第三十一話 怒り
森の奥からゆっくりと姿を現したのは、玩愉だった。穉瑳が駆け寄ると、その安否を確認し、無事だと知り、ため息をついた。
「ふぅ・・・」
「待て!その子は無事だ!ちゃんと開放した・・・!だからここに手を出すな!」
双輝は玩愉の前で声を張った。体中傷だらけだというのに。
「・・・貴様、一体その傷はどうした?」
「・・・なんでもない。とにかく、ここには一切手を出すな。森だって無事だろう?!」
双輝の言葉を軽く聞いて玩愉は目を相枦へと移した。
「お前!妖怪か!斬るぞ!」
「・・・なぁ。あぁも威嚇している奴にも手を出すなというのか?大切なものを奪われた挙句、ここまで傷つけておいて?」
玩愉は穉瑳の目に涙がたまっているのを見ながら双輝にそういった。
「・・・頼むから・・・・」
「その傷はどうしたのか、応えろ」
「・・・その護人に斬られたものだ」
「はん!違反を犯したって言うのか?護人は護人を斬ってはならないんだろう?」
「違う!正当な理由があれば斬っても構わないのさ!」
相枦がほえる。
「ほう。俺たち妖怪には貴様らほど難しい規則などない。だから、俺の激情に任せて貴様を殺しても構わないか?」
「何を言う?貴様程度など、簡単に勝て・・」
「黙れ!」
その場にいた全員がこの一言で凍りつた。一番驚いている様子を見せたのは、四季剣のみんなだった。『黙れ』と叫んだのは双輝だ。ピリピリと感じるこの痛みは双輝の力なのだろうが・・・。
「な・・・?!貴様!俺を誰だと思って・・・」
「いい加減にしろ、下種が!!」
双輝の二度目の暴言に、さすがの相枦も身を引いた。銀葉とガスイ、クレハは双輝の怒りを感じた。ヒコウ、スイセツは近くにいる分、より強くそれを感じている。
「たかが、3本持っているからと言って調子に乗るのも大概にしろ!」
怒号を上げる双輝を、驚きの表情で穉瑳は見返していてた。玩愉は平然と双輝を見ている。
「た、たかがとは何だ!?」
「貴様のような者が3本持てることが不思議で仕方ないがな!? だが、たった3本しか持てぬような分際で、この妖怪に勝てると思っているのか?!それとも、レベルの違いがまったく判らないのか?!そこまで貴様は馬鹿なのか!?少しは頭と力を使って格の差を考えて・・・」
激しく怒号を上げる双輝の言葉をとめたのは。
「落ち着け、アホ」
双輝の後ろか左の頭を軽く小突く玩愉。
「・・・!?」
「はぁ。もういい。手出しはしない。このまま森へ戻ろう。貴様がそこまで激情に流されるとは思わなかったな。まぁ、おかげでこっちも冷めたわ」
「が・・・」
「だが、コレだけは覚えておけ? 今回ばかりは、引いてやる。 じゃな」
玩愉はそういうと、穉瑳を抱えて森の奥へと入っていった。息を切らして膝を折った双輝を抱えるようにスイセツが駆け寄った。ヒコウは双輝と同じように膝を折っていた。
「らしくない・・・」
スイセツの一言が双輝の表情を曇らせた。
「お、おま・・・な、何を・・・」
言葉をうまく発することの出来ない相枦を双輝は苦しそうな目で見つめた。
「き、貴様! 一体・・・」
「・・・・」
双輝は無言のまま立ち上がった。スイセツが援助しようとして、いい、と止めた。そして、ふらっとした足取りで村の衆の前に進み出て頭を深く下げた。
「申し訳ない・・・。いつか言おうと思っていたんだが・・・。この森に住む妖怪で最も強いのがさきの者だ。そして、あの妖怪は、さほど悪い奴じゃないんだ・・・。こっちが下手に手を出さなければ絶対に手を出しては来ない・・・!俺は・・・奴と・・・・共にいることを選んだ・・・・。だから・・・・この森の妖怪を恨まないでほしい・・・」
