化できる四季剣と主にしか見えない。同化、と言うと考えてしまうから同じ種類と言い換えておくべきだろう。
「夏」
それに呼応して双輝の手に再び刀が握られる。今度は誰もがわかる剣、両刃刀だった。洗練されたその刃を双輝はそっと空へ投げる。
「やぁ、主はあんただね?よろしくっ」
活気のある女。夏の四季剣。人型となった夏の四季剣はガスイの存在に気づいて挨拶をしていた。
「お前が春か!」
「夏はお前か!」
親しげでよかったと思いながら、ガスイと同じように名前をつけないと、と考え込む。
名前を考えるのに夢中になって気づかなかったが、いつの間にかガスイと夏の四季剣が殴り合いに発展していることに気づいた。焦って止めようとしたが自分にこんな大人よりも大きい身長の二人を止められるだろうか。とにかく制止しなければ、と思い、双輝は声を発する。
「二人とも止めて!」
双輝の言葉がなりやむとと同時に二人は乱闘をやめた。
「え・・・?」
「何疑問そうな顔しているのさ」
夏の四季剣が言う。続いてガスイが言う。
「俺達は双輝の四季剣だよ?言うことを利くのは当然のことさ」
双輝は俯いた。この環境に慣れない。でもいつかは・・・きっと。
夏の四季剣を陽光と書いてヒコウと読む名前にした双輝。そして秋の四季剣を出すところで問題が起きた。何度やっても、秋の四季剣が現れない。顕現させることが出来なかった。秋となれば3本目、容易に持てるものではない。それはわかっている。だからそれに見合った器にならなければ、持つことなんて到底出来ない。意識を四季剣へ向ける。はっきりとした意志を以って。
「秋・・・俺に、力を貸して・・・」
光が集まる。そして直感的に片手では足りないと諸手を前に出した。
「双剣!?」
父の声が聞こえたが光へ手を伸ばす事に精一杯だった。そしてその手に感じ取った感触に双輝は鳥肌が立つ。
「ふた・・・つ?」
「珍しいな。初めて見たよ。一つの四季で双剣なんて・・・」
「父さんですら初めて?!そんな・・・・こと」
「自信もちなぁ~俺達の主!」
ガスイが楽しげに言う。双輝は何だか照れながら秋の四季剣を人型へと変える。
「わぁい!双輝ぃ!会いたかったよ~!苦戦したねぇ?!」
現れたのは子供だった。自分より少し上くらいの子供の姿。双輝はそんな秋に触れながら名前を考えた。
「紅葉、だよね・・・。クレハなんてどうかな?」
「ステキ!いいねっ!クレハ!あははは!」
楽しそうに踊り回るクレハをみて双輝まで楽しくなった。
秋でそうやって苦戦したのだから冬はどうなのか。双輝はそっと呼び掛ける。無論、反応はなかった。秋と違ったのはどんなに呼び掛けても駄目だったこと。