双輝の言葉に村のものはしばらく黙っていた。銀葉は双輝の表情を見ていられないほど苦しくなった。妖怪は毛嫌いされている。それは知っている。だから、双輝も言い辛かったんだ。村の者たちは妖怪を受け入れてくれるとはあまり思えなかった。しかし。
「だから、今までも、この村には妖怪が襲ってこなかったんだな?」
「この前来た妖怪は異国の妖怪だったしなぁ?」
「双輝の言うことだもんな」
「信じる価値は大いにある」
村の人たちは次々にそういった。双輝はほっとした表情を浮かべて地面に座り込んだ。
「双輝。今までその荷を抱えてきたんだろう?辛かったろうに。俺たちはいつでもお前の味方だ。何も苦しむ必要などなかったのに」
村のものにそういわれ双輝は嬉しそうに笑った。と。
「何を考えている?!妖怪は人を喰らい、貶める生き物だぞ!?」
「この森の妖怪は違うんだと、言っただろう」
「同じだ! 仕方ない・・・。この方法は使いたくなかったが・・・・」
「?」
相枦は四季剣を構えた。双輝の肢体を斬ってきた剣だ。
「貴様はこの剣の能力によって朽ち落ちる!」
「何を・・・・?」
「はっ!」
相枦の気合の篭った叫び声が空を割った。その瞬間、双輝は何かにはじき返されるように吹っ飛んだ。そして、地面に叩きつけられた。
「双輝!」
慌てて銀葉は双輝の元へ走った。ガスイが予想以上の銀葉の速さに驚いて慌てて追った。しかし、追いついた時には双輝の元だった。
「くっ・・・。何だ・・・?今のは・・・」
「くくく・・・。引力を自在に操ることが出来るこの四季剣に斬られれば、引き寄せることも、遠ざけることもたやすく出来る。さぁ、護人。今から俺が力をこめたらお前はどうなるだろうな?」
「・・・?」
「自分の背後に何があるかを、理解したらどうだ?」
相枦のその言葉で、全員が双輝たちの背後を見た。そこには凛とした静けさを誇る森がある。それを確認した直後、ガスイが慌てて双輝を移動させようとしたが、相枦のほうが早く、双輝は森の頭上へと吹っ飛んだ。
「双輝!!!!」
声を張ったのはガスイではなく、スイセツだったことに気づいて、慌てて振り向いた。すぐ目の前まで来ていて驚いた。
「貴様!」
スイセツが怒りをあらわにしている。ガスイが慌ててスイセツの腕を掴んだ。
「落ち着け、スイセツ!気持ちはわかるが!」
「黙れ!」
ガスイの腕を振り払い相枦にむく。
「・・・そういえば、お前。よくあの護人といるな・・・・?何者だ?」
「貴様に語ることなど何もない」
スイセツが相枦に対し、明らかな敵意を示している。
「今すぐ、双輝をここに戻せ!」
「無理だね。このままくたばるのを待つさ」
「貴様・・・・!」
「お前は何だ?応えによっては助けてやるぞ?」
「助けるだ?何を世迷言を。双輝をここに戻せ。コレは願い出などではない。命令に等しい」
「・・・嫌だね。拒否する」
「・・・・・」
「スイセツ!落ち着きなって!それじゃ埒が明かない!」
ヒコウも来て、スイセツを止めに入った。クレハは銀葉の服を掴んで森を見つめている。
「あ、あのさ・・・あの森って・・・何なの・・・?」
「・・・・! 銀葉!お前なら、入れるだろう!?あの森に!」
「へ・・・!? は、入れますけど・・・・?」
「双輝を探してきてくれないか!? 今すぐに!」
「え・・あ・・・わ、わかっ・・」
「必要ないよ」
この場に合わないほど静かで落ち着いた声。しかし、銀葉はその声に聞き覚えがある。だって・・・。